第80話 お妃さまたちのお稽古➂
場所は戻って訓練場。
「……むむ」
その時。壱妃さまは、とてもご機嫌斜めだった。
妃たちで行った体術のみでの総当たり戦。
最下位が、エルナだったからだ。
ちなみに一位は刀歌、二位はかなただった。
二人とも
そのため、体術は得意分野だった。やはり、その差が大きかったようだ。
とは言え、妃の長としてこの結果は納得いかない。
「次は系譜術ありで勝負よ!」
と、エルナが意気込むが、刀歌とかなたは顔を見合わせた。
「それは別に構わんが……」
刀歌が眉根を寄せて、
「それですと、エルナさまはさらに不利になるのでは?」
かなたがそう続ける。
刀歌の系譜術は《
特徴としては火と刃。
かなたの系譜術は《
対し、エルナの系譜術は《
火と刃、ハサミに対して布なのである。
「う~ん」
刀歌は木刀を手にしたまま、大きな胸を支えるように腕を組んだ。
「改めて思うと、エルナは本当に私たちと相性が悪いな」
「正直、私たちは、揃ってエルナさまの天敵のようですし」
と、一応フォスター家の従者であるかなたまで、はっきりと告げる。
エルナは「むむむ!」と唸った。
「相性が何よ!」
カツン、と棍の先端を床に打ち付ける。
片手は腰に、大きな胸を張って、ふふんと鼻を鳴らす。
「私にはあの術があるわ! 対人戦では無敵よ!」
言って、指鉄砲をバンと撃つ。
刀歌は少し青ざめた。エルナの指先から逃げるように自分の肩をギュッと掴む。
「あ、あの術か。噂に聞くあの恐ろしい術……」
エルナに言い寄ってきた高等部の生徒を再起不能にまで追い込んだ恐るべき術。
通称、マッパの術。
瞬時にして、あらゆる衣服を解き、糸へと変える術だ。
肉体よりも精神を。
相手を社会的に殺す術であった。
刀歌も、その噂だけは聞き及んでいた。
しかし、かなたの方は、
「ですが、エルナさま」
淡々と告げる。
「今日、私たちが着ているのは学校支給の戦闘服です。これは、ほぼ合成樹脂で造られた一種のラバースーツですので、エルナさまのあの術は利かないのでは?」
「……へ?」
エルナは目を丸くした。
かなたは無表情に言葉を続ける。
「それどころか、今はエルナさまご自身もこの服を着ているため、もう一つの切り札である身体強化をする服への変化なども出来ないのでは?」
「――うえッ!?」
エルナは愕然とした。
「うわあ」刀歌が気まずそうに苦笑を浮かべた。
「汎用性が高いのに、意外と制限がつく術だな」
「訓練では、もうエルナさまに勝機はないのではないでしょうか」
「う、うるさい!」
エルナは顔を真っ赤にして叫んだ。
「やってみなきゃ分からないじゃない! 勝負よ! 勝負!」
言って、空間に手を突っ込んだ。引導師の基礎的な術。物質転送である。
そして引っ張り出すのは薄紫色の羽衣だった。
エルナの『実戦武器』である。
「まあ、そこまで言うのなら……」
一方、刀歌も物質転送で刀の柄を取り出しつつ、
「うん。そうだな」
承諾しようとしたところで不意に微笑んだ。
そして、こんなことを提案する。
「どうせなら三つ巴戦にして、順位付けしないか?」
「……順位付け、ですか?」
空間に木刀をしまい、代わりに愛用のハサミを取り出したかなたが反芻する。
刀歌は「うん」と頷いた。
「妃の順位だ。勝った者が壱妃になるというのはどうだ?」
「――はあッ!?」
その提言に、目を剥いたのはエルナだった。
「何それ!? 壱妃は私だよ!」
「……常々思っていたのだ」
刀歌は、木刀を空間にしまって告げる。
「今の妃の順は、主君に出会った順になっている。それは不公平だ」
「そ、それは……」
「…………」
エルナは動揺し、かなたは無言のまま刀歌を見つめていた。
「壱妃とは妃たちの長だ。それは最強の者が担うべきだ。エルナ。お前もそう思うからこそ私たちに負けたくないのだろう?」
「……むむ」
事実を指摘されて、エルナは唸る。と、
「……《
かなたがポツリと呟き、巨大なハサミを顕現させた。
「か、かなた」
エルナは目を見開いて、かなたを見据えた。
無表情な少女は、ただ静かにハサミを携えていた。
「かなたもやる気のようだな」
刀歌も、グッと刀の柄を握りしめた。
「壱妃は最強の者であるべきという考えは変わらないが、やっぱり私としてはな」
そこで、刀歌は本音を語った。
「あの人に一番愛されたい。壱妃って明らかに正妻のポジションじゃないか」
「……はい」
かなたも頷いた。
弐妃と参妃の反意に、壱妃は「むむむ」と呻いた。
「……いいわ」
エルナは承諾した。
「確かに、出会った順って不公平だものね。けど、十五分だけ待って。着替えてくるわ。万全の準備をしたいから」
「ああ。分かった」「では、十五分後に」
刀歌とかなたが頷いた。
――と、その時だった。
「ふむ。準備は整っているようだな」
不意に声を掛けられた。
彼女たちの愛する旦那さま。真刃の声だ。
猿忌を横に従えた彼は、黒い鞘に納めた軍刀を手に歩いていた。
「お、お師さま?」
エルナが師でもある真刃に声を掛けると、
「体術の修練はここまでだ。続けて系譜術の修練を始める。しかしだな」
真刃は苦笑を浮かべた。
「流石に危険な系譜術をぶつけ合うのは容認できん。ここから先は
「「「………え?」」」
三人揃って、キョトンとした声を上げた。
真刃は軍刀を肩に担いだ。よく見ると軍刀は鯉口が紐で固く封じられていた。
「三人同時にかかってこい」
真刃は告げる。
「今日はお前たちの限界を見るつもりだ。容赦はせんから覚悟せよ」
「「「……………え?」」」
やはり、エルナたちはキョトンとした声を上げた。
「では行くぞ」
軍刀を肩に、真刃はゆっくりと歩き出した。
そうして、戦闘は始まった。
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