第344話 お妃バトルロイヤル2➄

 乱戦にもなるかと思われた戦闘は、即座には始まらなかった。

 勢いよく振り下ろされたエルナの右腕。

 それに合わせてエルナ本人とかなた、刀歌、月子は大きく後方へと跳躍した。

 エルナたちは、羽衣、刀身のない柄、巨大なハサミと、それぞれの武器を取り出し、月子は小さな拳を固めて構えた。


 しかし、攻撃にはまだ出ない。

 まずは間合いを取って相手の出方を見るつもりだ。


 対する桜華は、その場で炎の刃を顕現させるが跳躍はしない。

 強者たる証か。

 ごく自然体のままで立っている。

 六炉も慌てる様子はなく、「……ん」と呟いて、ゆっくりと立ち上がった。

 最強コンビと同じチームになった芽衣は、少し困ったように頬をかいていた。

 対応はそれぞれだが、やはりまずは相手の出方を見る様子のようだ。


 ――が、そんな中、燦だけは、


「……ふっふっふ」


 その場に立ったまま、腕を組んで不敵に笑っていた。

 そして――。


「かかったわね! おばーどもッ!」


 そう叫んで、両腕を前へと突き出した。

 途端、燦の全身が炎に包まれた。

 瞬く間に燃え尽きる彼女の衣服。その代わりに纏うのは炎のドレスだ。

 四肢には、長い手袋やタイツを思わせる炎を纏い、細い首元を押さえ、背中を大きく開いた炎のドレスだ。髪を結いでいたリボンも、炎に変わっている。

 衣服を犠牲にするため、滅多に見せない燦の全力の戦闘形態だ。


 しかし、今回はさらに変化がある。

 炎のドレスがより精緻に実体化し、黄金の輝きを放ち始めたのだ。

 その上、背には黄金の火の粉を散らす日輪まで顕現する。


「――え? ええッ!? 燦ちゃんッ!?」


 月子が目を剥いた。

 それは一度だけ見たことのある姿だった。


「――まだよ!」


 次いで燦は片手を空にかざした。

 そして、


「開け! あたしの世界!」


 そう叫んだ直後、世界が移り変わる。

 板張りの訓練場から、太陽が燦々と輝く広大な雲海の上へと。


「ええ!?」「――な」「うわっ!?」


 エルナたちも驚いた。

 しかし、雲海の上だが落下はしない。

 月子もそうだが、彼女たちの足元には人が数人乗れるような浮島があったからだ。

 草木も生えた宙に浮く小さな大地である。

 なお、茜と葵もこの世界――燦の封宮メイズに巻き込まれているのだが、驚愕している姉妹たちの足元にも浮島はある。ただ、ホマレまでは配慮していないようで「ぎゃああ!?」と両足でビーズクッションを挟みつつ、必死に双子用の浮島の端っこにしがみついていた。


「うそん!? 燦ちゃん、封宮メイズ使ったん!?」


 芽衣が愕然とした声を上げる。

 当然だが、敵チームである彼女の足元に浮島はない。

 芽衣は落下し始めていた。


「芽衣!」


 六炉が早口で言う。


「ムロの傍に転移して!」


 そう告げると同時に、彼女は自分の足元に巨大な雪華の台座を生み出した。

 それは同じく落下していた桜華の足元にも展開された。

 桜華は、そこに着地する。

 と、同時に芽衣も六炉の背後に転移し、その背中にしがみついた。


「すまない。助かったぞ。六炉」


「……うへえ、このまま落ちてくかと思った……」


 桜華が感謝を告げ、芽衣は六炉の背中におぶさって安堵の声を上げた。


「ふっふっふ。これで終わりじゃないわよ!」


 黄金の炎のドレスを纏って宙に浮かぶ燦が天を指差した。


「出て来なさい! あたしのお城!」


 そう叫ぶ。

 途端、燦の遥か後方にあった雲海が大きく膨れ上がった。

 雲海の下から、何か巨大な存在が浮き上がって来ているのだ。

 あまりの質量に空気が震えていた。

 そうして雲海を貫いて現れたそれは、塔が乱立する巨大な『天上都市』だった。


 すべてが黄金色に輝いている巨大なる浮島。

 その威容は、まさしく空中要塞だった。


 見学組である葵たちも含めて、全員が目を丸くしていた。


「――ええええッ!?」


 そして最初に驚愕の声を上げたのは月子だった。


「さ、燦ちゃん!? 燦ちゃん!?」と燦の方へあわあわと両手を伸ばして、


「待って待って! 燦ちゃん、それって!」


「ふっふっふ!」


 燦は両手を腰に当てた。


「これがあたしの新しい必殺技よ! 大きくて凄いでしょう!」


「必殺技って燦ちゃん! それって燦ちゃんの象徴シンボルだよ!?」 


 ――《天壌無窮天都テンジョウムキュウアマトノ乙女》。

 かつて燦が一度だけ顕現したことのある彼女の象徴シンボルだった。


「え? そうなの?」


 対する燦はあっけらかんとしたものだ。


「なんか封宮メイズの練習してみたら出てきたんだけど?」


「じ、自覚もなく象徴シンボルを発現させたのですか……」


 と、かなたが茫然とした様子で呟く。

 エルナも刀歌も目の前の光景にはかなりのショックを受けていたのだが、かなたはこっそり象徴シンボル発現の訓練もしていたので、より衝撃が大きかった。


 まるで神話に出てきそうな天上都市。

 これに比べると、かなたがお披露目しようとしていた新技は完全に霞んでしまう。

 今さら出すことさえも委縮してしまった。


 一方で、桜華たちも驚きは隠せない。

 芽衣など六炉の両肩に大きな胸を乗せたまま、あわあわと動揺するばかりだ。


「……桜華」


 六炉が顔を強張らせて言う。


「まさかの象徴シンボルが出てきた。もしかして大ピンチ?」


「……う、む」


 さしもの桜華も冷たい汗を流した。


「これは想定外だったな。今さら自分たちも象徴シンボルを使わせろとは言えんか……」


「へへ~ん! とにかくよ!」


 そんな年長者たちをよそに、燦は上機嫌だった。

 再び天へと指を差し、


「全砲門開け!」


 天上都市――《天都》に命じる。

 そして、


「さあ! おばーどもを殲滅しなさい!」


 無数の塔から展開された全砲門が火を噴くのだった。

 そうして――……。

 ………………。

 …………。


 ――ピコン、と。

 本日の業務に勤しんでいた綾香のスマホが鳴った。

 手に取ると、葵からの連絡チャットのようだ。


「あら。訓練が終わったのかしら」


 綾香はスマホに目をやる。

 葵から来たのはまずこの一文だった。


『阿鼻叫喚』


 次いで、


『ラピュ●が襲ってくるの。嵐みたいな砲弾が雲海を撃ち抜いて、それを回避しながらビームの連射で応戦して、斬撃で雲海が割れるの。メイさんが空間転移で弾幕をどっかに飛ばすんだけど、すると神の雷がぶわあって。うん。ぶわあって。余波でホマレさんが絶叫しながらどっかへ飛んでいっちゃった。それから怒った巨大な冷凍トト●が現れて、サンちゃんのラピュ●に取り付くんだけど、ラピュ●も捨て身の零距離一斉砲撃で――』


 …………………………。

 ……………………。

 ………………。


「………はい?」


 綾香の目が点になったのは言うまでもない。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


今回のお妃さま勝敗ランキング!

1位 燦「あたしが最強!」

2位 六炉「……むう。もう少し早くモフゾウさんを出すんだった」

3位 桜華「やはり象徴シンボルに生身のままで挑むには無理があるな」

4位 芽衣「し、死ぬかと思ったよぉ……」


ぶっちゃけ今回はランキング外だった方々

エルナ「……壱妃なのに。壱妃なのに」

かなた「……出番……」

刀歌「いやいや、今回は仕方がないだろ?」

月子「えっと、燦ちゃんには後で怒っておきます……」


巻き込まれた方々

茜「正妃ナンバーズって、ここまで格が違うの……?」

葵「ホマレさんが殉職しちゃった……」

ホマレ「生きてるよ! すぐに燦ちゃんに拾ってもらったの!」



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