第262話 エンカウント②

 場所は変わって、星那クレストフォルス校。

 その屋上にてエルナ、かなた、刀歌の三人は集まっていた。

 本来は授業時間中なのだが今は非常事態。

 こっそりと抜け出してきたのである。

 なにせ、妹妃たちの危機が迫っているかもしれないのだ。

 のんびり授業など受けていられなかった。


「エルナ」


 触媒である刀身のない刀の柄を握りしめて、刀歌が問う。


「早く燦たちの元に向かうべきなのにどうして屋上なんだ?」


 参妃の問いに、かなたも視線をエルナに向けた。

 すると、エルナは「ええ」と頷き、


「ここから行った方が早いと思ったのよ。九龍」


 エルナはブレスレットに宿る自身の従霊の名を呼んだ。


「あなたは真刃さんの乗騎だったって猿忌は言ってたわ。移動は得意なんでしょ?」


『……ガウ』


 ブレスレットは少し震えて答える。


『得意ダ。ヒメタチヲ運ベバイイノカ?』


「ええ。瑠璃城学園まで。少し遠いけどお願い出来る?」


 エルナがそう聞くと、『マカセテオケ』と九龍は応えた。

 そしてブレスレットが黒く染まり、みるみる内に質量を増していく。

 数瞬後には、巨大な獣が屋上の空に滞空していた。

 十メートルはあるか、背には白銀のたてがみ。手には金の宝珠を持つ黒龍だ。

 あまりの威容に刀歌もかなたも息を呑んだ。


『おお。これが九龍の兄者か……』


『流石は長さまの直属。凄い迫力だよ』


 と、かなたのチョーカーに宿る赤蛇と、刀歌のリボンに宿る蝶花も感嘆の声を零す。

 彼らにしても、鬼火状態ではない五将の姿を直に見たのはこれが初めてだった。


「うわあ……」


 そんな中、エルナはキラキラと瞳を輝かせていた。


「ドラゴンだわ……本物のドラゴンだァ!」


 その戦闘スタイル。そして今も袖を通している龍の刺繍が入ったスカジャンも示す通り、彼女はドラゴンが大好きだった。


『サア。乗レ。ヒメヨ』


 言って、九龍は巨大な頭部を屋上に降ろした。

 エルナは早速乗ろうとするが、


「いやいや。待て。エルナ」


 刀歌が慌てて止める。


「確かにもの凄く速そうだが、めちゃくちゃ目立つだろ。これは」


「……確かにそうですね」


 九龍のたてがみに触れつつ、かなたも言う。


「この学校は敷地内に偽装の術式を施してあります。月子さんたちの学校もそうでしょう。ですが、そこに移動するまでの間は……」


 街中を龍が翔ぶ。

 大騒ぎになるのは確実だ。


「いやね。それぐらい考えてるわよ」


 対し、エルナは苦笑を見せた。


「私だって日々訓練しているのよ。新術ぐらい編み出してるわ」


 言って、物質転移の虚空から薄紫の羽衣を取り出した。

 エルナがよく使う羽衣だ。

 だが、それを見た時、かなたと刀歌は驚いた。


「エルナさま。それは……」


「ふふ。これが私の新術。《不可視境界インビジブル・コート》よ」


 堂々とその名を告げて、羽衣の端を掴んだまま両腕を広げる。羽衣が広がった範囲にはエルナの体が重なっているはずなのだが、そこに彼女の体は映っていなかった。


「これで九龍の全身を覆うわ。それなら誰にも気付かれないでしょう」


 と、エルナは告げた。

 要は布を使った光学迷彩である。


「これはまた凄い術を開発したな」


 刀歌が純粋に感心する。

 戦術の幅が大きく広がる術だった。

 しかし、エルナは苦笑いを浮かべて。


「これは未完成の術なの。戦闘中みたいに激しく動くとすぐに崩れちゃって。けど、逆に言うと動かないでただ乗っているだけなら維持も出来るわ」


 言って、透明な羽衣を大きく広げた。

 範囲が増大した羽衣はエルナたちごと九龍の姿を覆い隠した。

 しかし、視界が覆われることはない。

 この新術はマジックミラーのように内側からは外の様子も見れるようだ。


「秘匿性重視だから流石に防御力は皆無だけど、その代わり風の影響とかを受けることもないわ。これで大丈夫よ。九龍!」


 エルナはそう告げて九龍の背中に乗った。

 かなたと刀歌も続く。

 彼女たちはそれぞれ銀の鬣を手綱のように掴んだ。


「九龍! お願い!」


『……ガウ! 心得タ!』


 グオオッと頭を上げた。

 そのまま上空へと翔び、弧を描いて進路に顔を向けた。

 ゴロゴロ……と。

 アギトから雷の息を零す九龍。


『一割グライノ速サデ翔ブガイイカ?』


「え? もっと急いでいいわよ」


 エルナがそう返すが、


『……ムカシ』


 九龍は少し気落ちしたような声を出した。


『紫子ヲ乗セテル時二少シ速ク翔ンダラ、アルジニ凄ク怒ラレタ』


「え? どういうこと?」


 エルナがそう聞くが、嫌な思い出なのか九龍は答えない。

 ただその代わりに、


『……シッカリ掴マッテイロ。ヒメタチヨ』


 そう告げて翔んだ。


「ふえ?」


 と、言うエルナの呟きが遅れて聞こえるぐらいに。

 刀歌の顔が引きつり、かなたが目を見開くのも遅いぐらいに。

 九龍は一気に加速した。


「待って!? 九龍!? 待ってェ!?」


 エルナがギョッとしながら叫ぶが、


『久シブリノ空ダ。心地ヨイ』


 九龍はゴロゴロと雷の息を零しながら空を翔ぶ。

 見るからに上機嫌だった。


「九龍!? 九龍っ!?」


 エルナの声も届かない。

 時速百キロメートルは軽く超えているだろうか。

 その体感はジェットコースターどころの話ではない。

 かなたと刀歌も鬣に掴まるのに精一杯だった。

 エルナもとにかく透明化だけは維持しようと必死だったが、


「――ええい! 女は度胸よ!」


 不意に声を張り上げた。


「かなた! 刀歌! 覚悟を決めて!」


「好きにしろ! 私たちは一蓮托生だ!」


 刀歌が叫び、


「私は弐妃。壱妃の補佐です。エルナさまの御心のままに」


 かなたがそう告げる。

 エルナは「ありがと!」と返した。

 到着が速ければ速いほどいいのは事実なのだ。

 妃の長は覚悟を決めて命じる!


「もっと飛ばしなさい! 九龍!」


『ガウッ!』


 龍体が大きく跳ね上がった。

 ――ググンッ!

 明らかに上がるギア。アギトから雷の息が溢れ出す。

 かくして雷鳴と共に。

 黒龍はさらに加速するのだった。






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