第458話 同盟交渉④
二日後。
時刻は昼過ぎ。
久遠真刃は、とある場所を一人の女性と共に歩いていた。
見た目は十八歳ほど。やや勝気そうな眼差しに、整った顔立ち。絹糸のような黒髪のショートヘア。今日は紺色の和装を纏っている。
――零妃・久遠杠葉である。
彼女の表情は少し緊張しているようだった。
「……杠葉」
黒い紳士服姿の真刃が、苦笑を浮かべて彼女に声を掛ける。
「流石に緊張しているのか?」
「……まあね」
杠葉も苦笑を浮かべて返した。
そうして、
「あの子とはもう二度と会うつもりはなかったんだし」
憂いを帯びた面持ちでそう呟く。
真刃は何も言わない。
二人は歩き続ける。
ここは山林の中に設けられた霊園。
火緋神家の代々の墓所である。
杠葉にとっては百年の月日の中で何度も訪れた場所。
真刃もまた、紫子の墓参りのため、山岡に案内されて訪れたことがある。
奇しくも現在捜索中の
しかしながら、今日、二人がここに訪れたのは墓参りのためではない。
いや、正確には墓参りも目的の一つではある。事実、杠葉は仏花を携えている。
ただ、もう一つ目的があった。
この地で会うことを約束した人物がいるのだ。
墓石が並ぶ霊園を歩く真刃と杠葉。
「……杠葉」
ややあって、真刃だけが足を止めた。
「
「……真刃」
やや遅れて、杠葉も足を止めて振り返る。
真刃の顔を見つめた。
そして、
「……分かったわ。会ってくる」
そう告げて、杠葉だけが前に進んでいく。
そうして約束な場所が見えてくる。
一際、大きな墓。火緋神家の本家の墓だ。
歴代の当主たち、その家族が眠りにつく場所。
そこには今、一人の男性がいた。
四十代の大柄な男性だ。
筋肉質な体躯には白いポロシャツと、紺のジーンズを履いている。
彼の私服だ。彼にとってここは父母を含めた親しき者たちが眠る場所であり、正装など必要がないほどに頻繁に訪れているということだろう。
ただ、服装が軽装であっても、礼節を忘れている訳ではない。
男性は瞑目して墓所で祈っていた。
杠葉も彼に並び、花束を抱えつつ瞑目して両手を重ねた。
しばしの沈黙。
そうして男性が立ち上がった。
杠葉も瞳を開け、仏花を墓所に供えた。
男性は静かにその様子を窺っていた。
ややあって、杠葉は初めて男性と目を合わせた。
二人は互いを見つめ合う。
そして――。
「……こうして顔を合わせるのは初めてですね。巌さん」
杠葉が微笑んでそう告げる。
一方、男性――火緋神巌は困惑を隠せずにいた。
「……本当に」
巌は重い口を開いて、杠葉に尋ねる。
「あなたは御前さまなのですか?」
「ええ。そうですよ」
杠葉は頬に片手を当てて返す。
「疑われるのも無理はありませんね。神刀をここで見せることも出来ますが、安らかであるべきこの場所では武具など不謹慎ですね。でしたら、あなたと私しか知らないようなことを伝えることも出来ますが……」
杠葉は墓所に目をやった。
「例えば燦のお母さま。彩さんのことなどなら」
そこで少し悪戯っぽく笑う。
「市井の出である彼女を娶るため、あなたがどれほど素っ頓狂なことをしたかなど。猛さんが九重さんに猛アタックした時なんてあの頃のあなたそっくり。血は争えないと思いました」
「……やめてくれ」
巌を額に片手を当てて呻いた。
「あの頃は俺も若かったんだ。猛も変なとこばかり俺に似やがって。というか、あの頃の話なら先生も知ってることだから、あんたの証明にはならんだろ」
「あらあら」
対し、杠葉は小首を傾げた。
「山岡さんがそんなプライベートを漏らす人だと?」
「そんなことは言ってないさ」
巌は嘆息した。
「先生のことならいつだって信頼している。あんたのことは耀の報告だけじゃなく、先生の方にもすでに確認しているんだ」
巌の言う『先生』とは山岡辰彦のことだ。
学生時代の恩師であり、退職後は火緋神家と巌のために半生を捧げてくれた人物だった。
忠義と厳格という言葉を体現したかのような老紳士。
巌にとって最も信頼している人間である。
「猛や魁は流石に信じていない様子だったがな。ただ、俺の心は疑いつつも信じる方に傾いていた。耀と先生はどちらも堅物だしな。こんな虚言は伝えない」
「……そうですか」
杠葉は双眸を細めた。
「では、あなたは今日、確証を得るためにここに来たのですね」
「ああ。そうだ」
巌は真っ直ぐ杠葉を見据えた。
「正直、出会ってすぐに確信した。対峙した時の気配がそのままだったからな。まあ、あんたが御前さまの孫って話ならもっと信じたんだけどな」
「残念ながら私に孫はいないわ」
杠葉はふふっと笑う。
「私の愛する男性はただ一人だけだったから」
「その辺の事情も耀と先生から聞いてるよ」
巌は再び嘆息した。
「あんたの苛酷すぎる人生もな。現当主として頭が下がる想いだ」
実際に巌は深く頭を下げた。
ただ、すぐに顔を上げて、
「あんたには色々と聞きたいこと。言いたいことが沢山ある。特に感謝の言葉なら山ほどだ。けど、これだけは先に言わせてくれ」
「……何でしょうか?」
杠葉がそう尋ねると、巌は腕を組み、「う~む」と唸る。
改めて杠葉を見据えた。
そして巌は「しかしまあ」と呟き、
「いくら何でも若作りしすぎじゃないか? 婆さん」
火緋神家の現当主ではなく、気を許せる孫として。
あまりにも率直過ぎる感想を告げる巌だった。
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【第11部まで完結】骸鬼王と、幸福の花嫁たち 雨宮ソウスケ @amami789
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