第二章 薄幸姫の願い
第209話 薄幸姫の願い①
午前十時を少し過ぎた頃。
場所は、とある高級ホテルの最上階。
大きなベッドの上で、おもむろに彼女は目覚めた。
「…………」
しかし、まだ朝のスイッチは入っていないようだ。
普段から眠たそうな琥珀色の眼差しは、完全に寝ぼけ眼であり、雪を彷彿させる白銀の
まだまだ眠そう……いや、半分眠っているようだが、それでも上半身を起こした。
腕をググっと上に伸ばす。
その勢いで人並みを大きく超えた実に豊かな双丘が、ぶるんっと揺れた。
寝起きの彼女はほぼ全裸だった。白い肌には下の下着しか身に着けておらず、上には白い着物――白装束のみを帯も巻かず羽織っていた。
ベッドから立ち上がった彼女は、フラフラと部屋の中を移動する。
向かう先はシャワールームである。
部屋に近づくと、彼女は白装束を歩きながら脱ぎ捨てた。抜群の張りと、初雪のごとききめ細かさを併せ持つ白い肌が、完全に露になる。
――圧倒的な美貌。大きな双丘に引き締まった腰。美しく躍動する四肢。
その姿は、まさに美の女神だった。
ただ、その女神さまの頭の中はまだ半分ほど夢の中にいるようだが。
彼女はシャワールームに入ると、下着も脱ぎ捨てた。
そうしてシャワーを浴びる。
「……ふひゃ!?」
冷水である。
彼女は、ビクッと震えて少し跳ねた。
噴き出す水滴が、彼女の肢体に沿って落ちていく。同時に少しだけ脳も冴えてきた。
彼女はシャワーを止めると、ブルブルと頭を振った。
彼女は備え付けのタオルを取って頭をゴシゴシと拭いた。
無言でタオルを肩にかける。まだ八割程度だが、ようやく目も覚めてきたようだ。
物質転送の虚空を開き、新しい下着を取り出した。身を屈めて履く。
上の方はまた少し大きくなったようで、手持ちの下着ではサイズが少しキツイ。
この部屋には彼女以外には誰もいないので、そのままにすることにした。
彼女は小さな机が備え付けてあるベッドの縁に腰を掛けた。
そして、
「……お腹、すいた」
初めて言葉を発した。
同時に、クゥっとお腹が鳴る。
彼女は再び虚空を開くと、とあるモノを取り出した。
片手で持てる程度の紙製の赤い箱だ。高温なのか、少しばかりふやけている。
物質転移の術は保管したモノをそのままの状態で保存する特性がある。
よく買い溜めをする彼女にとっては有り難いことであった。
赤い箱を机に置く。蓋を開けると、そこにはホッカホカの肉饅頭が四個あった。『豚まん』さんだ。この地方に来て出会ったお気に入りのフードである。
からし。ソース。醤油。
様々な食べ方があってどれも美味しいと思うが、今日はそのまま食べることにした。
――はむっ。
小さな口で
もきゅもきゅもきゅと、無言で咀嚼していく。
ジト目で無表情のように見えるが、彼女は今とても幸せだった。
しかし、どれだけ食べようとも、とある理由から全く太らない彼女なのだが、最近はこればかりを食べている気がする。特に異母妹から『彼』の話を聞いてからだ。
もしかすると、体が
――そう。『彼』との出会いに向けて。
「…………」
少しだけ、彼女は頬を赤く染めた。
鼓動が跳ねているのが分かる。こんな気持ちは初めてのことだった。
凄く、凄く期待していることが、自分でも分かった。
思わず食事も進んでしまう。
瞬く間に一個を食べきり、二個目に手を伸ばそうとした時だった。
不意に軽快な音楽が鳴った。
「ふひゃっ!?」
ビクッ、と肩を震わせる彼女。
音楽は鳴り続けている。目をやるとそれは机の上。スマホの着信音だった。
「……むむ」
眉根を寄せる。
これは異母妹と再会した時に手渡されたモノだった。
彼女は電子機器が苦手で、スマホさえ持っていなかったのだ。
恐る恐る指先でスマホと掴む。
着信者は知っている人物の名だ。「七ちゃん」。異母妹である。
彼女は、恐々とだが、異母妹から教わった通りに通話をONにした。
『おはようございます。お姉さま』
着信の表示通り、妹の声だったのでホッとする。
「おはよう。七っちゃん」
彼女は応じた。
それから異母妹と、たわいもない話も混じえて状況を確認する。
主に今度の行動についての打ち合わせだ。
『それでは失礼します。お姉さま』
「うん。じゃあね」
通話が切れる。
しばらく彼女は、スマホを見つめていた。
ややあって画面にタッチする。
慣れた手つき――これだけは一生懸命憶えた――で、ある画像を表示させた。
そこには長い髪をポニーテールに結いだ少女と、彼女の前を歩く青年の姿が映っていた。
年の頃は二十代半ばから後半ほど。黒い紳士服を纏った凛々しい青年である。
これは、天堂院本家の防犯カメラが映した画像だった。
サーバー経由で管理されていた最新の防犯カメラの画像は完全に消去されていたそうだが、唯一、昔備え付けたまま放置していた防犯カメラに『彼』の姿が映っていたのだ。
「………………」
彼女は『彼』の姿を見つめる。
鼓動が、より高まっていくのを感じた。
知らずと、豊かな胸元に片手を添えていた。
と、その時。
――プルルルっ。
再び軽快な音が鳴った。だが、スマホではない。部屋の固定電話だ。
邪魔をされたようで少しムっとするが、彼女は受話器を取った。
『あ。姐さんっすか?』
男の声だ。知っている人物である。
『実は明日の夜のことなんすけど、リーダーが……』
そう切り出して本題に入る。
彼女は少し考えて。
「ん。分かった。明日は出る」
『ッ! マジっすか! あざっす! そんじゃあリーダーにそう伝えるっす!』
男は感謝を告げる。彼女は受話器を置いた。
それからすぐに、スマホを両手で持ち直して青年の姿を見つめた。
そして、
「……久遠真刃」
微かに笑う。
「あなたなら、ムロの望みを叶えてくれる?」
そう呟いて、彼女――天堂院六炉は、琥珀色の瞳を細めた。
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