第81話 お妃さまたちのお稽古④
唐突な展開に、緊迫するお妃さまたち。
そんな中、先陣を切ったのは、最も勇ましい刀歌だった。
――ゴウッ!
手に持った刀の柄から、真紅の熱閃を噴き出した。
同時に、刀歌は駆け出した。
数歩で間合いを詰めて、熱閃の刃を振り下ろす!
次いで動いたのは、かなただった。
巨大なハサミを両手に携えて、刀歌の後を追う。
一番遅れたのはエルナだったが、彼女の決断が遅かった訳ではない。
むしろ、三人の中では最も冷静だった。
しゅるるッと羽衣を棍へと変える。
彼女の得意武器。強大な龍体を先端に持つ神楽の棍である。
エルナは、その紫色の龍を舞わせつつ、戦況を見極めようとしていた。
――ギィンッッ!
刀歌の袈裟斬りが、真刃の軍刀の鞘で受け止められる。
熱閃の刃を、真刃は鞘に魂力を纏わせることで防いでいた。
かなたもニ刀のハサミを繰り出すが、それも軍刀に阻まれた。
時折、恐ろしいことに、真刃は素手で刃を受け止めることもあった。
圧倒的な魂力だからこそ成せる技である。
「――クッ!」
「……………」
刀歌が歯を軋ませ、かなたは無言で面持ちを鋭くする。
真刃が軍刀を薙いで、二人を弾き飛ばすと、
――ガガガガガガガガッッ!
「ほう」
真刃が呟き、後方に跳ぶ。
追撃を攻撃で遮られてしまった。
戦況を見続けるエルナの龍が放った龍鱗の弾丸だ。
真刃はエルナを一瞥して、ふふっと少しだけ口角を崩した。
直後、
「――はあっ!」
寡黙なかなたが、裂帛の気合いを吐く。
ニ刀のハサミが回転して真刃へと襲い掛かるが、彼は重心を低くして加速。刃を容易くかわしてかなたへと迫る。かなたは目を瞠った。
軍刀を手に持っていたが、かなたに叩きつけられた一撃は、「ぺちっ」といった青年の大きな手が優しく彼女の頬に触れるようなものだった。
かなたは「え?」と目を瞬かせた。
「これで終わりではない。まだ戦闘中だぞ。かなた」
真刃が告げる。と、
「――はあっ!」
今度は、刀歌が気迫の声を上げた。
熱閃を横薙ぎに振るう――が、それは真刃の軍刀に受け止められた。
刀歌は、無呼吸で斬撃を繰り返した。
幾つもの軌跡を描いて火の粉と共に迸る熱閃の刃。
しかし、そのことごとくが防がれる。
「……~~ッッ!」
流石に呼吸がもたない。
刀歌は一瞬だけ斬撃を止めて息継ぎをした、その時。
――ぺち。
不意に左頬を優しく触れられた。
真刃の手だ。
「――ひゃあっ!?」
刀歌は、別の意味で動揺した。
「落ち着け、刀歌。まだ終わりではないぞ」
真刃が苦笑を浮かべると、
――ザンッ!
ハサミを回収したかなたが斬撃を繰り出した。
真刃は後方に跳んで、それをかわすが、
「
跳躍したエルナが、龍頭を大きく振り下ろす!
「
頭上から襲い来る重い一撃。
それを真刃は、軍刀で受け止めた。
衝撃を両膝で吸収する。
よく戦況を観ている愛弟子に、真刃は思わず口角が緩みそうになった。
しかし、今は訓練中だ。
すっと、力を抜いてエルナの攻撃を流す。不意に重心を崩されて「え?」と目を丸くするエルナを、軍刀を持つ腕で抱きとめると、やはり、ぺちっと頬へと触れた。
エルナも「ふえっ!?」と動揺の声を上げた。
真刃はエルナを離して、改めて間合いを取った。
「……さて」
再び、軍刀の鞘で肩を叩く。
「三人とも。戦闘はまだ始まったばかりだぞ」
そう告げて、ふっと笑った。
そうして――。
…………………………………………。
………………………………。
………………………。
およそニ十分後。
……はァ、はァ、はァ。
荒い呼吸が、訓練場に響く。
エルナたちの呼吸だ。
刀歌は、床に倒れていた。
刀の柄も手放して、仰向けの状態で腹部に片手を置き、大きな胸を上下させて息を切らせている。瞳はギュッと閉じ、額には玉のような汗を浮かべていた。
かなたもまた床に倒れ伏していた。
ハサミは、刀歌と同じく床に落としている。
かなたは、やや虚ろな瞳で荒い呼吸を繰り返し、横になっていた。
ただ、彼女が倒れたのは、刀歌より一分ほど後のことだった。
「……ふむ」
息一つ乱していない真刃が語る。
「刀歌は、かなり攻撃に偏りすぎているな」
トントン、と軍刀で肩を叩きつつ、
「押し切れるのならそれもいいが、体力配分を学ぶべきだな」
そう告げた。
さて、と続け、今度は横たわるかなたの方に視線を向ける。
「かなたは刀歌よりも慎重だったか。だが、分解したハサミを両方投げるのは悪手だぞ。投擲中は無手になってしまう。片方は手元に残しておくべきだな」
そして、と呟き、真刃は前を見据えた。
最後の一人、エルナがそこに立っていた。
すでに龍体が解けてしまっている神楽の棍。それを両手で掴んで杖にしつつも、彼女だけはまだ二本の足で立っていた。
倒れてしまった弐妃と参妃。
それを考えると、まさに壱妃の面目躍如だった。
だが、その意地も限界のようだ。棍の先端が少しずつ解けている。
「……エルナ」
真刃は、優しい瞳で弟子を見つめた。軍刀を物心転送の空間にしまう。
途端、エルナは、ぐらりと前のめりに倒れ込んだ。
少女の体を、真刃は優しく受け止める。
「……お前はよく頑張った」
頭を撫でる。
「かなたと刀歌の動きをよく観察している。二人が自分よりも攻撃力が高いと判断して、あえて補佐に徹した判断は見事だったぞ。だが」
真刃はエルナのうなじに手を添えた。
少し後ろに倒して、彼女の表情を見やる。
エルナは瞳こそ開けていたが、本当に辛そうだった。
意識の方も、もう途切れ途切れになっているように見える。
「限界を見るとは言ったが、お前は頑張りすぎだな。水も用意すべきだったか」
彼女の頬に張り付いた銀色の髪を指で動かす。
真刃は、エルナを両腕で抱き上げた。
それから、
「かなた。刀歌」
倒れて休んでいる少女たちへと告げる。
「エルナが頑張りすぎたようだ。この子に水を与えてくる。お前たちの分も持ってくるので少しそこで休んでいるといい」
「……は、はい」「わ、分かった、主君」
息も絶え絶えだったが、しっかりした声で二人は答えた。
真刃は「うむ」と頷いた。
「明日からは水も常備しよう。しばし待て」
言って、真刃は、エルナを抱きかかえて訓練場から出ていった。
しばらく荒い息だけが響くが、
「………ン……」
おもむろに、かなたが両手で上半身を支えて上げた。
ふう、と大きく息を吐く。
刀歌の方はまだ動けないようだ。
「……少し、エルナを見くびっていたか」
天井を見上げたまま、刀歌が呟く。
「……はい。エルナさまは」
かなたは、小さく嘆息した。
「……壱妃の座は、伊達ではありませんでした」
『それは当然だ』
と、その時、ここに残った猿忌が告げる。
『エルナを推すには、それなりの理由はある』
なにせ、彼女は紫子以来の隷者。言わば、紫子の後継者なのだ。
決して容姿の美しさだけで選んだ訳ではない。
その性格、実力、才能、精神力。
それらを、従霊たちが厳正に審査して選んだ少女なのである。
「「…………」」
二人は、数瞬ほど沈黙した。
そして、
「私もかなたよりも先にダウンしてしまったしな。しばらくは今の順でいいか」
「……そうですね」
刀歌の呟きに、かなたも同意する。
ただ、二人は、
「しかし、今だけだ」
「はい。いずれは」
壱妃の座は諦めない。
意外と粘り強い二人であった。
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