第三章 遠き日の名前

第345話 遠き日の名前①

 大門紀次郎。

 守護四家の一角。大門家の若き当主。

 そして星那クレストフォルス校の中等部の教師でもある彼は多忙な人物だ。


 しかし、そんな彼でも息抜きしたい時はある。

 例えば、趣味である映画鑑賞。

 そのために質素を好む彼が、自宅に大型TVまで購入しているのである。

 休日のその日は、たまたま目に入ったB級映画を鑑賞していた。

 最近は疲れも堪っているのか、寝落ちすることも多かった彼だったが、この作品は意外と掘り出し物だった。珍しく寝落ちすることもなく集中できた。


 時刻は午後四時ごろ。

 少し小腹もすき、カップ麺をすすりながら鑑賞するのも悪くなかった。

 ちなみに、カップ麺の空容器がキッチンに大量に積み上げられていたりする。


(久しぶりにゆっくり出来ますねええ)


 ズズズ、とカップ麺のスープも堪能しつつ、いよいよ映画は佳境に入ろうとした。

 やはり掘り出し物だ。

 大門は少しワクワクしていた。

 だが、それは無慈悲にも中断される。

 何故なら来客が訪れたからだ。

 一瞬、居留守でも使おうかと思ったが、モニターに映る来客の姿に嘆息した。


 ショートヘアの活発そうな女性。

 彼の許嫁だった。

 彼女は巨大なサックを背負って来ていた。


(これは居留守を使えませんねえェ)


 大門にとっては、彼女はまだ第一段階ではあるが、唯一の女性の隷者ドナーでもある。

 それだけ大切な相手だということだ。

 大門は彼女を家に上げた。

 部屋に上がった彼女は、呆れたように溜息をついた。


「もう! 紀次郎さまったら!」


 それから彼女は大門をお説教した。

 大学一年生である彼女なのだが、主張の激しい胸部だけを除くと、同世代に比べてかなり小柄な女性だ。だが、体の小ささをものともしない迫力に大門も思わず身を竦めた。


「こんなお身体に悪いモノばかり食べてはいけません!」


 そう言って、彼女はキッチンを占拠した。

 巨大なサックから、豚肉やら野菜やらの食材を取り出して料理をし始める。

 大門の家には彼女のエプロンや包丁も常備されている。

 なお米なども彼女が以前に持ち込んだモノである。

 高い戸棚に置いてあるモノを取るための小さな台座まである。


 このキッチンは、もはや彼女の城だった。

 その手際は実に見事なものである。

 瞬く間に、大量の千切りキャベツを添えた生姜焼きが完成した。

 大門は、それを有難く彼女と共に頂いた。


 食事を終えてから、二人は並んでソファーに座った。

 映画の続きが気になったが、彼女を無下にする訳にもいかない。

 互いの近況などを話して二人で笑った。

 ややあって、


「……紀次郎さま」


 彼女は大門の横顔を覗き込んで言う。


「そろそろ、私もここで暮らしてはいけませんか?」


「それはダメですよおォ」


 大門は即答する。


「約束したはずですよおォ。大学を卒業するまではダメだとォ」


「……むむ」


 彼女は人一倍大きな胸を挟みこんで膝を抱えた。


「五月蠅いんですよ。実家や大門家の長老さまたちが。子供はまだなのかって」


 そこで頬を膨らませて再び大門の横顔を見やる。


「せめて婚前交渉はどうです? それならみんな安心すると思うんです」


 言って、大門に向けて「ん~~」と両手を伸ばした。

 そんな彼女に対し、


「それこそ大学を出てからでしょうおォ」


 コツン、と額を指先で突いて大門は苦笑を零した。

 彼女は額を押さえて不満そうだった。


「私のご飯は食べてくれるのに、どうして据え膳は食べてくれないんですか」


「私はァこう見えても教職にある身なのですよおお。許嫁といえどもォ、まだ学生である女性とそういった関係になる訳にはいきませんからああァ」


「いやいや」彼女は片手をパタパタと振った。「それってハーレム、逆ハー上等が当然の引導師ボーダーの台詞ですか?」


 そこで小さく溜息をついて、


「ましてや紀次郎さまのお立場なら本来は十人ぐらい女性の隷者ドナーがいるべきなのに。同じ守護四家の墨岡家の克哉さまも紀次郎さまのお歳の頃には十五人もいたそうですよ」


 お子さんだってもう五人もいるのに。

 彼女はそう続けた。

 しかし、彼女の愛する人は、


「他家は他家ですよォォ。それに大門家の役目は火緋神家の『眼』ですゥ。他の三家と違ってぇ非戦闘系ですので、多くの魂力は必要としませんん。第一段階なら信頼できる友人たちと結んでいますからねえ」


 一拍おいて、大門は彼女を見つめた。


「なのでええ、私の愛する女性は貴女一人で充分ですよおお」


「……むむ」彼女はやや頬を染めつつも、


「まあ、私がオンリーワンというのは悪い気はしませんが、それにしても、紀次郎さまって変人なのに変にモラルが高いです……」


 再び深々と溜息をついた。

 それから少し談笑してから、大門は彼女を家まで車で送った。

 帰ってきた時はかなり遅かったが、大門は映画の続きを楽しみにしていた。

 冷蔵庫から缶ビールを取り出して、ソファーに座る。

 カシュっと缶を開けて、映画の続きをスタートさせた。

 が、少しして、


(………ん?)


 不意に眠気が襲ってきた。

 映画はクライマックスだというのに。


(いけませんねええ……これはあぁ)


 瞼が重くなる。

 これはいつもの悪癖だ。

 どうにか意識を保とうとするが、結局、大門は睡魔に負けてしまった。

 ソファーにもたれかかって眠ってしまう。

 すると、


 ――ズズズ。

 大門の影が広がっていく。


 そうして、その影から一人の人物が浮き上がってきた。

 微かに光沢を放つ円塔帽子シルクハットに、裾へと徐々に広がる貫頭衣。腕と指先が異様に長く、顔には梟を思わせるような白い仮面を被っていた。

 そして左腕には光の灯っていないランタンをぶら下げている。


 ――悪魔デビルである。


「……クワワ」


 現れるなり、悪魔デビルは安堵の声を零した。

 大きく肩を落として、


「ようやく復活できたのである。まだ残機は充分とは言えないが……」


 そう呟いて、眠る紀次郎に目をやった。


「まったく。困った宿主である」


 魂力と肉体状態には密接な関係がある。

 一晩寝れば回復する魂力も、負傷や体調が悪ければ回復が遅くなるのだ。

 そして悪魔デビルの回復は、完全に大門に依存していた。

 ああも毎日カップ麺だけの食生活では回復も遅くなって当然だった。


「定期的に彼女が来てくれてよかった。私も早く同棲してくれと願うのである」


 黙って勝手に居候しているような身でそんなことを告げる。


「ともあれだ」


 廊下に向かって悪魔デビルは歩き出す。


「私が動けなかった間に未来はどう進んだのか。まあ、どの未来線であっても久遠桜華の方は心配いらないと思うが、あの化け物どもは果たして……それに彼女――いや」


 そこで一旦止まり、左手のランタンに触れる。


「彼女たちの未来はどうなるのか……」


 それが最も視えない。

 全知であるはずの自分の眼を以てしても。

 あまりに繊細かつ複雑すぎて、どう変化するのか追いきれないのだ。


「いずれにせよ、最善は尽くす」


 一拍おいて、


「我が父の願いのために」


 そう呟くなり、悪魔デビルの姿はその場から消えた。




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