第234話 凶星輝く➄

 ――フィギュア造形師。AKIRA――


 それが真刃に手渡された名刺に書かれた名前だった。

 真刃の隣に座って覗き込んだ芽衣がギョッとしていた。


「それがボクの本業やねん」


 ソファーに座って千堂が語る。


「そんでこっちがボクの愛する奥さん。千堂琴音ちゃんや」


 言って、自分の右側の女性に手を向けた。

 長い髪を団子状に纏めた、切れ長な眼差しの女性は淑やかに頭を下げた。


「琴音です。主人がお世話になります」


「えっと、奥さん?」


 芽衣が小首を傾げて左側の女性に目をやった。


「じゃあ、こっちのそっくりさんは双子さん?」


「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれたで! 芽衣ちゃん!」


 バンッと身を乗り出す千堂。芽衣が「は、はいっ!」と肩を震わせ、真刃の後ろに控える獅童が「む」と眉をしかめた。

 真刃だけはあまり驚かない。

 というより『フィギュア造形師』とは何なのだろうかと一人で疑問を抱いていた。


「この子こそが!」


 左手を勢いよく向ける。


「ボクの最高傑作! 『阿修羅姫・KOTONEちゃん』や!」


「え? け、傑作?」


 そう呟いて、芽衣はギョッとした。


「ええッ!? もしかしてそっちの子ってフィギュアなん!?」


『……ほう』


 真刃の隣で浮いていた猿忌が興味深そうに左側の女性に目をやった。


『造形師とは人形遣いのことか。しかし、人と見紛うほどのこの造形。恐るべき技術だな』


 と、シンプルに感心する。


「おお! 見る目のある式神君やな!」


 喜色満面に喜ぶ千堂。


「そう! このKOTONEちゃんは限りなく人間に近づけた傑作! 皮膚どころか血管に至るまで再現したんや! それだけちゃうで! お尻やおっぱいの弾力とかも、琴音ちゃんを何度も調査して寸分違わず再現して――」


「うっさいわ! このアホッ!」


 その時、スパンッと琴音が千堂の頭を叩いた。


「あんたのフィギュアは護衛やから目ェ瞑っとたけどなんでウチをモデルにすんねん! 怖いわ! ドッペルゲンガーか! そもそも知っとんやぞ!」


 琴音は夫の胸倉を掴んだ。


「お前、このフィギュア、ウチより2センチ胸デカくしたやろ!」


「ご、ごめん、つい……」


「ついってなんやねん! ついって! つうかお前、このフィギュア、魂力さえ充分なら鬼塚でも西條でもいつでもしめれるやろ! 男ばっか隷者ドナーにしおって! 女の隷者ドナーかき集めて今すぐあの二人しめてこいや!」


「いや。それはあかんよ。琴音ちゃん」


 千堂は、真剣な顔で妻の手を取った。


「ボクの愛する妻は君だけや。幾ら強くなるためでもそれだけは嫌や」


 そう告げられ、琴音は頬を赤くした。


「お前そういうところはホンマ卑怯やぞ!」


 そう叫ぶ。と、


「……あの」


 芽衣がおずおずと手を上げた。


「夫婦喧嘩……いえ。夫婦でイチャつくのはお家でして頂けないでしょうか?」


「……すみません」


 琴音は顔を真っ赤にして頭を下げた。


「……結局」


 真刃が名刺をローテーブルに置いて尋ねる。


「千堂と言ったな。お前たちは何をしにここに来たのだ?」


「うん。それが本題やね」


 千堂が話を戻した。


「ボクとしては、別に覇権は獲れなくてもええねん。琴音ちゃんとイチャイチャしながらフィギュア創りに没頭できたら幸せやねん。後は、ボクの造形仲間や弟子たちとフィギュア談義もできたら超幸せや」


「……三強の一人が身も蓋もないこと言い出してきたよォ」


 芽衣が顔を引きつらせた。後ろの獅童も少し呆れている様子だ。

 しかし、千堂は気にしない。


「そこでボクは久遠君。君に協力したいんや。西條ちゃんを圧倒する君は女王にも劣らへん。ボクは君こそが覇者になると確信したんやよ」


「…………」


 真刃は無言だ。

 考え込んでいる訳ではなく、返答に困っていた。

 覇者など言われても本当に困るだけだった。

 その心情が分かるのは付き合いの長い猿忌だけで、従霊の長は苦笑を浮かべていた。


「ボクは君が勝ち馬やと思った。なんなら《崩兎月》は君の傘下になってもええ。ボクの幸せを保証してくれるのなら全面降伏や。まあ、一つだけささやかな願いはあるけど」


「……それは何だ?」


 少し警戒して真刃が問う。と、


「ズバリ交渉権が欲しいんや!」


 人差し指を立てて千堂は身を乗り出した。

 事前に聞いていたのか、妻である琴音は溜息をついていた。


「ボクの今のインスピレーションは《雪幻花スノウ》ちゃんや! あの美貌にスタイル! 奇抜な衣装もええ! 是非とも作品にしたいんや! それを《雪幻花スノウ》ちゃんと交渉したい!」


 そう告げる千堂に、芽衣は目を瞬かせた。


「いや、画像とか入手は可能でしょォ? 勝手に造ればいいんじゃあ?」


「いやいや。それはあかんよ」


 千堂ははっきりと言う。


「それはマナー違反や。モデルにする際は、本人承諾は必須やで」


「……ウチには承諾がなかったような気がするんやけど……」


 妻がそう呟くと、千堂は「琴音ちゃんは特別枠や」と言い切った。


「それに《雪幻花スノウ》ちゃんだけちゃうで。引導師ボーダーは綺麗どころばかりやからな。西條ちゃんの模擬象徴デミなんかそのままフィギュアにしたいし、鬼塚君とこの双子ちゃんも巫女姿がホンマ画になるしなあ。そんでもちろん!」


 千堂は芽衣を指差した。


「芽衣ちゃんもや! 私服でも模擬象徴デミでもどっちもえる! 単独でもええけど《雪幻花スノウ》ちゃんとセットにしたらさらにえるで!」


「……おおう」


 芽衣は顔を引きつらせた。


「ともあれ、ボクは彼女たちと交渉したいんや。それが平定後のボクの望みや」


「……ええ~」


 芽衣が呻いた。


「どうするのシィくん。この人、変人だよォ」


「……ふむ」


 真刃はあごに手をやった。


「正直、途中から話が全く分からなかったのだが、要は交渉の許可が欲しいとのことだな。強制ではなくあくまで交渉権ならば、そこまで無茶な要望でもなかろう」


「おお! 話が分かるやん! 久遠君!」


 千堂は笑みを見せた。


「なら同盟成立やね。まあ、見ててくれや。久遠君」


 千堂はパンっと扇子を開いて告げた。


「ボクは結構お役に立つ人やで」



       ◆



「阿修羅姫。戦闘や」


 千堂が厳かにそう告げると、琴音そっくりの人形が一歩前に進み出た。

 対照的に琴音は、神楽坂姉妹を預かり下がっていた。

 そして阿修羅姫はまとめた長い髪を解き、しゅるりと和服を脱ぎ落した。

 その下は下着でなく、体のラインが浮き出る強化服・・・。部分的に装甲のようなモノを装着させた硬質の黒いレオタードだった。


 次いで、彼女の後ろに虚空が開く。

 そこから現れたのは機械的な構造を持つ巨大な黄金の装甲だった。

 阿修羅姫は地を蹴って跳んだ。それに合わせて巨大装甲も動く。彼女の背中に装着されると巨大な腕の二本が彼女の前腕部に装着。両足も巨大な装甲で覆われた。胴体も装甲に覆われるが、それは彼女のサイズに合わせた甲冑アーマーだった。

 数秒後、そこには美女を中核に取り込んだ六本腕の鬼神がいた。しかも驚くべきことに鬼神は背中から炎を噴出して宙に浮いているのだ。


 黄金の鬼神は、さらに虚空から六本の大太刀を取り出した。

 ただの刀ではない。どこか機械的なデザインの大太刀である。


「これがボクの阿修羅姫や」


 千堂がそう告げる。

 全員が唖然としていた。


『お前だけ世界観が違うじゃねえか!? SFかよ!?』


 思わず武宮がツッコミを入れたが、千堂は「あはは」と笑って。


「いやいや。それを言うなら、君なんてこの上なくファンタジーやん。なんか二刀流の黒い剣士に両断されそうや」


『誰だよそいつは! つうか俺は自分でこの姿を選んだ訳じゃねえよ! 変えれんなら俺だってもっと強そうなドラゴンっぽい方が良かったわ!』


 と、長い尾で芝生を叩いて武宮が叫ぶ。

 余談だが、模擬象徴デミ・シンボルは本人の意思で姿を決められる訳ではなかった。


「ともあれや」


 表情を一変させて、千堂は細く鋭い眼差しを黒狼に向けた。


「おんどれを許すつもりはないで。ここで潰す。そのための阿修羅姫や。芽衣ちゃんたちもそれでええな」


「……うん。OKだよォ」


 爪棍を構えて芽衣が応える。

 獅童と武宮も散開して身構えた。


『流石にこんな野郎を野放しにする気はねえよ。こいつはもう人間じゃねえ』


『……元極道の俺も大概人でなしではあるが、本物の人喰いの化け物を見逃しては引導師ボーダーの沽券に関わるからな』


『…………』


 囲まれても黒狼は無言だった。

 しかし、


「シィくんが言っていたよ」


 芽衣が告げる。


「この子の後ろには、たぶん名付き我霊ネームドエゴスがいるって」


 その指摘に初めて黒狼が表情を変えた。


『……決メタゾ』


 グフウッと息を零す。それから芽衣を指差して、


『オ前ダケハ殺サナイ。犯シテ、オ前ノ後ロニイル奴ヲ吐カセル』


 その宣言に対して、芽衣は「べえっ!」と舌を出した。


「ウチにエッチなことをしていいのはシィくんだけだよ! 他の人なんてお断り!」


 言って、爪棍を横に薙いだ。銀の爪が月光に輝く。


「それより、むしろ君の方こそ色々と話してくれないかな? 君のその姿のことや、君の後ろにいる名付き我霊ネームドエゴスの名前とかね」


『……断ル』


 黒狼が即答する。交渉の余地もなさそうだ。

 その様子を見やり、


「……交渉はここまでやね」


 千堂は扇子を黒狼に向けた。


「ほんなら、そろそろ始めよっか」


 宣告する。


『グオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――ッッ!』


 黒狼が咆哮を上げた。

 かくして深夜。

 日中は憩いの場である広大な公園で異形たちの死闘が始まるのであった。

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