第338話 強欲者たちは語る②

「まずは綾香」


 真刃は、綾香に視線を向けた。


「芽衣の施設の件。感謝するぞ」


『別に感謝はいいわよ』


 ようやく少し怒りを納めて綾香は言う。


『あの保護施設は《久遠平原クオンヘイム》と、うちのチームで共同運営しているという形にしたわ。キングの直属……というよりも、芽衣クイーンの直属の施設だってことも公表したから、流石に手を出すようなチームもないでしょうね』


 一拍おいて、


『けど、かなり意外だったわ。ショタ好き女王さまで有名だったあの芽衣が、まさかこっそりあんな慈善事業をしてたなんてね』


『アハハ。そのことで、いま芽衣ちゃん、SNSでもの凄い人気やからな』


 と、千堂が言う。

 そして満足そうに口角を緩めて、


『ボクも満足や。グリードガールズの注文でも芽衣ちゃんが一番人気なんやで』


『は?』綾香が目を丸くした。『え? ちょ、ちょっと待ちなさい! 千堂! さっきのってまさか売ってるの!?』


 次いで、ギョッとした声を上げる。


『ふざけないでよ! それって芽衣や《雪幻花スノウ》は知ってるの!?』


 と抗議するが、千堂はカラカラと笑うだけだった。


「……まあ、待て」


 再び話が脱線しそうになったので真刃が遮った。

 二人の視線が真刃に集まる。


「ともあれだ。綾香には感謝しておる。本来ならばオレが出向いて対応しなければなかったことだったが、おかげで助かった。芽衣はまだ少し不安そうだったが、昨夜、すべての隷者たちとの《魂結び》の契約も破棄した」


『……そうなの?』


 綾香が片眉を上げた。


『なら、あの子は正式にあなたの隷者ドナーになったのね。けど、あの子ぐらいの実力なら愛人のままで《DS》も組み合わせて隷主オーナーにしていた方が良かったような気もするけど』


 実力者ならあえて隷者にはせず、隷主のまま側近にする。

 俗にいう愛人兼幹部と呼ばれる立場の人間だ。

 強欲都市グリードにはよくある考え方である。


オレはあまり《DS》を心よく思っておらぬからな」


 指を組んだまま、真刃は言う。


「致命的な副作用がないことは承知しているが、あまり使用させたくはない。それに隷主でなくなったとしても芽衣が弱くなることもないしな」


『……へえ』


 千堂が双眸を少し開いて呟く。


『なんか興味深い話やね。一般的に隷者ドナー魂力オド貯蔵庫タンクって扱いやけど、それでも強くなれる方法があるん?』


 その問いには綾香も興味を抱いた。


「ある意味でオレの隷者のみに限った事例だ。聞いても参考にならんぞ。いずれにせよ、芽衣は今までよりも強くなることだろう」


 と、真刃は淡々と答える。

 千堂は『ふ~ん』と扇子を広げて口元を隠し、綾香は『そう』と呟いた。


『あなたの隷者ドナー限定ね……。なら、私には意味がないわね』


『ん? そうなん?』


 千堂が綾香に視線を向けた。


『意外やな。西條ちゃんもいずれ久遠君のお妃さんになると思ってたんやけど?』


『……はあ? 何よそれ』綾香は眉をしかめて言う。


『私は芽衣とは違うのよ。今はキングの久遠の顔を立ててるけど、本来、私と久遠は対等の同盟なのよ。隷者ドナーなんて御免だわ』


『へえ。そうなんや』


 千堂は扇子を閉じて苦笑を浮かべた。


『むしろ、芽衣ちゃんより西條ちゃんの方がクイーンって感じやと思うけどな。つうか、そういう噂がもう広まってるで。グリードガールズ……もとい、強欲都市グリード三輪華さんりんかは、すべてキングのモンになったって。SNSじゃあファンたちが嘆いとるで』


『うるさいわね』綾香は素っ気なく返す。


『それはデマよ。何度も言うけど私は芽衣や《雪幻花スノウ》とは違うの。私の目的は今も昔も西條家の復興と強欲都市グリードの統括よ』


 一拍おいて、


『そんなことより、あなたのせいでまた話が脱線しているわよ』


 と、綾香が千堂に文句を言う。


『おっと。これは失敬』と言って、千堂は扇子で自分の頭を叩いた。


『そんじゃあ久遠君。話を戻そうか』


「……そうだな」


 真刃は頷く。


「では、改めて議題に入るか」


 そうして二十分後。

 最初は大きく脱線したが、朝のリモート会議は無事に終了した。


「……終わったわね」


 綾香は、高級ホテルの一室にて「……ふう」と息を吐いた。

 次いで、パタン、とノートPCを閉じる。

 数瞬ほど、彼女は閉じたPCを見つめてから、


「千堂の奴、最悪だわ」


 そう呟いて、額に片手を当てた。


「なに勝手に私の人形なんて作ってんのよ。マージン取るわよ」


 うんざりした様子でそう呟く。

 気分的には最悪だった。


「それに、隷者ドナーの話も完全に余計なのよ。もし久遠がその気になって、私のことを本気で所望でもしたらどうする気よ」


 指と足を組んで嘆息混じりに独白する。

 仮にそんなことになったら、綾香の野望はそこで終わりだ。

 対等の同盟といっても、互いの実力差はあまりにも開いている。

 かつて見た久遠真刃の力はまさに最強。別格の存在だった。

 彼に望まれれば、綾香に抗う術はない。

 それこそ強欲都市グリードの三輪華とやらは揃って手折られることになるだろう。


 いずれ彼に抱かれること自体は考えているが、それは彼の血を貰うための儀式であって、心を捧げる気などない。彼女は妃ではなく女帝でいたいのだ。


 だからこそ、その話題は綾香にとってリスキーなのである。


「本気で冷や冷やさせてくれるわ」


 さりげなく話の中に愛人兼幹部のことを入れてみたり、隷者になる気はないという自分の意志も見せてみたが、それも結局、キングの気分次第である。

 従って早々に話を変えれたのは幸いだった。


「けど、面白い情報もあったわね」


 綾香はあごに指先を当てた。

 どうやら正式に隷者になったらしい芽衣。隷者になった以上、弱体化は避けられないはずなのだが、久遠の話では、むしろ強くなれるらしい。


「どういうことかしら? 久遠の隷者ドナーだからって話だったけど……」


 もし本当に可能ならば、自分の隷者にも適用できないか試してみたいところだ。


「これは少し探りを入れようかしら」


 そう呟いて、綾香は机の上に置いていたスマホを手に取った。

 連絡先は……。


「そうね。葵がいいかしら」


 キングのところに送り込んだ双子の姉妹。

 無自覚なるスパイ。

 そしてあわよくば綾香の代用品となればいいと考えてキングに捧げた娘たちだ。


「茜は鋭いけど、葵はまだ無邪気なところがあるから」


 近況などを問えば、無意識に情報をくれる有難い存在である。

 スマホを操作する。

 すると、すぐに連絡が取れた。


「おはよう。葵」


 綾香はにこやかに話す。

 葵が前に所属していたチームを失って保護された頃から優しいお姉さんは演じていたので、葵の返答も親し気で明るい。


「どう。元気? いえ、声を聞きたかっただけよ。今は何しているの?」


 そう尋ねると、葵は答えた。


(……へえ)


 なかなか興味深い内容だった。


「あら。そうなの」


 言って、綾香は双眸を細めた。


「葵も茜も、丁度いまから訓練なのね」



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

第9部、先行第3弾です!

感想やブクマ、『♥』や『★』評価で応援していただけると、とても嬉しいです! 

大いに励みになります!

何卒よろしくお願いいたします!

次回からは本格スタートです! 週一ぐらいの更新を予定しております!

みなさま! よいお年を!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る