幕間二 心の中で
第364話 心の中で
彼女は夢を見る。
深い、深い夢を見る。
その夢の中で彼女は
ゆっくりと瞼を開く。
彼女は白いベッドの上にいた。
だが、それ以外は異様な光景だった。
空は晴天。遠方を囲うのは森。
その中央にとても大きな湖があった。
そこに白いベッドと彼女だけが、ポツンと存在していた。
「…………」
彼女は無言で上半身を起こした。
随分と胸が重い。かつての頃よりも……。
彼女は足をベッドから降ろす。
湖に波紋が広がるが、足が沈む様子はない。
彼女は立ち上がって湖面を歩く。
数歩ほど進んで湖面に映った自分の姿を見やる。
銀色の髪に紫色の瞳。体には白いキャミソールワンピースを着ていた。
「……この子の姿なんだ」
道理で胸が少し重いはずだ。
かつての自分よりも年下のはずなのに、異国の血は本当に凄いと思う。
彼女は髪を手で抑えつつ、さらに歩を進めた。
数十歩も歩くと、後方にあったベッドが消えたが、彼女は気にせず歩く。
ようやく湖面の縁が見え始めた辺りで、
「…………」
双眸を細めて、彼女は足を止めた。
湖面の縁。
そこに一人の人物が待っていたからだ。
彼女とは対照的な黒衣の男。
灯火のないランタンを掲げた
彼女は再び歩き始める。
そうして、
「こうしてお話をするのは初めてですね」
彼女は言う。
「私の主観であなたと初めて顔を合わせたのは十六年ほど前。封じられていた私の意識が覚醒したのはあの瞬間だけだったから」
「そうであるな」
「
「……あなたには」
彼女は眉をひそめて
「幾つか尋ねたいことがあります」
「構わんよ」
「この場所は心の世界。時間は幾らでもあるゆえにな」
「そうですか」
彼女は双眸を閉じた。
そして瞳を開くと、
「まず一つ目。あなたの目的は何となく分かります。けど、私の宿主にどうしてこの子を選んだのですか?」
自分の胸に片手を当てて、そう尋ねた。
「エルナ=フォスターが、最も久遠真刃と強き縁を持つ妃だったからだ」
これにも
「宿主としての適性でいうならば、杜ノ宮かなたが最良だった。だが、不運の因果律とでも言うべきか、彼女の未来線はどれも生存率が著しく低かった。久遠真刃に出会うことで不運こそ反転するが、そこまでの死亡率は七割以上だったのである」
一拍おいて、
「宿主が死んでしまってはお前まで消失してしまう。それは避けたかった。結果、いかなる未来線においても常に久遠真刃の傍にいたエルナ=フォスターを選んだのだ」
「…………」
彼女は無言だ。
「とはいえ、その体の主導権は宿主にあるからな。強引に主導権を奪うような真似をすれば反動も大きいぞ。私が眠っている間に無茶をしたようだが、今後は止めておけ。彼女とは頑張って共存共栄の良好な関係を築いてほしいのである」
そんなことを言う
「私もそうしたいとは思いますが、あの夜は緊急でした。けど、良好とかって勝手に居候して身勝手な言い草だと思うんですが?」
ジト目で彼女がそう言うが、
「二つ目です」
彼女は問いかけを続ける。
「お嬢さまのことです。真刃さんはお嬢さまのことを知ったのでしょう?」
「あなたは何もしないのですか?」
「ふむ。特に何もしないな」
首を傾げて
「彼女に敬意はある。他の妃たち同様に気にもかけているが、だからといって、私自身に彼女に手を貸すような義理はないのでな」
「……そうですか」
彼女は瞳を閉じた。
数瞬の沈黙。
そして、
「では最後の質問です」
緊張した面持ちで問う。
「私の
「…………」
その問いかけに、
「私の過去の記憶は帝都で止まっています。目覚めたのはこの子のお母さまに会った時。あなたが、後にエルナさんを宿す彼女の体内に私の魂を憑依させた時です」
「…………」
「世界を漂っていた私の魂を見つけて封じたのがお兄さまだということは察しています。本来なら死と同時に消えるはずの私の記憶を復元したのもお兄さまなのでしょう。そして、あなたがお兄さまによって生み出されたことも」
一拍おいて、
「私はお兄さまの最期を知りません。教えていただけますか?」
「残念ながら、私も知らないのである」
「私が生み出された時には父はすでにいなかったからな。全知である私だが、それは未来に対してのみの話だ。過去を観ることは出来ないのである。だが」
そこで
ゆっくりと仮面を外す。
その風貌が初めて明らかになる。
「………ッ!」
彼女は口元を抑えて、大きく目を見開いた。
「これで答えにはならないか?」
そう尋ねる
「……充分です」
彼女は小さな声で返した。
「……私の目的は」
仮面を着け直して
「お前を幸せにすることだ。お前をお前のままで久遠真刃と再会させることである」
彼女は無言で手を強く固める。
「人は輪廻を繰り返す。しかし、転生した者同士が再び巡り合うことなど皆無に等しい。仮に同時期に死んだとしても、輪廻のサイクルには個人差があるため、同じ時代に転生することが非常に稀だからだ」
淡々と
「当然、前世の記憶を持ち合わせることもない。あのままお前の魂が世界を漂い続ければ、お前は二度と久遠真刃と出会うことはなかっただろう」
「…………」
彼女は強く唇を噛んだ。
「不条理な運命に対する憤怒。そしてお前への贖罪。それが父の道だったのだろうな」
彼女は返す言葉を持ち合わせてなかった。
深く俯き、拳をずっと固めている。
「父の生き方、死に様は父自身が望んだモノだ。お前が気に病むことではない」
「いずれにせよ、私の第一優先はお前である。どうやら無茶をしたようだから、今日は様子を見に来ただけである」
と、語り続ける
そうして、
「お前が姉同然と慕っていた火緋神杠葉を案ずる気持ちはよく分かるが、今は自身の回復を優先して眠れ。無茶をした分、消耗しているだろう」
最後にそう告げて
彼女一人だけが、その場に残される。
静寂が降りる。
心の世界に風が吹き、そして、
「……真刃さん」
彼女は瞳を閉じた。
そうして小さな声でこう呟いた。
「どうか、お嬢さまのことをお願いします」
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