第414話 漆妃/腐れ縁は断ち切れない④
腕を組んで、まるで兄妹のように仲睦まじく歩く二人。
そんな様子を見守る者がいた。
サングラスをかけた桜華である。
物陰に隠れて、こっそり尾行しているのである。
『……桜華さま』
首飾りから白冴の声がする。
『何とも情けないことですか』
「い、いや、そうは言ってもな」
桜華はサングラスをずらして胸元に視線を向ける。
「やはり気になるじゃないか」
『お気持ちは分かりますが……』
一拍おいて、白冴が嘆息する。
『何故、変装が
今の桜華は、サングラス以外は普段着のままだった。
「いや、だって」
桜華は気恥ずかしそうに言う。
「変装が全く思いつかなかったのだ」
『……桜華さま』
昔と変わらずどこか抜けている桜華に白冴は溜息をつくだけだった。
「と、とりあえずだ!」
桜華は誤魔化すように叫んだ。
「今はあいつらのことだ!」
そうして、再び物陰から顔を覗かせた。
一方、ホマレはホマレで考えがあった。
こうしてデートの場は勝ち取った。
しかし、普通にデートしたところで真刃の印象に残らないだろう。
そもそも真刃はホマレの実年齢を信じていない節がある。
ホマレの扱いが、燦や月子、神楽坂姉妹と同じ時があるのだ。
(あんな真正ロリたちと一緒にされては困るのだよ)
ホマレはそう思う。
――そう。識者も言っている。
貧乳はステータスだと。
ホマレにとっては確定されたステータスなのだ。
同時に不利なのも分かっている。
それは正妃たちを見れば一目瞭然だった。
まあ、燦だけは例外かもしれないが、彼女にはまだ将来性がある。
準妃である神楽坂姉妹にもだ。
(だからこそ、これはホマレだけの武器になるはずなんだよ!)
そう前向きに考えていた。
この日のために自分の容姿をフルに活用するプランを練ってきたのだ。
(ダーリンはホマレを子ども扱いしている。そこにつけ込むよ!)
そうして思いついたのが、この場所だ。
「……ふむ」
大きな商業ビルを前に真刃が顔を上げた。
「ここに目的の施設があるのか?」
「うん! そうだよ!」
真刃の腕を掴んだまま、ホマレが答える。
目的地はここの六階にある施設。
フロアをほぼ貸し切った、いわゆる『お化け屋敷』である。
中は大きな迷路になっているそうだ。
無論、日々
だが、この施設は
VR技術や3Dプロジェクターを駆使した『お化け屋敷』であり、SNSでは「あれはマジで怖い」「開発者、正気か?」とバズっている娯楽施設だった。
真刃の印象にも残るように現代技術の粋を集めた施設をチョイスしたのだ。
そして、そこまで怖い施設なら、ホマレが真刃にしがみついても違和感はない。
とにかく密着しまくって、ホマレが女性であると意識させるのが狙いだ。
出来れば、そのままその気になって、ホテルにでもお持ち帰りされるのが理想だが、デートの一回目からそれは流石に欲張りすぎだろう。
(グフフ。いずれにせよ、この機に甘えまくってやるのさ!)
ホマレはそう計画していた。
だから、これは完全に想定外だった。
『ガアアアアアア――ッッ!』
息がかかってきそうな咆哮。実際にホマレの髪が揺れた。生々しいグラフィックに合わせて風を起こしているようだ。
ホマレは呼吸も忘れて、口をパクパクと動かしていた。
薄暗い墓地の中、ボコボコッと腐った腕が飛び出してきた。
空気が流れて微かに異臭がする。そんなことまで再現しているようだ。
(しょ……)
ホマレは未だ硬直していた。
(正気じゃねえ……)
多くの人間が感じた通り、ホマレもそう思った。
あまりにもリアル。視覚だけではない。五感すべてに襲い掛かる恐怖。
これはもう夢に見るレベルだった。
最近でここまで怖いと思ったのは女ゾンビに攫われた時ぐらいだ。
身も蓋もなく言えば、それぐらいのリアリティがある。迷路に入ってまだ五分ほどだが、あちらこちらから絶叫が聞こえて来ていた。ほとんどが客の悲鳴である。
(SNS情報、舐めてました……)
膝をカクカクと震わせて動けなくなるホマレ。
一方、真刃は、
「……おお、何とも凄いな」
襲い掛かって直前で消える怪物をまじまじと見て感心している。
「もはや幻術にも匹敵するぞ。技術の進歩とは何度見ても驚かされる」
やはり真刃は胆力が違っていた。
別の視点から興味津々のようだった。
「これは興味が尽きぬな」
他にどんな仕掛けがあるのか、意気揚々と進もうとする。が、
――くいっと。
袖を引っ張られた。ホマレの手だ。
「どうした? ホマレ」
「ダ、ダーリン……」ホマレは涙目で言う。「む、無理。ホマレ無理……」
「何だ? 動けぬのか?」
真刃は困った顔をした。この迷路はいつでも
「……ふむ。そうだな」
そこで真刃は提案する。
「ならば
「えっ、あ、うん、それなら……」
ホマレは困惑しつつも、こくんと縦に首を振った。
真刃は「うむ」と頷くと、ホマレの腰を掴み、正面から抱き上げた。
よく燦や月子にするような抱っこだ。
ホマレは目を瞬かせた。
「では行くか」
そうして真刃は歩き出す。
その後もリアル感が抜群の怪物たちが何度も襲い掛かってくるが、真刃は「おおっ!」と興味深く感心するだけだった。
一方、ホマレは怪物の声が聞こえるたびに、ビクッと全身を震わせて強く真刃にしがみついた。その都度、しっかり掴まろうと身じろぎする。
(……こ、これは想定外だよォ……)
当初の目的は果たしているように見えるが、肝心のホマレの方に全く余裕がなかった。
恐怖と安堵という相反する感情がごちゃ混ぜになって頭が全然回らない。
鼓動が高まりすぎて、今にも爆発しそうな状態だった。
と、その時だった。
「……ホマレ」
ポンポンと。
不意に背中を叩かれたのだ。
「大丈夫か? 無理をさせたか? そろそろ終わりそうだ。もう少し頑張れ」
優しい声で真刃はそう告げられた。
それが完全にスイッチだった。
――キュウン、と。
ホマレの心と体の奥底が鳴った。
背筋に電撃のような感覚が奔り抜ける。
ホマレは目を見開いて、
「ダ、ダーリンっ!」
思わず叫んでいた。
「ご、ごめん! 少し下ろして!」
「ん? どうした?」
言われた通り、真刃はホマレをその場に降ろした。
ホマレは真刃の顔を見上げた。
そこで一度、熱い吐息を零す。
次いで、自分の両頬を手で抑えてフニフニと動かして、
「……ダ、ダーリン……う、あ、だ、だんなさまぁ……」
両手を祈るように胸元に持って来る。
そして、熱を帯びた眼差しで真刃の顔を再び見上げた。
「ど、どうか、ホマレに、
「……慈悲? 何の話だ?」
真刃は眉根を寄せた。ホマレは構わず言葉を続ける。
「いかなる痛みであっても耐えますから。未熟に見える身なれども受け切ってみせます。ですから、嗚呼……」
彼女は両手を大きく広げた。
「……だんなさま。何卒わたくしにも御慈悲を――」
そう告げた時だった。
――むんずっと。
ホマレは両腰を誰かに抱え上げられた。
真刃ではない。後ろから手が伸びてきたのだ。
真刃自身は驚いた顔をしている。
「……ふえっ?」
それによって、ホマレは瞬時にクールダウンした。
正気に返ったとも言う。
「…………え?」
ホマレが振り返ると、そこにはサングラスをかけたナイスバディの女がいた。
瞳を隠そうが、誰なのかは一目瞭然な人物である。
「え?
ホマレが彼女の名を呼ぼうとすると、その前に小脇に抱え直された。
そしてそのまま走り出した。
「え、ええええええええ――っ!?」
ホマレの驚愕の声だけがその場に残った。
真刃も唖然とするばかりだ。
ちなみに。
その日、ホマレが真刃の元に戻ってくることはなかった。
翌日。
フォスター邸のホマレの自室。
ベッドの上に腰をかけたホマレは酷くご立腹だった。
それに対し、桜華は床に正座をしていた。
「……一体どういうこと?」
ホマレがジト目で言う。
「なんでホマレはいきなり拉致されたの?」
「い、いや、それはな」
視線を泳がせながら桜華は答える。
「だってお前、明らかに様子が変だっただろう? その、凄く嫌な予感がしたのだ」
桜華はあの瞬間、ホマレを真刃に近づけたくない『女』として認識したのだ。
だからこそ力尽くで排除したのである。
「……う~ん」
一方、ホマレは自分の片頬をぐにぐにと手で動かしていた。
「……確かに、あれにはホマレも自分自身で驚いたよ。別に素って訳じゃないんだけど、あんな側面が出てくるなんて思ってもなかった」
ふうっと嘆息するが、「だけど!」と声を荒らげて立ち上がる。
「それはそれだよっ! 桜華ちゃんのせいでホマレの『
「……うぐっ!」
流石に言葉を詰まらせる桜華。
確かに約束を破棄したのは桜華の方だ。
「もう一度セッティングしてよ! ダーリンとのデート!」
当然の権利でホマレがそう言うが、
「ダ、ダメだ!」
桜華は即答した。ホマレが目を丸くする。
「そ、そもそもだ!」
桜華は続けて叫ぶ。
「自分が嫌だからといってあいつに押し付けるのが間違いだったのだ!」
「な、何それ!」
ホマレは腕を横に振った。
「今更じゃんっ! なら大写真会するのっ?」
「あ、ああ!」
桜華は立ち上がって拳を固めた。
「う、受けて立とうではないか!」
目をグルグルと回しつつ、胸を強く打ってそう宣言する桜華だった。
「いい覚悟じゃん!」
シャーっとホマレも爪を立てて告げる。
「なら、存分にホマレに付き合ってもらうかんね!」
かくして。
ホマレの私室にて、漆妃の大写真会が始まったのであった。
言うまでもなく、それらの写真は桜華にとって黒歴史となった。そして事あるごとにホマレに色々とネタにもされるのだが、それは別の話である。
ホマレが今後、
ただ、いずれにせよ、そう簡単には付き合いが切れそうにない二人であった。
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次話『零妃/逢魔が時代』
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