第五章 暁の世界

第178話 暁の世界①

 ――『暁の世界ドーンワールド』。

 それは、人工島を丸ごと利用した、国内最大とも呼ばれる大レジャーランドだ。


 浮島のように海に囲まれた中央にそびえ立つ『暁の塔ドーンタワー』。

 そこから扇状に広がる三つの『王国キングダム』。

 最も広く、様々な屋外アトラクションや、個性的で愉快なキャラクターたちの大行進イベントや、彼らとの交流を売りにした『太陽の国サンシャイン』。

 経営時間を夜に限定し、ホラー系のアトラクションやイベントを主力にしつつ、国内外でも最大級の大観覧車や、星が瞬くような夜景の美しさが際立つ『夜の国ミッドナイト』。

 そして、広大な人工島の一角を、巨大なドームで覆って建設された屋外プールや温泉スパを用いた大規模なウォータースライダーなどの施設が充実した『海の国アクアブルー』。


 ドーンタワー及び、各王国にはブリッジのみで行き交うことが可能だった。

 各王国は、それぞれが大規模のため、一国でも一日で回り切るのは難しいと言われている。

 それが、ドーンワールドの全容だった。

 その暁の世界に今、長大なブリッジを渡って一台のリムジンが入ろうとしてた――。




「皆さま。もうじき、ドーンタワーに到着いたします」


 リムジンを運転する山岡がそう告げる。

 全員の視線が、運転席に集まった。

 この豪勢なリムジンは、火緋神家の所有物だった。

 今回のために、山岡が用意したのである。

 箱型に設置されたソファのようなシートには、六人の人物が座っている。

 右側にエルナ、かなた、刀歌。左側に燦と月子。

 そして後方側に、真刃と、宙に浮かぶ猿忌の姿があった。

 席取りからして、相も変わらず対立しているエルナたちだが、今は近くの車窓に目をやり、瞳を輝かせている。かなたでさえ興味深そうな眼差しを見せていた。


(……ふむ)


 真刃も、車窓へと目をやった。

 この道はドーンタワーへと繋がるブリッジだ。そのため、角度的にドーンタワー自体は視界に入らないが、海を挟んで、各王国の光景は確認できた。


(あれが、レジャーランドというものか)


 双眸を細める。

 遠目に見えるのは、巨大な大観覧車だった。

 その姿は、まるで天地に出現した真紅の大車輪。

 真刃が生まれた時代では、考えられない規模の建造物である。

 しかも、あれほどの建造物の目的が、ただの娯楽のためだという。


「……凄いものだな」


 思わず感嘆の声が零れ落ちた。

 改めて、人の技術の進化と、時代の流れを強く感じた。


『うむ。確かにそうだな』


 同じ時代を過ごした猿忌も同意する。

 と、その時だった。


「おっじさん!」


 遊ぶ気満々のホットパンツ姿の燦が、真刃の膝の上に飛び込んできた。

 次いで、キラキラした眼差しで真刃の顔を見上げた。


「ねえ! 今日はどこに行くの!」


「どこへ? ああ、そうか」


 燦の問いかけに、真刃は双眸を細めた。


「三つの国のことか。どれに行くかという話だな」


 ドーンワールドにある、三つの王国。

 一つだけでも一日では回り切れない規模だと聞く。

 そして、今回滞在するのは、今日と明日の二日だけである。

 ならば、どれか一つを選択しなければならない。


「……どさくさに紛れて、真刃さんに飛びつかないの」


 そう言って、燦の頭を両手で抱えて引き剥がしたのは、エルナだった。

 燦は「離せ! おばさん!」と叫んでいた。

 ふと、真刃は気付く。

 どうも最近、エルナは自分のことを「お師さま」と呼ばなくなった。

 戦闘中や訓練中に、たまに呼ぶ程度である。 

 ……これは、やはり隷者れいじゃにしたことが影響しているのだろうか。

 そんなことを考えながら、真刃は嘆息し、


「お前たちで決めればよい」


 そう告げる。

 エルナと燦のみならず、かなたたちも真刃に目を向けた。


「今回はお前たちの親睦会だ。オレはお前たちの望みに従おう」


「……えっと」


 月子が、運転席に目をやった。


「山岡さんも、それでいいんですか?」


「月子君。私に気遣いは不要ですよ」


 月子の養父でもある山岡が言う。


「久遠さまも仰られる通り、今回はおひいさまがたが主役なのです。私も、久遠さまよりおいとまを頂いております。この二日はドーンタワーにて過ごす予定です」


 一拍おいて、


「私のことはお気になさらずに。皆さまは存分にお楽しみください」


 そう告げられ、燦たちは顔を見合わせた。

 三つの王国。

 時刻はまだ朝の八時過ぎだ。夜間営業が基本である夜の国ミッドナイトは除外される。

 そのため、選択肢としては二つだ。太陽の国サンシャインか、海の国アクアブルーである。

 お妃たちは、互いに目配せした。

 特に言葉は発さない。

 ただ、それでも、互いにすべてを承知したかのように頷いた。

 エルナ、かなた、刀歌の三人はもちろん、おずおずとだが、月子も頷いていた。


 そんな中、燦だけが青ざめていた。

 刹那の意志の共有に一人だけ取り残された訳ではない。

 状況をきちんと理解した上で青ざめたのだ。


「――太陽のサンシャ……」


「「「「海の国アクアブルーで」」」」


 先手を打とうとした燦の声を、全員が押し潰した。

 燦は「むぐうッ!」と唸った。


「つ、月子ォ……」


「ご、ごめん。燦ちゃん……」


 親友にまで裏切られて、燦は涙目だ。

 太陽の国サンシャインと、海の国アクアブルー

 どちらも人気のある施設だが、その二つには大きな違いがあった。

 太陽の国サンシャインは、印象としては王道スタイルの大規模遊園地だ。親子連れも多い。

 対する海の国アクアブルー。このエリアは、ドーム内にある温水プールをメインにしたアトラクションがほとんどだ。簡単に言えば、屋内型のウォーターランドといった趣である。

 そして、ここで着目すべき相違点は、その特色ゆえに、海の国アクアブルーの来客のほとんどは水着・・でいることが多いということだった。


(……むむむっ!)


 内心で呻く燦。

 別に、彼女が水着を持ってきていない訳ではない。

 当然、このケースも想定している。可愛い物を用意してきた。

 ただ、あのエリアは、圧倒的に不利なのである。とんでもなく敵地アウェイなのだ。

 ――そう。親友も含めて、このメンバーの中に混じるということは……。


「決まったみたいね」「はい」「うん。そうだな」


 と、頷くエルナたち三人。


「燦ちゃん、ごめん、ごめェん……」


 月子が、両手を重ねて謝っていた。

 自分たちの武器の真価を、正確に把握するお妃さまたちだった。

 四対一。さしもの燦にも勝ち目はなかった。


「うえええんっ! おじさああんっ!」


 それでも、嘆くどさくさに紛れて、真刃の膝の上で馬乗りになる燦。


「おばさんたちと、月子がいじわるだ!」


「……いや。言っている意味が分からんのだが?」


 困惑しつつも、真刃は、くしゃりと燦の前髪を優しく撫でた。


「えへへ」


 燦は嬉しそうに笑うと、真刃の首筋に両腕を回した。

 額に青筋を浮かべるエルナたち。

 すると、燦は顔だけを向けて「べえ」と小さく舌を出した。

 転んでもただでは起きないらしい。


 ともあれ。

 目的地は、海の国アクアブルーに決まったのであった。

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