第四章 エンカウント

第261話 エンカウント①

 ……何とも間が悪い。

 移り行く景色に目を向けつつ。

 久遠真刃は渋面を浮かべていた。

 手にはハンドルを握っている。

 真刃の運転するSUVは、かなりの速度で走っていた。

 法定速度をギリギリと言ったところか。

 非常時ゆえにもっと速度を出したいところだが、今日は交通量が多い。

 こんなことならば二輪車バイクで来るべきだったかと思う。


「…………」


 無言のまま眉をしかめる真刃。

 ハンドルを握る手も自然と強まった。

 先程、山岡から緊急の連絡があったのだ。

 火緋神家からの火急の案件。

 かつて月子と燦を巻き込んだ男が脱獄したそうだ。

 火緋神家が捕えていた人物。

 異国の出自ということ以外は分からないくすんだ金髪の痩せた男だ。

 真刃もあの男のことは憶えている。

 水系統の術を使う引導師で月子を散々怯えさせた不愉快極まる男だった。

 真刃自らの手で戦闘不能にした相手である。


「大丈夫かな。月子ちゃんたち……」


 ポツリ、と助手席でそう呟くのは芽衣だった。

 藤色のYシャツに黒い胴衣ベストとスラックス。前髪は上げて赤いネクタイという仕事着の真刃に対し、芽衣は強欲都市グリードで仕立てた近衛隊の隊服を着ていた。

 あの時からの変化としては、今は左腕に『伍』の腕章を着けていることか。

 戦闘があると分かっている時には、必ず彼女はこの隊服を着る。伍妃であると同時に近衛隊の隊長でもあるという彼女なりの拘りらしい。

 ともあれ、二人は月子たちの元へと向かっていた。

 しかし、急ぎながらも、真刃たちは実は他県にいた。

 タイミング悪く、我霊討伐の仕事のために遠出していたのである。


(……本当に間が悪いな)


 運転に集中しながらも真刃は思う。

 猿忌の進言もあって、真刃は仕事には妃たちの誰かを同行させるようにしていた。

 妃たちの修行のためである。

 それは新たに加わった伍妃と陸妃も例外ではない。

 そして今回の仕事は芽衣が同行者だった。

 戦闘において真刃は芽衣を最も気遣っていた。

 何故なら、実は現在、芽衣は妃たちの中で最弱なのである。


 久遠家では修行の一環で定期的にお妃さまたちの総当たり戦が行われている。

 常勝の王者は六炉だ。流石に彼女は別格だった。

 魂力の量からして燦の三倍以上なのだから、それも当然の結果である。

 全く勝てなくて最近の燦はいつも地団駄を踏んでいた。


 一方で芽衣は必ず最下位になっていた。

 流石に月子にまで負けた時は、芽衣も相当にへこんでいたものだった。


 ――芽衣の敗因。それは彼女の魂力の総量にあった。

 芽衣には六十名を超える隷者ドナーたちもいるのだが、どうにもそれだけでは足りないほどに系譜術の消耗が大きすぎるのだ。

 なにせ芽衣の系譜術クリフォトは、空間系の異能である《無空開門マジックボックス》。

 短距離の転移。空間斬撃なども行える最強クラスと呼ばれる術式だった。

 しかし、そんな最強クラスの力ゆえに一度の使用に消費する魂力の量は、他の系譜術とは比較にならないのである。

 それでも《DS》があれば少しは持つ――といよりも、芽衣が強欲都市グリードで頭角を現し始めたのは《DS》が流通されてから――のだが、現在、真刃によって《DS》の使用も禁止されているので現在の彼女は長期戦に極めて弱い状況にあった。


(そもそも芽衣には空間系の術式に対する知識も足りておらんようだからな)


 車の速度は緩めずに真刃はそう思う。

 最年長者といっても芽衣はまだ二十歳になったばかりの娘なのだ。

 その上、これまではほぼ独学で戦ってきたのである。

 まだ自分に適した戦闘方法を掴み切れていないというのが真刃の見立てだった。

 そのため、真刃は芽衣を同行させる時は、相手を慎重に選んでいた。

 だが、今回はそれが裏目に出てしまった。

 近隣に都合の良い相手がいなかったため、他県にまで足を伸ばしたのだ。


「……ごめん。シィくん」


 芽衣が少し泣きそうな顔で謝罪する。


「ウチのせいでこんな遠くまで……」


「お前が謝ることではないぞ」


 真刃は言う。


「今回はたまたま間が悪かっただけだ」


 確かにこの状況に焦りを抱いていないといえば嘘になる。

 燦と月子……特にあの男に狙われる可能性の高い月子のことは心から案じていた。

 しかし、幸いにも今回は前回とは違う。

 今回、保護に動いているのは真刃たちだけではないのだ。


「すでに山岡が動いておる。エルナたちにも連絡を入れた。六炉も山岡と共に月子たちの学校に向かってくれているそうだ」


 山岡は頼りになる男だった。

 すでに月子たちの担任教師にも保護を依頼済みとのことだ。

 後は学校へと迎えに行くだけなのである。

 保護さえすれば問題はない。

 仮にあの男が襲撃して来たとしても六炉がいる限り大丈夫だろう。

 あの程度の輩が群れで襲い掛かったところで後れを取るような六炉ではない。

 それに、山岡の話では火緋神家も護衛者たちを向かわせているそうだ。


「お前が気に病む必要はないぞ。芽衣」


 改めて真刃はそう告げた。


『主の言う通りだ。伍妃よ』


 後部座席で猿忌も顕現して言う。


『肆妃たちも日々修練は積んでおる。それに……』


 猿忌は双眸を細めた。


『燦と月子には五将がついておる』


「え?」芽衣は振り向いた。「けど、その従霊ってまだ寝てるんでしょう?」


 そう尋ねると、猿忌はふっと笑った。


『五将を侮るな。あ奴らは主を守るためにわれが見出した英傑たちぞ』


 そして従霊の長は言う。


『守るべき妃の危機に目覚めぬような愚鈍ではないわ』






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現時点のお妃さま強さランキング!

1位 六炉「ん。常勝無敵」

2位 燦「むむむ~!」

3位 刀歌「燦相手までなら三回に一回ぐらいは勝てるのだが……」

4位 かなた「妥当な結果かと」

5位 エルナ「……私、壱妃なのに……」

6位 月子「え、えっと、みなさん、強いですよ」

7位 芽衣「………ウチって」

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