第413話 漆妃/腐れ縁は断ち切れない③
翌日。
真刃はとある書店の前にいた。
服はラフな普段着だ。
今日、真刃がここに来たのには理由がある。
この場所で待ち合わせをしているのだ。
そうして――。
「ダーリンっ!」
そう呼ばれて、真刃は目をやった。
そこにいたのはホマレだった。
白い男物の帽子に片方だけ結んだサイドテール。今日は白いベビードールドレスを着て、小さなバッグを肩にかけている。
歩くだけで注目される美少女だ。まあ、実際は少女ではないが。
結局、桜華がした選択は、デートのセッティングだった。
真刃を売ったとも言える。桜華らしからぬ選択である。
ただ実のところ、ホマレに対しては言わなかったが、その決断は保身よりもホマレのことを想ってのことだった。
やはり何だかんだでホマレは友人なのである。
彼女が真摯に望むことならば、叶えてやりたかった。
ましてや正妃への後押しではなく、あくまで逢引きのお膳立て――すなわち、自身が戦う場所を用意して欲しいという願いだ。
『……よし』
悩みはしたが、桜華は決断した。
ポヨンっと自分の胸を叩き、
『いいだろう。自分の寵愛権を使って機会をくれてやる!』
そう承諾した。
しかし、そこから先は実に桜華らしかった。
それを直球で真刃に頼んだのだ。
ホマレと逢引きしてやって欲しいと。
小細工もごまかしもなしにそう告げたのである。
流石に真刃も唖然とした。
だが、桜華にしろ、ホマレにしろ、真剣であることは伝わった。
真刃はやむを得ず承諾した。
そうして、今日を迎えたのである。
「ダーリンっ!」
ホマレは真刃の腕に手を絡めてきた。
「お待たせっ! じゃあ行こう!」
そう言って、ホマレは笑った。
◆
星殿家は現存する最古の引導師の家系だと言われている。
その歴史は、およそ千九百年。
もはや文化遺産と言ってもよい家系だった。
星殿誉は、そんな家系の長女として産声を上げた。
その後、多くの弟妹は生まれるが、待望の第一子。彼女は厳しく育てられたが、その環境は他の引導師よりもさらに異質だった。
まず彼女は小学校に通ったことがない。
屋敷内に閉じ込められて、そこでずっと教育を受けていた。
初めて通ったのは中学校だった。同世代に比べて彼女の体の成長の遅いことを懸念して環境を変えてみてはという意見が出たのだ。
それは彼女にとって幸運だった。
そのおかげで彼女はハッカーという職業を知った。自分の系譜術が『電脳系』と呼ばれるモノに変化させることが出来ると知ったのもこの頃だ。
彼女は電脳系について調べ上げた。そして自身の系譜術に《
実はこの頃、すでに彼女の未来は決められていた。
星殿家の系譜術は雷術だ。
名を《
しかしながら、彼女には戦闘の才は全くなかった。
特に体術は壊滅的な有り様だった。
そこで現当主である父は、早々に彼女を政略結婚に利用することに決めたのだ。
中学校に通わせて体の成長を促し、卒業と共に嫁ぐ。
それが彼女の未来だった。
その相手とは一度だけ会ったことがある。
引導師の名家の次男であり、三十歳年上だそうだ。
元々父は長子であっても女に家督を継がせることを嫌がっていた。
一つ年下の弟には才がある。
彼女が不出来であったことは渡りに船だったのだろう。
仮に星殿家に閉じ込められたままならば、彼女はそれを受け入れたかもしれない。
だが、今の彼女は様々なことを知っている。
世界がどれほど広いかということも。
だから逃げ出したのだ。
密かに資金を集め、人を雇い、綿密に計画を立てて逃亡したのだ。
そうして、彼女は自由になった。
山林ばかりだった星殿の屋敷とは違う。コンクリートに覆われた街で――。
『……嗚呼』
十五歳の彼女は思った。
『
これからも困難は多くあるだろう。
けれど、この時ばかりは彼女は『自由』を実感していた。
その日から黒髪も菫色に染めた。瞳の色もカラーコンタクトで同色にした。
元々日本人離れしていた顔立ちには、その色は驚くほどに馴染んでいた。
生まれて初めて洋服を購入して着てみた。白いゴスロリ服だ。
『これが、わたくし……』
ホマレは購入した自室で、鏡に映る自分の姿を見やる。
そして、
『……うんっ!』
ニカっと笑った。
『これが、NEWホマレなんだねっ!』
Vサインをするのであった。
このハイテンションな自分は偽装ではない。
解放された本当の自分だ。間違いなく本物だった。
それからも様々な経験をした。
成功もあれば、痛い失敗もある。
どちらも星殿では得られない経験だった。
実りはしなかったが、恋もした。
仕事で知り合った凛々しい女性引導師だった。
ただ、いま思えば、それは恋ではなく憧れだったのかもしれない。
(……きっと、わたくしはまだ恋を知らなかった)
今はそう思う。
だから、
「そんじゃあデートしよっか! ダーリンっ!」
内心では張り裂けそうな鼓動を隠して。
ホマレはニカっと笑うのだった。
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