第242話 雪解けの夜⑦
雪が吹き荒れる。
季節も場所も場違いな豪雪だ。
それがヘリポートを覆い尽くしていた。
常人ならばわずか数分で凍死しそうな猛吹雪の中、真刃は帽子が飛ばされないように押さえるだけで平然と立っていた。
「……ふむ」
視界を遮るほどの吹雪だが、彼女の姿だけははっきりと分かる。
豪風は彼女の背後から吹き出しているからだ。
「……最初から全力で行く」
彼女――天堂院六炉はそう告げた。
直後、透明な帯が彼女の全身を覆った。
そうして彼女の姿がみるみる変化していく。
羽織っていた豪華な着物も、黒い拘束衣も凍結して粉雪のように崩れ落ち、透明な帯が代わりの衣類を構築していく。数秒後には完全に変化していた。
それは一種の着物だった。
紫色の帯と、雪が刺繍された白い和装。
しかし、正統なる装いではない。
和洋折衷に
「――《
美しき異装を纏って六炉は言う。
「それがムロの
「……
真刃は眉根を寄せた。
「それは初めて聞く名称だな」
「
六炉は答えた。
「八ちゃんの猫みたいに完全な怪物になるタイプと、本人は
(……ああ。そういうことか)
真刃は納得した。
かつて燦が生み出した
桁違いの規模だったが、燦は武器を召喚するタイプだったということだ。
「それでお前は武器の使い手ということか」
「……それは少し違うかも」
六炉は少し困ったように首を傾げた。
「ムロは分類するとそっちになるみたいだけど、見た目はむしろ八ちゃん寄りだから」
言って、両手を大きく広げた。
そして、
「来て。モフゾウさん」
そう告げる。
すると吹雪が流れを変えた。
大気を巻き込んで渦巻き、彼女の背後に集結していく。
そうして数秒後、そこにいたのは吹雪で象られた怪物だった。
全高は三十メートルほどか。
口もなく、金の瞳だけが輝くまるで雪山のような姿にヘラジカを思わせる巨大な角。
長い巨大な手には鋭い四本爪を持ち、下半身は景色に溶けて見えない。そもそも存在していないのかもしれない。白い体毛に覆われたずんぐりむっくりした姿と、円らな眼差しで愛らしくも見えるが、その存在感は圧倒的だった。
「……なるほど」
真刃はそれを見やり、呟いた。
「お前の武器は天候ということなのだな」
「うん」
六炉は頷いた。
「この子はモフゾウさん。吹雪の化身なの」
「そうか」
真刃は吹雪の化身を見やる。
「それがお前の
この威は、とても1100程度の魂力で生み出せるものではない。
あの時の燦の
すると、六炉は「うん」と素直に答えた。
「ムロはこの日のために魂力を蓄えていたの」
「……蓄える? どういうことだ?」
眉をひそめる真刃に、
「ムロはご飯をいっぱい食べると強くなれるの」
六炉はそう教えるが、真刃は眉をさらにしかめるだけだった。
これは真刃も知らないことだが、我霊は食事によって魂力を補充することが出来る。
それは他者の魂力を直接摂取するという行為なのだが、六炉の持つ特性はそれに似ているようで全く違っていた。彼女は過剰にカロリーを摂取した時、体に最適な量だけを残して魂力に変換できる極めて特殊な体質の持ち主なのである。
簡単に言えば、彼女は暴飲暴食するほどに魂力を溜め込めるのだ。
ただし、使用しなければ一月ほどで自然に消えていく限定的なモノでもあるが。
ともあれ、六炉自身、自分の体質をよく理解していないので説明も曖昧だった。
「えっと、ムロの体のことはムロにもよく分からないけど、とにかくいっぱい食べてたから今のムロの魂力は大体18000ぐらいあると思う」
真刃が納得していない様子だったので、六炉は困った顔でそう補足した。
真刃としては、それが分かれば充分だった。
「そうか。それは手強そうだ」
ふっと笑う。
この時代に来て、どうやら最強の相手となりそうだった。
「では、
そう告げて、天上にて輝く従霊たちに視線を向けた。
「――すべての従霊に告ぐ」
厳かな声で精霊殿の主は命じる。
「
その主命に従霊たちは即時に応じた。
灯火たちは流星群のごとく一斉に降りて、次々とビルへと吸い込まれていったのだ。
そして、
――ズズンッと。
ビルが大きく鳴動した。
鳴動はさらに続き、ヘリポートにも亀裂が奔った。
そして十数秒後、ビルの頂上部が崩れ始め、コンクリート片が赤く発光する。それは崩れ落ちる傍から別の形へと変わっていった。
六炉は軽く驚きつつも宙へと跳んだ。
実体化するほどに質量を持った《雪華ノ山妖》が手を差し伸べて、彼女の足場となる。
一方、真刃は、
「では、始めるとするか」
そう告げて、崩れ始めたビルへと倒れ込むように身を投げた。
直後、周辺のビル片が真刃を呑み込む。
そうして――。
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!』
それは、巨大なビルの最上階である展望台を喰らい尽くして顕現した。
全高は三十メートルを少し超えたほど。
長く巨大な両腕にひしゃげた足。異様に大きい上半身と肩回り。胸部には爪状に割れた空洞があり、火口のごとく溶岩の海が見えている。全身を繋ぐのは虚空へと続く黒い鎖だ。
大樹の根のごとく全身を這う溶岩流が紅く輝き、背中一面と肩から二の腕にかけて乱立する赤い巨刃から炎が噴き上がる。
牡牛のような巨大な角が天を突く、まさしく灼岩の巨獣だった。
その名は《千怪万妖骸鬼ノ王》。
伝承にある久遠真刃の
――ズズゥン……。
灼岩の巨獣は、展望台を失ったビルの上に立ち、宙空に浮かぶ吹雪の化身を見据えた。
「……これが」
その姿を六炉は熱を帯びた眼差しで見つめている。
『サア』
火の息を吐き、巨獣は告げる。
『イザマイロウカ。テンドウインノムスメヨ』
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