第446話 緊迫の夜②
その時。
室内は静まり返っていた。
そこは天雅楼本殿の一室。意外にも洋室だった。
外装からは武家屋敷のように見える本殿ではあるが、その内装の一角には、真刃の執務室のように近代に合わせた洋の造形も取り入れていた。
主に和式が真刃たちの居住区間。洋式が業務区間で分かれている。
余談だが、洋式の区間では土足も解禁されていた。
そして、ここは主に会議などを行うための部屋だった。
中央に円卓。十三席の椅子が置かれた部屋である。
そこが、ずっと静寂に包まれている。
しかし、誰もいない訳ではない。
少なくとも複数人いる。
ある意味、この円卓の間はエルナたちが要望した部屋でもあった。
ただし、現在、全員がここに揃っている訳ではなかった。
十三席ある椅子。年少組はエルナと刀歌しかいなかった。一方、大人組も二人だ。桜華と六炉だけがいた。その四人だけが椅子に腰を掛けている。
全員が神妙な顔つきだった。
各自、紅茶や緑茶が出されているのだが、誰も手を付けていない。
ただただ時間だけが過ぎていた。
すると。
――コンコン、と。
おもむろにドアがノックされて開かれた。
「……お待たせ」
そうして部屋に入って来たのは芽衣だった。
スカートの丈が短い黒のワンピースドレスとストッキング。さらに
なおエルナたちも全員同じ服を着ていた。
これは、ある意味で戦闘服でもあるからだ。
それだけ今は緊迫しているということでもある。
ともあれ、全員が芽衣に注目する。
芽衣は視線を感じつつも、六炉の隣の椅子に着席した。
「芽衣さん」
早速、エルナが問う。
「月子ちゃんの様子はどうなんですか?」
「……今は安定しているよ」
芽衣が淡々とした声で答える。
「ずっと眠っている。呼吸も落ち着いているけど……」
芽衣は辛そうに眉をひそめた。
「起きたら分かんないよ。だから、今は燦ちゃんたちがずっと傍にいるよ」
一拍おいて、
「けど、燦ちゃんも、かなたちゃんも無茶くちゃにキレてるよ。かなたちゃんは普段からあまり表情を変えない子だけど、燦ちゃんの無表情なんて初めて見た気がする」
円卓に肘をつき、深く嘆息する。
燦とかなたの二人は今、月子の私室に居た。
眠り続ける月子を傍で見守っているのだ。
月子の手を取って、無表情で見つめ続ける燦の姿は印象的だった。
「…………」
芽衣は唇を強く噛む。
それこそ辛いと感じるほどの姿だった。
なお、月子の部屋には茜と葵も同席していた。
二人が純粋に月子のことを心配しているためでもあるが、二人には燦とかなたの様子も見ていて欲しいとお願いしていた。
同じく準妃である綾香は最高幹部でもあるため、今回の事態に対して、今は忙しく指示を出している。また、ホマレも金羊と共に情報収集に動いていた。
事態は一気に緊迫していた。
「……本当に腹が立つわ」
芽衣が小声を零した。
「燦ちゃんたちがキレるのも仕方がないよ」
「……うん。そうだな」
ポツリ、と刀歌が呟く。
「燦は自他とも認める月子の親友だ。いつも一緒だった。それに、かなたも月子のことはまるで実の妹のように可愛がっていた」
小さく息を吐く。
「苛立つのも当然だ」
「それは私たちにしてもそうでしょう」
エルナが言う。
「ここに苛立っていない人なんていないわ」
壱妃の言葉に、沈黙を以て全員が肯定する。
再び訪れる静寂。
ややあって、
「……第漆番か」
桜華が重い口調で唇を開いた。
「自分も初めて遭遇する相手だ。そもそも千年我霊は分かっていないことが多い。第陸番以外は遭遇して生存している者が少なすぎるせいだが……」
そこで桜華は六炉に目をやった。
「六炉。お前は何か知らないのか? お前の父――総隊長殿は何か掴んでいないのか?」
「……ごめん。分からない」
しかし、六炉はかぶりを振った。
「前にも言ったけど、調査班の死亡率は絶望的だから。むしろ、テテ上さまは探りを入れすぎてるせいで、却って警戒されているんだと思う」
「……そうか」
桜華は嘆息した。
それから双眸を細めて、
「月子のことは自分も心配だ。エルナの台詞ではないが、ここに心配していない者などいないだろう。だが、今はもう一つ懸念すべきことがある」
桜華は全員に目をやった。
「第陸番・《
一呼吸入れて、
「第漆番・《
月子の両親の仇の名を口にする。
全員が桜華に注目した。
「どちらも伝承に名を残す怪物どもだ。だが、奴らの話ではさらにもう一体いると言う」
「……話からすると、もう一体も女の
神妙な声でエルナが言う。
続けて、隣に座る刀歌の方を見やり、
「刀歌。私はこの国出身じゃないから怪異名の由来にはそこまで詳しくないけど、女の怪異名を持つ
「……二体だな」
刀歌は指先を折って呟く。
「第壱番と第参番だ。しかし、それだと数が合わない……」
眉根を寄せた。
「うん。そうだね。ウチもそう思った」
それに対し、芽衣が言う。
「赫獅子と狼覇の情報だと、怨羅は『女性陣は全員揃っている』って言ってたそうだしィ。だけど、今回いるのは三体で、その内の一体は餓者髑髏。女性が揃った上で三体なら、残り二体は怨羅も含めてどちらも女ってことだよねぇ」
だとしたら、第壱番と第参番のどちらかになるのだが、それでは一体が余ってしまう。女性陣が揃ったとは言わないはずだ。
「怪異名が女の人でも、女であるとは限らないと思う」
と、六炉も話に加わった。
「怨羅も怪異名のイメージは男性。けど女だった」
「あ。そっか。その逆パターンも有り得るってことね」
エルナが柏手を打つ。と、
「……ああ。その通りだ」
おもむろに桜華が告げた。
六炉の方を見やり、
「六炉はやはり勘が鋭いな。本当にその通りらしいぞ」
「……それはどういうことですか? 桜華師」
眉をひそめて、刀歌が桜華に尋ねる。
桜華は「うむ」と頷きつつ、弟子に視線を移した。
「ここに来る前に杠葉が自分に告げたのだ。あいつは第壱番と第参番。その両方と遭遇したことがあるらしい」
「「「………え」」」
桜華以外の全員が目を見張った。
それはまさかの情報だった。まさに答えそのものである。
「え? 確かに杠葉さん、前に二体と遭ったことがあるって言ってたけど、それが第壱番と第参番だったってこと?」
芽衣が目を瞬かせてそう尋ねると、
「うむ。そうらしい」
桜華が頷いて答えた。
「第壱番は男だったそうだ。だが、その美貌はあまりに美しく、声を聞かねば女性と見紛うほどのモノだったらしい。恐らく女の怪異名が付けられたのは、そのせいなのだろうとあいつは言っていた」
一拍おいて、
「そして第参番は怪異名通りに女だったそうだ。これで辻褄は合うだろう」
「……じゃあ、もう一体の千年我霊って……」
エルナが静かに喉を鳴らす。
「……うむ」
桜華が腕を組んで首肯した。
そうして。
彼女は重々しくその名を告げた。
「最後の敵。それは第参番。《
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