第406話 伍妃/犬猿の友④
時間は少し遡る。
綾香同様に、芽衣も
「うわあ……」
芽衣はボリボリと頭をかいた。
そこは墓地だった。無数に十字架が立てかけられた異国の墓地だ。
そして亡霊のように二十人近い男たちが待ち構えている。
「流石にピンチかな。ねえ」
芽衣は耳飾りを指先で弾いた。
「出てきてくれる?」
『……やれやれじゃな』
耳飾りがそう答える。
そして芽衣の耳から外れると、耳飾りは瞬く間に変化した。
芽衣が相手であってもそう劣らないスタイルを持つ女性だった。純白の巫女装束を纏い、無数の狐の尾を模した髪飾りをつけた狐面を付けている。面の下部は解放されていて、口元には赤い紅が引かれていた。
彼女は、トンと地面に立つ。
――伍妃の専属従霊・
式神らしき女の登場に、男が少し騒めいた。
しかし、白狐は気にせずに口元を赤い鉄扇で覆って、
『従霊使いの荒い女よの』
「いやいや、蝶花ちゃんとかに比べると、白狐ちゃん、全然働かないじゃん」
『わらわはあくまで暫定の専属従霊じゃからの』
と、白狐は言う。
『ゆえにただ働きは嫌じゃ。そうじゃのう……』
鉄扇をビシッと芽衣に向けた。
『次なる寵愛権の日。わらわにそなたの肉体を貸してたもれ』
「へ? どういうこと?」
芽衣は眉をひそめた。
白狐は『知れたことよ』と切り出して、
『そなたの肉体に憑依し、わらわが代わりに我が君の寵愛を賜うのじゃ』
「はあっ!? 何それ!?」芽衣は愕然とした。「そんなこと出来るの!?」
『わらわは霊体じゃしの。同性でもある。そなたの合意があれば一時的には可能じゃ』
白狐はそう言う。一方、芽衣はご立腹だ。
「普通に嫌だよ!」
芽衣は白狐に詰め寄った。
奇しくも綾香と同様に双丘がぶつかり合うのだが、質量、弾力ともに互角だった。
「私は私のままでシィくんに愛されたいし!」
『ふん。よく言うのう。いつも二時間さえ
「ウチはまだほぼ
芽衣は顔を真っ赤にして叫んだ。
彼女たちの口論は、ドンドン白熱していく。と、
「……おい」
男の一人が声を掛けてきた。
すると、芽衣と白狐がギロリと顔を向けて来た。
「この話は後でするよ」
『ああ。構わんぞ』
二人は互いにそう告げた。
「まずはこいつらを薙ぎ払うよ。
『……仕方がないのう』
芽衣の呼びかけに白狐は応じた。
白狐の姿が光の粒となり、それらの光の粒は芽衣の周囲へと舞うと隊服に憑依した。
そして芽衣の姿が変化する。
黒いタイツで美脚を覆うその姿は、いわゆるバニーガールだった。
だが、尾は長く橙色だ。芽衣の栗色の髪も尾と同じく橙色に変わっていた。そこに猫のような――否、獅子のような耳が生えている。ライオンガールとでも言うべきか。
トップスには裾が大きく広がった白いジャケットを羽織っている。大きな袖口からは狐の尾で造られたような巨大な白毛の掌が姿を現していた。頭の上には小さな白のシルクハット。右耳には再び耳飾りをつけていた。唇にも紅が入り、その姿は妖艶だった。
だが、変化はそれで終わりではない。
彼女の背後では虚空が開き、巨大な黄金の戦鎚が姿を現した。
大きさは五メートルほどか。柄の太さは腕で抱えなければならないほどだ。人間が手に持って振るう武具ではない。排管のような機構もあり、むしろ重機のように見える。
それは蒸気を噴出して浮いていた。
この戦鎚は、千堂が作製した特注の霊具だった。
そしてそれを十全に使いこなすために変化したこの姿は
あらゆる物質に憑依して変化させることが出来る従霊を身に纏う
「おい! 何だありゃあ!」「猫じゃねえぞ!」「あんなん聞いてねえぞ!」
芽衣の
しかし、芽衣は気にしない。
「そんじゃあ」
彼女は巨大な白毛の掌で黄金の戦鎚を掴んだ。
プシューッと勢いよく白い蒸気を排管から噴出する。
「行っくよォ!」
言って、芽衣は虚空めがけて戦鎚を振るった。
男どもの絶叫が響いた。
その一撃だけですべてに決着がついたのである。
そうして――。
その日の夜。
拠点としたホテルの一室にて。
紅いイブニングドレスを纏い、椅子に腰をかけた綾香が言う。
「郷田。あなたを放逐するわ」
「……はい」
郷田は静かに頭を下げて承諾する。
「本来ならばこの場で処刑するところだけど、これは久遠からの恩赦よ。最後にはあなたは自分から計画を話して彼に協力したそうね」
「……協力とは少し違います」
郷田は双眸を細めた。
「彼には嘘がつけなかった。もし虚言を吐こうならば、その場で断罪される。それが恐ろしかった。自分の矮小さを思い知らされた私は膝を屈するしかなかった」
「……そう」
興味なさそうに綾香は頬杖をついた。
「あなたとの《
「……ありがとうございます」
郷田はもう一度、綾香に頭を下げた。
そして部屋を退出しようとした時。
「お嬢さま」
最も古い臣下として進言する。
「久遠さまとは良きご関係をお築きください。それが西條家復興に繋がることでしょう」
「……分かってるわよ」
不機嫌そうに綾香は答えた。郷田はそのまま部屋を退出した。
広い部屋に一人になった綾香は深々と嘆息した。
今回は本当に疲れた。
特に最古参の隷者に裏切られたのは心身ともに堪えた。
彼女は額に片手を当てて天井を見上げた。
(……お父さま)
自分は一体どうすればよかったのか。
と、その時だった。
――コンコンと。
ドアがノックされた。部下だろうか?
「入っていいわよ」
そう告げると、ドアが開かれた。
綾香は「え?」と目を丸くした。
そこにいたのは真刃だった。
二つのワイングラスと、ボトルを一本手に持っている。
「どうしたの? 久遠?」
綾香がそう問うと、真刃は「いやなに」と肩を竦めた。
「お前には苦労ばかり押し付けていたからな。少しは労おうと思ったのだ」
そう返す真刃に、
「…………」
綾香はジト目を向けた。
そして、
「……芽衣に何か言われた?」
「…………いや」
一拍以上の間を空けて答える真刃。綾香は嘆息する。
「あなたって嘘が下手ね。それとあの駄肉女は気を回し過ぎよ」
「むしろ、
真刃は部屋の中を進み、綾香の前にあるテーブルにグラスを置いた。
「まあ、いいわ」
綾香はふっと笑った。
「折角、良いワインを持って来てくれたみたいだしね」
「ああ。付き合ってくれるのならありがたい」
真刃は二つのワイングラスにワインを注ぐと、一杯を綾香に渡した。
「言っとくけど」
綾香はワインを片手に、ジト目で言う。
「私って最近、本気で相当なストレスを溜め込んでいるから。とんでもなく愚痴を聞いてもらうことになるわよ」
「ああ。分かっておる」
椅子に腰をかけて、真刃は苦笑を浮かべた。
「それだけお前には無茶な頼みばかりをしていたからな」
「そうよ」綾香はふんと鼻を鳴らした。
「あなたって本当に酷い男。覚悟しておきなさい。芽衣への意趣返しも含めて今夜はずっと愚痴を聞いてもらうんだから」
言って、ワインを両手で持つと、チビチビっと口に含んだ。
意外にも愛らしい飲み方をする綾香だった。
そして、
「もう最悪っ! 裏切りって最悪っ!」
まずはそんな愚痴から始めるのであった。
――翌朝。
綾香はすこぶるすっきりしていた。
本当に一晩中、真刃に愚痴に付き合ってもらったのだ。
ワインの酔いも心地よくて、いっそ今夜、彼から子種を貰ってしまおうかとも考えたが、それは自粛した。ここで妊娠してしまっては今後の活動に支障がくる。強欲都市はまだまだ不安定なのだから、身重になる訳にはいかない。
そんなことも考えながら、晩酌に付き合ってもらった。
意趣返しとしても、丸々一晩も愛する男を取り上げられたのだから、さぞかし芽衣もヤキモキしているに違いないと思っていたのだが、
「あ。綾香ちゃん」
朝食時に芽衣は言った。
「ウチとシィくん、もう一泊する予定だからよろしくね」
元々真刃は芽衣の弟妹たちと顔を合わせるために時間を調整して来たらしい。
彼に一人も護衛もついていなかったのは、新幹線ではなく、戦闘機並みの速度で飛ぶ従霊に乗って来たからだそうだ。
だが、結局、昨日は施設の弟妹たちと顔合わせは出来なかった。
従って、もう一泊延長だった。
その夜は、流石に芽衣も真刃を貸してくれなかった。
部下の話では、綾香は相当に不機嫌になっていたという。
ちなみに。
「今回ウチ頑張ったよ! 二時間と五分! 新記録だよ!」
『まだまだじゃな』
そんなやり取りする伍妃と専属従霊がいたとかいなかったとか。
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次話『陸妃/雪幻に温もりを』
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