第412話 漆妃/腐れ縁は断ち切れない②

 まあ、結論として。

 とりあえずホマレは処刑を免れた。

 これまでのサポートを考慮した恩赦である。


「……それで」


 しかしながら、桜華はまだ少し不機嫌だったが。


「自分を呼んだ理由はなんだったのだ? ホマレ」


 ゲーミングチェアに足を組んで座る桜華が尋ねる。


「え、えっとね」


 一方、ホマレは気まずそうだ。

 すでに服は白いゴシックロリ―タドレスに着替えている。

 髪は片方だけサイドテールに纏め、室内でありながら男物の大きな帽子を被っていた。

 そんな格好でキングベッドの上で正座している。


「そろそろ約束を果たしてもらおうかなって思ってさ」


 ホマレはそう切り出した。桜華は「約束?」と眉をひそめた。


「あ、酷い。もしかして忘れてる?」


 ホマレは少し頬を膨らませた。


「大写真会だよ! 桜華ちゃんの大写真会!」 


 ホマレは立ち上がって片手を腰に当てて桜華を指差した。


「桜華ちゃんが目的を達成したらOKだって言ったんじゃん! ホントはエッチが良かったんだけど、ホマレ妥協したじゃん!」


「………あ」


 桜華は思い出した。

 写真会。確かにそんな約束をしていた。


「ひっどォい」


 ホマレはますます不機嫌になる。

 ドスンっと再び座って胡坐をかく。


「ホマレ、結構気遣ったんだよ。桜華ちゃんが目的を果たした後も」


「………う」


 言葉を詰まらせる桜華。

 ホマレは腕を組んでジト目を向けた。


「いきなり要求するのも大変かなって。ダーリンともヨリを戻したばかりだし、桜華ちゃんが充分にダーリンに甘えられる時間を配慮したんだよ」


「そ、そうだったのか?」


 桜華はパチパチと目を瞬かせた。


「おかげで桜華ちゃんはダーリンに甘えまくれたでしょう? 一世紀も守り続けてきた処女をダーリンに捧げられたんでしょう?」


「そ、それを言うなあ!?」


 流石に桜華も真っ赤になる。


「とにかくだよ!」


 ホマレは立ち上がり、ベッドから跳び下りた。

 それから、クローゼットに向かって扉を開いた。

 そこには洋服BOXが複数納められていた。

 それらをホマレは引きずり出した。


「ホ、ホマレ……?」


 桜華は青ざめて問う。


「そ、それは何だ?」


「もちろん、桜華ちゃん用の衣装だよ!」


 ホマレは即答した。


「この日のために用意したんだよ! まずは!」


 言って、BOXの一つを開封した。

 そうして取り出した衣装に、桜華はますます蒼白になった。

 それはクラシックタイプのメイド服だった。


「これだけじゃないよ!」


 ホマレはさらに次々と服を取り出す。

 現代タイプのメイド服。胸元が大きく開いた中華チャイナドレス。巫女服に着物。ブルマの体操服。ウエディングドレス。ビキニ。競泳水着。何故かタキシードなどもあった。

 桜華はパクパクと口を動かすことしか出来なかった。


 しかも、それらは氷山の一角に過ぎない。

 何故なら開封されていないBOXはまだまだあるからだ。


「サイズはどれもぴったしのはずだよ!」


 満面の笑みでホマレが告げる。


「い、いや!? 待て!?」


 慌てて桜華は立ち上がった。


「何だこれは!? 自分はこんな衣装まで承諾していないぞ!?」


「チッチッチ」


 ホマレは人差し指を振った。


「今の時代、コスプレ撮影なんて常識だよ。けど、大正時代に青春を過ごした桜華ちゃんにはなかなか刺激的すぎるかもね」


「あ、ああ」桜華はコクコク頷いた。「じ、自分には合わない……」


 そんな桜華の反応を見やり、


「……だったら」


 ホマレは少し表情を変えた。

 そして桜華の前まで移動して、


「代わりにお願いしたいことがあるんだけどいい?」


 その場に正座して尋ねてくる。正中線の通った見事な正座だ。


「あ、ああ。やめてくれるのなら話は聞くが……」


 ホマレの雰囲気に圧されて、桜華もその場に正座した。


「あのね。桜華ちゃん」


 ホマレは真剣な表情で告げる。


「ホマレね。真剣にダーリンの妃になりたいんだ」


「……お前……」


 桜華は少し驚いた顔をした。


「それは本気で言っていたのか? あいつがお前の命の恩人ということは聞いていたが、そもそもお前は女が好きだったのではないのか?」


「うん。女の子は好きだよ」


 ホマレは即答する。


「凛々しい人も可愛い女の子も大好き。けど、正直に言うと、それの根っこは男の人が苦手だったからだよ」


 そこでホマレは少し視線を落とした。


「ホマレはガッチガチにロックされた箱入りだったんだ。父親なんて『ジェンダーレス? 何それ?』って感じでね。まあ、そこからは逃げ出したんだけど……」


 ふうっと嘆息する。


「けど、それでも男の人が苦手って意識は残っちゃった。絶対に無理って訳じゃないけど男の人が相手だといつも不安を感じるの。けどね」


 一拍おいて、ホマレはニカっと笑った。


「ダーリンが初めてだったんだ。不安を感じなかった人って」


「……ホマレ」


 桜華はホマレを見つめた。が、すぐに眉をひそめて、


「お前の気持ちも分からなくもない。自分も似たような環境だった。しかしな。妃になるということは、そのな……」


 そこで言葉を詰まらせる。


「あ。うん。言おうとしてることは分かるよ」


 ホマレは苦笑した。

 それから自分の細やかな双丘に両手を当てて、すっと腹部へと下ろす。


「ホマレのちっこい体のことを心配してるんでしょう? 桜華ちゃん、温泉旅行から帰って来た時、大ダメージだったもんね。誤魔化していたみたいだけど、歩行認証システムにかけたら41%で別人って出たもん。ダーリンって相当なんだなあって愕然としたよ」


「え? 歩行? 何だそれは? 別人って?」


「けどさ!」


 ホマレは桜華の疑問を遮って言う。


「合法ロリは中身が大人だから合法なんだよ!」


「……いや、言っている意味が分からんのだが?」


「ちっこい体でもそれぐらいの覚悟はしているってこと!」


 ホマレは力強く胸を打った。


「心配無用だよ! それより桜華ちゃん!」


「な、なんだ?」


 ホマレの気迫に、桜華が押され気味に眉をひそめた。


「ホマレのお願いはね! ダーリンとデートする機会を作って欲しんだよ!」


「でーと? ああ。逢引きのことか」


 腕を組んで桜華が呟く。


「準妃隊員には桜華ちゃんたちと違って寵愛権がないもん! ダーリンを独り占めに出来る機会が作れないんだよ! システム上の不備だよ!」


 ホマレが不満そうにバンバンと床を叩いた。


「だから桜華ちゃんが機会を作って! そしたらさ!」


 ホマレは衣装BOXを指差した。


「大写真会はナシにしてあげるから!」


「――うぐっ!」


 桜華は呻いた。

 それは正直ありがたかった。

 百二十年も生きて、あんな衣装は耐えがたい。

 しかし、だからといって、相手が他の正妃たちならばいざ知らず、自分の男を別の女と逢引きさせる機会を設けるのは……。


(……うぐぐ)


 桜華は本気で悩んだ。

 ホマレは真剣な顔で桜華を見つめている。

 沈黙が続く。

 そして桜華が選んだ決断は――。



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