エピローグ

第76話 エピローグ

 その日。天堂院本邸の和室にて。

 七奈は姿勢を正して、当主の帰還を待っていた。

 そして――。


「……ご当主さまがいらっしゃいました」


 襖の奥から、従者の女性の声が響いた。

 次いで、襖が開けられ、三人の人物が入室してきた。

 当主たる九紗。

 その後に続く、壱羽と二葉だ。

 七奈は、三つ指をついてその場に伏した。

 九紗は上座に。壱羽たちは、定位置に腰を下ろす。


「……ふむ」


 九紗はあごに手を置き、七奈に告げる。


「面を上げよ。七奈」


「……はい」


 命じられて、七奈は顔を上げた。


「留守居。ご苦労だった」


「はい。ありがとうございます」


 七奈は再び頭を下げた。九紗は話を続ける。


「ふむ。どうやら完全に復調したようだな。さて」


 九紗は、娘に尋ねる。


「儂が留守中に問題はなかったか?」


「一つご報告があります」


 七奈は、父を見据えて告げる。


「御影刀歌が生きていました」


「……なに?」


 その報告に眉を動かしたのは、壱羽だった。


「生きていたのか? あの娘は?」


「はい。壱羽お兄さま」


 七奈は頷く。


「調査したところ、一命を取り留めたようです。治癒系の引導師の力を借りたそうです。死の境を彷徨ったためか、幸いにも拉致の件は記憶が曖昧だったそうでしたが」


 一拍おいて、七奈は言葉を続ける。


「火緋神家とは争わない方針と聞き及んでおりましたので、何かの切っ掛けで事を荒立てられては面倒と思い、念のため、に頼んで御影刀歌と、救出に関わった引導師たちの記憶を『凍結』していただきました」


「……ほう。そうか」


 九紗は、少し興味深そうに呟いた。


「あの娘。生き延びたのか。だが……」


 そこで苦笑を零す。


「八夜の一撃程度で瀕死になるようでは、やはり『久遠』の血を引いているとは思えんな」


「…………」


 父の言葉に、七奈は無言だった。


「まあ、対処としては上出来だな。ここで火緋神と争うのは得策ではない。あの娘に関しては少々惜しくはあるが、捨ておくことにしよう。しかし、七奈よ」


 九紗は、目を細めた。


ときたか」


「あらあら」


 二葉が、口元を押さえて微笑む。


「どうやら、七奈も受け入れたようですね」


「……はい。二葉お姉さま」


 七奈は頷いた。


「私は、私の役目を全ういたします」


「ふむ」


 九紗が、再びあごに手をやった。


「よい心掛けだ。そうだな。しばし八夜の手綱はお前に任せよう」


「……はい」


 七奈は、三つ指をついて頭を垂れた。

 その後、幾つかの事務報告と、今後の方針について打ち合わせてから、


「では、私は退室いたします」


 そう告げて、七奈は退室した。

 七奈は、楚々たる様子で廊下を歩く。

 目的地は、七奈の屋敷だ。

 広大な屋敷を十数分ほど歩き、庭に出て別邸である七奈の屋敷に向かう。

 屋敷は、彼女の隷者たちが警護しており、彼らは七奈に頭を下げた。

 変わらない彼らの忠誠に、少し心が痛む。

 七奈は自宅に上がった。

 そして自分の部屋に向かう。

 五分後。彼女は自室に着いた。

 襖を開ける。と、


「あ、おかえり! 七奈ちゃん!」


 そこには、足を広げて畳の上に座る八夜がいた。


「お父さんへの報告。上手くいった?」


「ええ。上手くいったわ」


 頷きつつ、七奈は、ふうっと息を吐いた。


「お父さまの興味が御影刀歌にもうなかったのが良かったわ。疑われることもなかった」


「うん。そっか」


 八夜は、ニコッと笑った。


「ボクも頑張った甲斐があったよ」


 言って、バンバンと畳の上を片手で叩いた。

 七奈は困ったような顔しつつも、座る八夜の後ろにまで移動した。その場に正座すると、八夜は七奈の膝の上に頭を乗せた。


「なにせ、あの日、あの場にいた全員の記憶を『凍結』したからね。流石に疲れたよ」


「それは自業自得でしょう」


 七奈は、ムスッとした様子で告げる。


「むしろ、それだけで済んだのは僥倖よ。本来なら殺されてもおかしくなかったのだから」


 ――あの日。

 あの青年が望んだことは、すべての隠匿だった。

 八夜の記憶操作の異能を使って、関係者全員の記憶を凍結したのだ。

 真刃は、九紗と急いで対話するよりも、今は隠匿して様子を窺うことを望んだのである。

 八夜は、それに利用されたということだ。

 しかも《隷属誓文》まで結ばれて、今も逆らうことが出来ない状況だった。


「う~ん、あのお兄さんには、いつかリベンジしたいんだけどね」


「やめなさい」


 そんなことを言い出す八夜の額を、七奈はペシンと叩いた。


「あれは本当に怪物よ。このまま協力関係を維持するのか、それとも、どうにか八夜くんの《制約》を解いて、反撃すべきなのか。今後のことは、出来れば、四我お兄さまや、六炉お姉さまと相談できたらいいのだけど……」


「ええ~」


 額を両手で押さえて、八夜が頬を膨らませる。


「六炉姉さんはともかく、四我兄さんは訳分からないしなあ……」


「いいえ。四我お兄さまは、天堂院家の中では、もう本当に奇跡的なぐらい常識人なのよ。八夜くんの感性の方が変なのよ」


 と、告げる七奈に、八夜はぶすっと頬を膨らませた。


「七奈ちゃんは、四我兄さんの味方なの?」


「そういうことじゃないわ」


 七奈は、八夜の両頬を手で押さえた。


「私は八夜くんの妻よ。一番優先するのは八夜くん。だけどね」


 ペシン、と再び彼の額を叩く。


「八夜くんは色々と勉強不足なの。特に常識とか。頑張ってお勉強しなさい」


「ええ~」


 八夜が不満の声を上げる。


「でないと、デートはしてあげないから」


「ええっ!」


「エッチなこともさせてあげないからね」


「うええッ!?」


 八夜は、愕然として上半身を上げた。


「そ、それはないよ! 七奈ちゃん!」


 体を反転させて、七奈に泣きつく。

 一方、七奈は、ジト目で八夜を睨み据えた。


「だったら、お勉強する?」


「す、するよ! ちゃんと常識も憶えるから!」


 まるで子犬のように縋りつく八夜に、七奈は「よし」と頷く。


「だったら、今はじっとしていてね」


「うん! 分かった!」


 八夜は、満面の笑みを見せた。

 それからすぐに、


「じゃあ、七奈ちゃん! 早速エッチしよう!」


「え」


 七奈は目を瞬かせた。

 すると、八夜は立ち上がって、困惑する彼女を両腕で抱き上げた。


「え? 八夜くん? 今からするの?」


「うん。じゃあ、まずは一緒にお風呂に入ろうか」


「い、いきなりなの?」


 手綱を握っているようで、押しには弱い七奈は、八夜の腕の中で縮こまった。


「お風呂で今度のことも相談しよ。けど一つだけ先に言っておくよ」


 八夜は、天使の笑顔を消して、七奈に告げる。


「七奈ちゃんが、ボクを一番にしてくれるのは嬉しいよ。だけど、ボクにとっては七奈ちゃんこそが一番なんだからね」


 真顔で、そんなことを告げられて、

 ――カアアアアァ、と。

 七奈は、顔を赤く染めた。


「うん。七奈ちゃんは、絶対にボクが幸せにしてみせるから」


 八夜はそう宣言すると、完全に無言になった七奈を浴室へと連れて行った。

 始まりは歪で、今の関係もまた歪。

 けれど、それでも何だかんだで仲睦まじい若夫婦であった。




「……ふう」


 場所は変わって、御影邸の門前。

 制服姿の御影刀歌は、大きなリュックを地面に置いた。

 すでに、あらかたの荷物は運んである。これは最後の荷物だった。


「……姉さま」


 その時、後ろから声を掛けられた。

 振り向くと、そこには幼い弟の姿があった。


「本当に出ていかれるのですか?」


「ああ」


 刀歌は頷いた。

 今日、刀歌は実家を出る。

 学校近くのマンションで一人暮らしを始めるのだ。

 ――うん。嘘はついていない。

 父や母とは、少しだけもめたが、実家が学校から遠いのも事実。最終的には認めてもらうことが出来た。唯一、最後まで反対していたのが――。


「……姉さま」


 今にも泣きだしそうな刀真だった。


「……刀真」


 刀歌は、弟の頭を撫でた。


「そんな顔をするな。別に永遠の別れではない」


「で、ですが……」


 刀真は、上目遣いで姉を見据えた。


「少し、不安なんです。姉さまがどこか遠くへ行くようで」


 そこで少し言いにくそうに、


「それに、今は危ない時代ですし。女性の一人暮らしなんて」


「……心配してくれてありがとう」


 刀歌は、微笑んだ。


「けど、大丈夫だ。同じマンションには私の友人たちもいる。実質的には、シェアハウスに近い。刀真が心配することなどないさ」


 そう告げたところで、刀歌は少しだけ表情を曇らせた。

 この純粋に自分を心配してくれる弟に対し、真実を告げないことは心苦しかった。


「そうだな。刀真」


 刀歌は、少し悩んだ後、弟にだけこっそり伝えることにした。


「お前の勘は正しい。私は遠い所に行くのだ」


「え?」


 刀真は目を丸くした。


「……父や母には内緒だぞ。実はな」


 刀歌は、少しだけ頬を染めて告げる。


「私は、嫁に行くのだ」


「……え?」


「私は、遂に運命の人と巡り逢ったのだ。私は彼の元に嫁ぐために家を出るのだ」


 と、姉が見たこともない表情――女の顔でそう告げる。


「ええッ!?」


 刀真にしてみれば、青天の霹靂だ。

 すると、姉は色っぽささえ醸し出す表情で、人差し指を唇に当てた。


「実は、私はすでに彼の隷者でもある。幼くともお前も引導師だ。この意味は分かるな? だが、それを父たちに告げると、多分うるさいだろうからな。今はこっそり家を出て既成事実が確定……コホン。まあ、父たちが認めてくれそうになったら話すつもりだ」


 驚きすぎて、刀真はパクパクと口を動かすだけだった。

 そんな弟の頭を、刀歌はポンと叩いた。


「だが、お前だけは頃合いを見て、先にあの人に合わせてやろう。お前の義兄上になるのだからな。あの人は優しい人だが、礼節は尽くして会うのだぞ」


「え? え? ね、姉さま?」


 刀真は、まだ状況についていけてなかった。


「え? 冗談? 冗談ですよね?」


「いや。事実だぞ」


 刀歌は微笑む。


「まあ、会える日を楽しみにしておけ。私の愛する人だ。本当に凄いんだからな」


 そう言って、姉はリュックを背負って歩き出した。


「では、行ってくるぞ! 刀真!」


 姉は振り返ると、幸せそうに笑って、手を振った。

 その姿は、すぐに見えなくなっていく。

 きっと、早足になっているのだろう。


「……………え?」


 門前には、唖然とした刀真だけが残されることになった。

 そうして――……。




「…………」


 場所は再び移って。

 自室にて、椅子に座った真刃はその絵を見据えていた。

 ベッドの上に立て掛けた絵。

 刀歌が、このマンションに先に送ってきた絵だ。

 御影刀一郎の遺作である。


 亡き同僚の絵。

 興味があって、刀歌の承諾の元、自室に持ち込んだのだ。


「…………」


 真刃は、足を組んだ姿勢のまま無言だった。

 傍らには宙に浮く猿忌と、机の上でとぐろを巻く赤蛇の姿もある。


『……赤蛇よ』


 猿忌が問う。


『お前のその情報は、確かなのか?』


『まあ、あのハゲが言ってたことを信じるならな』


 と、赤蛇が赤い舌を出して答える。

 猿忌は小さく嘆息した。


『確かに女顔であるとは思っていた。時折、女性のような声を出す時もあった。しかし』


 そこで、ほとんど無表情の主人に目を向ける。


『まさか、御影刀一郎が女性だったとはな』


「…………」


 真刃は無言だ。


『痛恨だな。この絵を見れば、御影が主のことをどう思っていたかは一目瞭然だ。あれは主が気を許した数少ない人物。魂力こそ低くとも、妃としては充分な資格を――』


「……やかましい」


 流石に、真刃も口を開いた。


「御影の想いなど、誰に分かるというのだ。あいつのことだ。この絵は、生涯の宿敵として残したのかもしれん」


 一拍おいて、手に持っていた缶コーヒーを一気に呑み干した。

 甘味が強い一品のはずなのだが、どうしてか強い苦みを感じだ。

 真刃は嘆息する。


「……まあ、御影が女という話が真実ならば、少しぐらいは気遣うべきだったかとも思わなくもないが、今となってはどうしようもないことだ」


『そうだな』


 猿忌は頷く。


『今は今代の妃たちの方が重要だ。せめて御影の血を引く刀歌を愛してやるがよい』


「五月蠅い」


 真刃は、猿忌を睨みつけた。


「刀歌を、いや、エルナたちを勝手に己の嫁にするな……と言いたいところだが」


 真刃は嘆息する。


「己は、そこまで無責任ではないつもりだ。女を隷者にする。その意味を理解もせずに事に及ぶほど愚鈍でもない。すでに相応の覚悟はしておる。少なくとも、エルナとかなた。そして刀歌の三人についてはな」


『おおっ! そうかっ!』


『遂に据え膳を喰う気になったんだな! ご主人!』


 猿忌のみならず、赤蛇も声を上げる。

 真刃は、ギロリと従霊たちを睨み据える。


「五月蠅い。逸るな。第二段階は……その手のことはまだ当分先の話だ。以前にも言ったが、エルナたちはまだ幼い。あの娘たちが成長するまでは手を出す気はない。そこは譲らん。そしてこれだけは言っておくぞ」


 一拍おいて、


「それまでの期間にエルナたちが解約を申し出た場合。または、エルナたちに愛する男が出来たのならば《魂結び》は解約する。エルナたちの想いを何よりも優先する。無論、妃とやらの話もなしだ。これには文句は言わせんぞ」


『ああ、構わぬ』


 猿忌は頷いた。


『大いなる進展だ。それぐらいは譲歩しよう。しかし』


 猿忌は、おもむろに人差し指と中指を立てた。


『流石に期間は定めるべきだな。二年だ。あの娘たちが十六になった夜には抱いてやれ。それぐらいの甲斐性は見せよ』


「どういう甲斐性だ。それは」


 真刃は、深々と溜息をついた。


『十六ならば結婚も出来る歳だからな。一人前と言えよう。さて』


 猿忌は、机の上に置いてあるスマホに声を掛けた。


『金羊よ。どうだ? よんに当てはあるのか?』


「……おい」


 早速次の嫁を見繕うとする猿忌を、真刃は睨みつけた。


「まだ増やす気か。すでに三人だぞ」


『当然だ。三人でも、まだまだ偽装には足りぬからな』


 猿忌は渋面の主人を一瞥して告げる。


『最低でもしちまでは考えておる。さて。金羊。目ぼしい候補はいるのか』


『う~ん、エルナちゃんの学校ではもういないっスね。魂力の量だと、エルナちゃんたちが校内TOP3っスから。四番手の子は132。大幅に落ちるっス』


『ふむ。では、他校ではどうだ?』


『うっス。そうっスね。他の中学校も探ってみるっス』


「……いや待て」


 真刃は、思わず額に手を当てた。


「お前たちは、どうして中学生限定なのだ」


 そのツッコミに猿忌と金羊、赤蛇も視線を真刃に向けた。


『おお。確かに』


 ポンと手を打つ猿忌。


『基準を紫子で考えておったな。紫子は和装の下に何気に恵まれた肢体こそしておったが、十八の頃でも、やや幼い顔立ちだったからな』


『紫子ちゃんは猿忌さまの最推しだったスから。つい似た子を選んでたっスね』


『ご主人の好みってあの黒髪ロングの「姉ちゃん」なんだろ? 綺麗系の。刀歌嬢ちゃんも近いっちゃあ近いが、むしろ、こないだの七奈って子の方が好みに近いんじゃねえか?』


「……五月蠅いぞ。お前たち」


 真刃は、ますます渋面を浮かべた。


『許せ。主よ』


 猿忌は頭を垂れた。


『いささか我の拘りが過ぎたようだ。よし。金羊よ』


 従霊の長は、金羊に命じる。


『次は「あの女」を基準にするぞ。捜索範囲を大学まで広げよ』


『うっス! 了解っス!』


「おい。了解ではない」


 真刃が止めようとするが、


『案ずるな。主よ』


 猿忌が、ふっと笑って告げた。

 思わず、真刃が呆れ果ててしまうような言葉を――。


『肆妃は、主好みの同世代。または年上の女性にすることにしよう』



       ◆



 沈黙が続く。


『そうですか……』


 大きな和室に声が響いた。

 火緋神家の本邸。御前の部屋である。

 そこには今、大門紀次郎のみが主君の前で膝を突いていた。

 薄布に包まれた御前は、安堵の息を零す。


『御影刀歌さんは無事なのですね』


「……はい」


 大門は頷く。


「どうやら、天堂院家は彼女から完全に手を引くようです。彼女の身の安全は、当面のところは大丈夫でしょう」


『そうですか。ようやく一安心ですね』


 と、御前が呟く。

 その声には、強い感情が宿っているようで大門は少しだけ眉根を寄せた。


「御前さま。お聞きしてもよろしいでしょうか」


『何でしょうか?』


 御前が尋ね返す。大門は疑問を口にした。


「御前さまは、御影嬢と何かご縁をお持ちなのでしょうか? 今回の天堂院家の提案も御影嬢の名を聞いた途端、強く反対されたようで」


『……古い話です』


 御前は、一拍おいて答えた。


『私は御影家の人間と一人だけ面識があるのです。彼――いえ。彼女には心から憎まれ、嫌われてしまいましたが……』


 薄布の中で御前は、グッと手を固めた。


『天堂院家と繋がりを持てば、彼女の子孫である刀歌さんは不幸になる。そう思ったからこそ強く反対しました。恥ずかしい話ですが、私の私情です』


「私情、ですか……」


 大門は双眸を細めた。

 奇しくも、あの人物もそう言っていた。


「御影嬢については、天堂院殿もそう言っておりました。御影嬢の先祖に当たる人物と縁があったと。もしや、同一人物なのでしょうか?」


『……そうかも知れませんね』


 御前は呟く。


『私と、天堂院殿は同じ時代を生きていましたから』


「そうですか。では御前さま」


 大門は、ふと、これも尋ねてみたくなった。

 御前さまなら、何かご存じなのかも知れないと思ったからだ。

 天堂院九紗が語っていた、もう一人の人物のことを。


「御前さま。もう一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」


『何でしょう』


 主君に承諾を得て、大門は尋ねる。


「天堂院殿からは、もう一人、別の人物の話も聞いているのです。彼も百年前の人物とのこと。奇しくも、私の知人と同じ名を持つ人物でした」


『貴方の知人ですか? 引導師の中には代々の名を受け継ぐ家系もありますからね。貴方の知人の方は、その方の子孫なのでしょうか?』


「それは分かりません」


 大門はかぶりを振った。


「ですが、とても優れた引導師です。実は、今回の一件で、互いに望む形で御影嬢の隷主となった人物でもあります」


『まあ、そうなのですか』


「はい。だからこそ、彼の名を天堂院殿から聞いた時は困惑したのです。御前さま」


 そして大門は、その名を告げた。


「御前さまは、『久遠真刃』という人物をご存じでしょうか?」


 十数秒の沈黙。

 そうして――。


『………………………え?』


 呆然とした、その声だけが和室に響くのだった。




第2部〈了〉



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


読者のみなさま。

本作を第2部まで読んでいただき、誠にありがとうございます!

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