第243話 雪解けの夜⑧

「な、何あれ……」


 場所は変わって芝生の公園。

 頭上を見上げたまま、芽衣は唖然とした表情でそう呟いた。

 しかし、彼女の呟きに答える者はいない。

 この場にいる誰もがこの街の象徴とも呼べるビルに釘付けだったからだ。

 その頂上には二体の巨獣が存在していた。

 削り取られたような頂上に降り立つ灼岩の巨獣と、宙に浮かぶ吹雪の化身だ。

 互いに三十メートルはある巨体がビルの頂上で対峙しているのである。


「か、怪獣?」


 思わず芽衣が呟くと、


「……普通に考えれば式神なのだろうな。だが恐らくは……」


 獅童が言う。


「あれが若と《雪幻花スノウ》の模擬象徴デミ・シンボルなのだろう」


「あのデカさでか?」


 眉をひそめて武宮が言う。

 彼の腰には怯えるように葵がひっしと掴まっていた。


模擬象徴デミの最大って十メートルぐらいって話だろ? あれは軽く三倍はあんぞ」


「まあ、『模擬もどき』っちゅう思わせぶりな名前も含めて模擬象徴デミにはまだ判明してへんことも多いしね。ボクらが知らんだけでありえへん話でもないんちゃうか」


 千堂もそう呟く。

 ただ、常に飄々とした彼も流石に緊張を見せていた。

 まさか、あそこで戦うつもりなのかと内心で警戒する。

 と、そんな時だった。


「―――あっ!」


 芽衣が声を上げた。

 いきなり二体の巨獣が姿を消したのだ。

 周囲からもどよめきが立つが、すぐに全員が理解した。

 二体は封宮メイズ内へと戦場を変えたのだと。

 あの巨体だ。あんな不安定な場所で戦えるはずもない。

 存分に戦える場所へと移動したのである。

 しかしながら、これで主演たちはいなくなってしまった。

 残されたのは、展望台があった辺りがなくなったビルだけだった。

 だが、引導師たちはその場から去ろうとしなかった。

 全員が静かにビルの頂上を凝視していた。


 これで終わりのはずがない。

 いずれ戻ってくる。

 この戦いの果てに、いよいよ『キング』が生まれるのだ。

 そんな確信めいた予感を抱いていた。


 静寂が訪れる。

 これだけの大人数が集まっているというのに誰も言葉を発さない。

 ただ静かに、彼らはその瞬間を待つのであった――。



       ◆



 その世界はとても奇妙だった。

 通常において二つの封宮メイズが重なった時、より強い方が片方を上書きする。仮に力が拮抗していた場合ならば、互いの世界が折衝する境界が生まれて二つの世界が並ぶことになる。

 しかし、その世界は融合していた。


 地は巨大な灼刀が乱立し、溶岩流が流れる炎熱地獄。

 天は吐く息も凍る気温。吹雪が吹き荒れる氷結地獄。


 全く異なる世界が天地で一体と成っていた。

 そんな世界で二体の巨獣は対峙していた。

 灼岩の巨獣は地に、吹雪の化身は天にいる。

 化身の右手には六炉の姿もあった。

 そして、

 ――ゴウッ!

 先手を打ったのは灼岩の巨獣だった。

 アギトから撃ち出される赫光。それは吹雪の化身の胴体を撃ち抜くが、実体を持たない吹雪の化身は霧散し、六炉を乗せた右腕だけが素早く移動する。


「モフゾウさん」


 六炉が言う。


「ビンタ」


 すると、灼岩の巨獣の真横に巨大な左手が顕現する。

 巨大な手は灼岩の巨獣を殴打した。

 それは実際としては猛烈な冷気を宿す暴風だった。

 巨体ゆえに吹き飛ばされることはなかったが、全身に霜が奔る。


「モフゾウさん」


 続けて六炉が指示を出す。


「グーパンチ」


 再び吹雪の手が顕現する。

 遥か上空で拳を固めてそれを振り下ろす――が、


『チョウシ二ノルナ』


 ――ゴウンッッ!

 灼岩の巨獣が振った右腕で起きた爆発に吹き飛ばされた。

 巨獣が上空の六炉を見やる。


「モフゾウさん」


 六炉は片手を巨獣に向けた。


「渦巻いて」


 そう命じると、吹雪は巨獣の足元で渦巻いた。

 灼岩の地を凍結させ、そのまま冷気の竜巻と成って天へと昇っていく。

 猛烈な嵐が吹き上げ、それが去った数秒後には巨獣の氷像が生まれていた。

 一見すると決着がついたようにも見えるが、


『……クダラン』


 ――バキバキバキッ、と。

 巨大な氷像が動き出す。表層の氷を砕き、中から灼岩の体が現れる。

 一切の損傷もなく、巨獣は数歩進むだけで元の姿に戻った。


『カルイコウゲキダ』


 火の息を零して巨獣が言う。


『ソノテイドデハ、オレノイノチニハ、トドカンゾ』


「……うん」


 六炉は頷いた。


「この程度ではあなたの芯は砕けないみたい。なら」


 彼女は前を歩き出した。

 すると、目の前に宙に浮かぶ巨大な雪華が生まれた。

 六炉は吹雪の化身の手から、その雪華へと足場を移した。


「モフゾウさん」


 彼女は命じる。


「本気モード」


 直後、猛吹雪が吹き荒れた。

 天を覆う大量の雪と冷気が一ヵ所に収束していく。

 そして、


『ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!』


 吹雪の化身は質量を持って完全に顕現した。

 ――ズズゥン!

 巨大な雪山のような白い巨体が地に降りる。


「モフゾウさん」


 六炉は完全顕現した自身の象徴シンボルに告げる。


「スーパーグーパンチ」


『ブモオオッ!』


 吹雪の化身は即座に応じた。

 足があるように見えない山のようなシルエットでありながら滑るように間合いを詰め、巨拳を真っ直ぐ撃ち出した。

 灼岩の巨獣は咄嗟に右腕で防御する――が、

 ――ズドンッッ!

 先程とは比較にならない衝撃が全身に奔る!

 灼岩の巨獣はその威力に大きく後退させられた。


「モフゾウさん」


 六炉はさらに追撃を命じる。


「口からビーム」


『ブモオオオオオッ!』


 すると、吹雪の化身は大口を開いた。

 胴体に隠れていたのか、胴の半分を占める口が生まれたのだ。

 そこから猛吹雪が吐き出される!

 だが、それを灼岩の巨獣も黙って見ていた訳ではない。

 ほぼ同時に火口を彷彿させる胸部から莫大な大熱閃を撃ち出したのだ。

 猛吹雪と大熱閃は正面から激突した。

 視界を覆うほどの凄まじい蒸気が吹き荒れる。

 そして、

 ――ズドンッッ!

 蒸気を切り裂いて互いの拳をぶつけ合う!

 巨獣たちの戦いは加速し始める。








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現実世界SIDE

修復屋一同「「「ハル●スの十分の一が消えたァ⁉」」」

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