第179話 暁の世界②

「よっしゃあ! 来たぜ! ドーンワールド!」


 場所は変わって、セントラルホテル・『ドーンタワー』。

 その九階にある一室で、金堂剛人は吠えた。


「う~ん。確かに来れたけど……」


 同行者である御影刀真は、自分の荷物を二つあるベッドの一つに置いた。


「よく、ドーンワールドのチケットなんか取れたよね」


 ドーンワールドは、超人気スポットだ。

 ましてや週末の三連休。刀真もネットで調べてみたが、ドーンタワーの予約はおろか、入場のチケットさえ完売状態だった。


「まあ、ちょいと叔父貴の力を借りてさ」


 剛人は言う。

 彼の叔父……血縁的にはもう少し離れているのだが、かの黒鉄グループの重役だった。

 その伝手を使えば、チケットの入手は、さほど難しくはなかった。


『惚れた女のためなんだろ? いいぜ。おいちゃんに任せときな』


 剛人の叔父はそう言って、協力してくれた。

 チケットはおろか、ドーンタワーの宿泊予約まで手を回してくれたのである。


「叔父貴には世話になってばかりだ」


 剛人は叔父に心から感謝する。


「それで刀真」


 剛人も、自分の荷物をベッドの上に置いて尋ねる。


「刀歌の状況はどうだ? どの国に行くつもりなのかって分かるか?」


「あ、うん。待って」


 刀真は、スマホを取り出して姉にチャットを送る。

 返信はすぐに来た。


「……海の国アクアブルーだって」


「……やっぱ、そうかよ」


 神妙な顔で、剛人は自分のあごに手をやった。


「剛人兄さん?」


 刀真は、不思議そうに目を瞬かせた。


「やっぱりって、姉さまがどの国に行くかって分かってたの?」


「……ああ。簡単な推測さ」


 剛人は語る。


「マジで簡単な推測だぜ。考えてもみろ。相手は、JCと決闘して隷者ドナーにするようなオッサンだぞ。間違いなくスケベなゲス野郎だ。そして海の国アクアブルー


 ググっと拳を固める。


「ほぼ、すべての人間が水着になるあのエリア。あのスケベ野郎は、水着姿の刀歌をはべらせて悦に入る気なんだよ」


「……無茶くちゃ悪意っていうか敵意があるよね。剛人兄さん」


「――当然だろッ!」


 剛人は、右腕を薙いだ。


「あの野郎は他にも二人、刀歌の同級生を隷者ドナーにしてるそうじゃねえか!」


「う、うん。姉さまはそう言ってたけど……」


「JCを三人も隷者ドナーにするようなオッサンだぞ! 社会的に抹殺すべき野郎だッ!」


 と、宣告する。

 鼻息もかなり荒かった。


(……剛人兄さん……)


 刀真は、何とも言えない顔をした。

 まあ、兄貴分の気持ちも分からなくもない。

 しかし、一般社会ならば、確かに抹殺すべき案件ではあるが、引導師の世界では、十五、六でも隷主オーナー隷者ドナーになっている者も少なからずいるのだ。

 その世代が通う各校自体が《魂結びソウルスナッチ》を推奨しているのだから必然だろう。

 それは、まだ八歳である刀真でさえ知っている事実だった。


(……兄さんの気持ちも分かるけど……)


 こればかりは、難しい問題だと思う。

 なにせ、隷者の数は、生存率にも直結する話なのである。

 本人同士が互いに承知しているのならば、引導師の世界では、これぐらいの年齢差は黙認されているのが現状だった。


(……抹殺はきっと無理だよ。だけど)


 刀真は、眉をひそめた。


(あの姉さまが、他の隷者ドナーまで認めているなんて……)


 この事実には、刀真も相当に驚いていた。

 あの真っ向から《魂結びソウルスナッチ》を全否定していた姉が一転、そこまで認めるとは……。


(一体、何があったの? 姉さま)


 刀真は、小さな拳を固めた。

 兄貴分ほどではないが、刀真にも思うところがあった。


(……もしかしたら、あの動画も……)


 ここ二ヶ月ほどの姉とのやり取りも、すべて演技だったのではないのだろうか?

 本当は、姉の心はこの事態に納得していない。

 敗北した事実と、《制約》によって、ただただ服従させられている。

 あの動画も、男性の命令で姉が演じているだけなのでは――。

 その考えが、どうしても頭の隅にあった。


(それを確認しないと)


 そのために、刀真もこの場所に来たのだ。


「とにかくだ!」


 剛人が叫ぶ。


「俺たちも海の国アクアブルーに行くぞ!」


「うん」


 刀真は頷く。


「分かった。すぐに準備するね」


「おう! あのオッサンの化けの皮を剥がしてやるぜ! そんで!」


 一拍おいて、拳を突き上げる。


「刀歌の水着姿を! この網膜に焼き付ける! もちろん映像にもな!」


 ギランッと眼光を輝かせる剛人。

 刀真は、ジト目になって「……いや、剛人兄さん」と呟いた。

 こうして。

 少年二人も、戦場に到着したのであった。

 そして――……。



 ほぼ同時刻。

 ドーンタワーの一階。エントランスホールにて。


「やあやあ、みんな」


 サングラスをかけた篠宮瑞希が、気安げに声を掛けた。

 トランスケースを片手に持った、どこから見ても女子大生の趣だ。

 そのグループは、彼女に視線を向けた。

 人数は、瑞希を除いて八人。

 男性が五人。女性が三人である。若いメンバーだ。

 一見だけならば、大学の友人同士か、それともサークルメンバーか。

 服装からして、そういった雰囲気のグループである。

 だが、その中には、扇蒼火や宝条志乃の姿もあった。


「遅くなっちゃったかな?」


 サングラスをずらして、瑞希が言う。

 蒼火は「ふん」と、鼻を鳴らした。


「お前が遅刻の常習犯なのは今更だ」


「あはは。ごめんって」


 瑞希が、両手を重ねて謝る。


「けど、僕も含めて九人か。この数のチケットをよく集められたね」


「蛇の道は蛇だ」


 蒼火は言う。


「いささか強引な手も使わせてもらった」


「おお~、怖いねえ」


 瑞希が笑う。

 が、すぐに目を細めて。


「けど、ありがたいよ。人手は出来るだけ欲しいしね。さて」


 瑞希は告げた。


「早速、作戦会議と行こうか」

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