第347話 遠き日の名前③

 翌日の夜。

 黒系統の紳士服スーツ姿の真刃は、とあるホテルに訪れていた。

 エントランスに入り、屋上へと直通するエレベーターに乗る。

 目的の場所は最上階にあるレストランだ。


 真刃の隣には六炉もいた。

 いつもの花魁のような着物を羽織った姿ではない。

 背中を大きく開いた白銀のドレス姿である。

 完璧にドレスアップしており、普段の乱れザンバラ髪も心なしか整えている。その上、彼女としては非常に珍しく薄く化粧もしていた。

 その姿は妖艶であり、同時に清楚にも見える。

 元よりの圧倒的な素材もあって見事な仕上がりだが、これは六炉の手腕ではない。

 他県に出向く際の護衛――実質的には六炉の世話係――として同行し、今は宿泊ホテルで待機している近衛隊の女性隊員が仕上げてくれたのである。


「……むむむ」


 六炉は眉をしかめた。


「お化粧は嫌い。ドレスも。スースーするし、顔もべたべたした感じがする」


「まあ、仕方があるまい」


 真刃は六炉を見やり、苦笑を浮かべた。


「ドレスコードと言うらしいな。だが、よく似合っておるぞ。六炉」


「……う~ん」


 六炉は真刃の腕を絡めとり、


「真刃がそう言うのなら我慢する」


 ぎゅうゥと身を寄せて、そう告げる。

 そうこうしている内に、エレベーターは最上階に到着した。

 レストランの前にはボウイが控えており、名を告げると個室へと案内された。

 重厚な扉で閉ざされた部屋だ。

 セキュリティを重視しているようで扉の横には認証モニターもある。

 レストランでは、ほとんどお目にかからないシステムだ。

 この高級レストランがVIP御用達ということなのだろう。


「お客さまがお出でになられました」


 ボウイがモニターに声を掛けると、『どうぞ』という返答がくる。

 ボウイはモニターに顔を近づける。

 ピッと機械音が鳴り、鍵が開く音が響いた。


「お客さま。どうぞ。すぐにお料理もお持ちいたします」


「ああ」


 恭しい作法で扉を開いたボウイを横に、真刃と六炉は入室した。

 室内は景色が一望できるガラス張りの部屋だった。

 そこには大きなテーブルが置かれており、すでに二人の人物が着席していた。

 一人は天堂院七奈。六炉の異母妹である。

 普段は和装なのだが、今夜は珍しく黒いイブニングドレスを着ている。


「よくお出でくださいました」


 七奈は立ち上がり、そう告げた。

 そしてもう一人は、


「ヤハハ! 久しぶりだね! お兄さん!」


 二パッと笑う黄金の髪の少年だ。

 今の真刃同様に前髪を上げて紳士服を着ている。

 こちらも知る人間だった。


「六炉姉さんも久しぶり!」


 と、少年は六炉にも手を振った。


「ん。はっちゃん。久しぶり」


 六炉も手を振って応えた。


 ――天堂院八夜。六炉の異母弟である。

 ただし、七奈と違って、実のところ、八夜と六炉の母親は同じだった。

 八人いる天堂院家の兄弟姉妹の中で唯一両親が同じなのである。

 二人の独自の異能――すなわち独界オリジンが同じ氷結系なのもそのためだ。

 しかし、彼らがそれぞれ生まれた時、六炉たちの母親は幾度も繰り返された実験の結果、とても同じ存在・・だったとは呼べない状態だった。そのため、二人は異母姉弟として扱われて、彼ら自身もその認識でいた。

 いずれにせよ、二人が姉弟であることには変わりないが。


「ヤハハ! 本当に久しぶりだね! 六炉姉さん!」


 七奈の隣に座っていた八夜は立ち上がると、六炉の方へと駆け寄った。

 そして異母姉の片手を取り、


「うん! 七奈ちゃんから聞いてはいたけど、六炉姉さんは本当に久遠のお兄さんのお嫁さんになったんだね!」


 天使の笑顔を見せてそう言った。


「ん。そう」


 フンスと鼻を鳴らして、六炉は異母弟に告げる。


「ムロは陸妃のムロ。真刃のお嫁さんになったの」


「ヤハハ! そっか!」


 そこで八夜は真刃にも笑顔を見せる。


「じゃあ、お兄さんは本当にボクのお義兄さんになったんだね!」


「…………」


 そう言われると、真刃は無言になった。

 確かにその通りだ。

 六炉とは生涯を共にすると決めている。

 その六炉の弟なのだから、真刃にとって八夜は義弟になる。

 しかしながら、改めてそう指摘されると、何とも微妙な気持ちになる。

 七奈はまだいいが、八夜の方は、正直かなり厄介な性格だからだ。


「……八夜くん」


 と、その時、声を掛ける者がいた。

 七奈である。


「積もる話はあっても、まずはお食事にしましょう」


 そう告げると、真刃たちの前へと進み、


「お義兄さま。お姉さま」


 優雅にドレスの裾をたくし上げる。

 そうして七奈は真刃たちに改めてこう告げた。


「本日はようこそお出で下さいました。心より感謝いたします」


「……いや。気にするな」


 真刃は苦笑を浮かべる。


「それほどの用件だったのだろう。だが、まずはお前の言う通り食事にすることにしよう」


 そう告げて、六炉と並んで席に着いた。

 七奈と八夜も元の席に着く。真刃たちと向かい合う席だ。

 料理はすぐに運ばれてきた。

 七奈はマナー良く食事をしていたが、少し荒くとも幸せそうに食事をする六炉と八夜の顔を見ると、やはり姉弟なのだなと真刃は思った。

 そうしてニ十分後。


「さて」


 食事も終えて、真刃は本題に入ることにした。


「それで用件は何だ。七奈」


「はい」


 七奈は頷き、真刃を見据えた。


「先日、天堂院家にとある人物が来訪しました」


「…………」


 真刃は無言で七奈を見据える。

 六炉も異母妹を見つめた。


「従者は二人。彼らは私たちにとって想定外の来客でした。私はもちろん、父も兄たちもその名に驚いたのです。その名前ゆえに面会したのです」


「うん。あの名前には驚いたよねえ。お父さんが興味津々になるのも仕方がないよ」


 と、八夜が呑気そうに言った。

 七奈は異母弟であり、夫でもある少年に小さく嘆息した。

 そして、


「お義兄さま」


 七奈は問う。

 真刃にとって予想外であるこの問いを――。


「お義兄さまは『久遠刃衛』という人物をご存じでしょうか?」



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