第92話 懐かしき、初対面➂

 ……十五分後。

 真刃は、猿忌を引き連れて路地裏を歩いていた。

 大通りへと続く、暗い路地裏である。

 人通りも全くない。

 そこを一人、黙々と歩いていた。

 と、その時。


『……縁があればか』


 ポツリ、と猿忌が呟いた。

 真刃は無言だった。


『やはり、あの娘は「あの女」の直系なのだろうな』


「……………」


 真刃は、未だ言葉を発さない。

 猿忌は嘆息した。


『まさか、「あの女」の残影と出会うことになるとはな』


「……大門の子孫がいるのだ」


 真刃は足を止めて、ようやく口を開いた。


「杠葉の子孫がいても不思議ではなかろう。そもそも、あの総隊長殿に至っては、まだしぶとく生きているのだぞ」


『確かにな』


 猿忌は苦笑いを浮かべた。


『しかし、どうする。主よ』


「……どうする、だと?」


 真刃は眉をひそめて、猿忌を見据えた。


「どういう意味だ?」


『……正直、我は「あの女」に良い感情は持っておらぬ。それは、我と記憶を共有する他の従霊たちも同じだろう』


『……うっス。そうっスね』


 猿忌の呟きに、真刃が持つスマホに宿る金羊が同意する。

 あれだけの雷光に晒されていたというのに、壊れていない精密機器スマホ

 これは商品の頑丈さよりも、雷の属性を持つ金羊の加護のおかげだった。


『確かに紫子ちゃんに比べると、「彼女」の方は嫌われてる印象っスね』


「…………」


 真刃は再び無言になった。


『だが、主が「あの女」を、今でも大切に想っていることも知っている。それに、あの燦という娘に罪がある訳でもない』


 猿忌は『う~む……』と唸って言葉を続けた。


魂力オドの量。容姿……まあ、この場合は将来性だが、あの娘は充分合格だ。主が望むのならば肆妃の候補として挙げるが……』


「おい。待て」


 真刃は青筋を立てた。


「あの娘は杠葉の子孫だぞ。そもそも、あの娘が幾つだと思っておる」


『あくまで候補だ』


 猿忌は、淡々と答える。


『確かにあの娘はまだ幼い。《魂結び》においても、第一段階でもまだ二年は待つ必要が……いや、300越えならば、今でも受け入れられるかもしれんか? いずれにせよ、あの娘は誰よりも「あの女」に近い。主が望むなら――』


「……黙れ。猿忌」


 流石に、真刃は表情を変えた。


「……オレは、誰かを杠葉の代わりにするつもりはない」


『……すまぬ。失言だったか』


 猿忌は、真刃を見据えて告げる。


『「あの女」の代わりにせよなど言うつもりはない』


「……分かったのならばよい」


『うむ。あの娘は、あの娘として愛してやるといい』


「……おい。本当に分かっておるのか?」


『いやいや。なにせ、魂力の量が、333っスからね』


 と、金羊も会話に加わった。

 真刃のポケットに入れたスマホが、ブルブル震える。


『凄いっスよねぇ。ご主人や天堂院家の金髪坊ちゃんを除けば、天然であそこまで高い子は初めて出会ったっス』


『うむ。まごう事なき麒麟児ではあるな』


 猿忌は腕を組んで頷いた。


『結局のところ、我にとっては「あの女」に似ていることや、血縁者であることは減点でしかないのだ。あの娘を推す理由はその魂力の量だけだ』


「……それはそれで酷い話だな」


 真刃は嘆息した。


「ともあれ、あの娘が肆妃という話はなしだ。真面目に答えるのならば、エルナたちの担任教師でもある大門はともかく、火緋神の本家とあまり深い関係は築きたくない。何より、あの娘は幼すぎるからな」


『幼いと言っても、エルナたちと三歳ほどしか変わらんのだがな』


『その点は、むしろエルナちゃんたちが成長過多すぎじゃないっスかね?』


「………お前たちは」


 真刃は片手を額に当てて、かぶりを振った。


「とにかく改めて条件を出すぞ。肆妃は二十歳……いや、せめて二十二歳以上だ」


『――うええッ!?』


 金羊が悲鳴じみた声を上げた。

 スマホの画面でも、ダラダラと汗をかいている。


『JKダメなんスか!? エルナちゃんたちよりは年上っスよ!』


「J……ああ、女子高生か。やれやれ。今代の者は本当に言葉造りが好きだな」


 真刃は、肩を竦めた。


「それこそ、エルナたちと三歳ほどしか変わらんだろう。却下だ」


『えええッ! そんな! 折角調べたのにッ!』


 金羊は、スマホの画面に『ガーン』という文字をポップアップさせた。

 ……まあ、誰も見ていないのだが。


『別によかろう。近隣には該当する娘はいなかったのだろう?』


 と、告げる従霊の長に、金羊は『ううゥ』と呻いた。


『確かにそうっスけど、結構しんどかったんスよ。そもそも二十二歳以上となると、大学の子も半分ぐらいは全滅っスよ』


 まさに、藪を突いて蛇が出てしまった。

 迂闊に燦を薦めてしまったせいで、今までの苦労が泡と消えた金羊だった。


「ともあれだ」


 真刃は、暗い路地裏を再び歩き出しながら告げる。


「あの娘の話は終わりだ。縁があればとは言ったが、もう会う機会もなかろう。そう考えて名乗らなかったのだからな」


『ああ~、やっぱりそういうつもりだったんスか~』


 金羊が嘆息する。


『まあ、あの子はJSっスからね。もう会う機会もないっスよね~』


『……火緋神と関わらないのなら、むしろ避けるべきだな』


 惜しくはあるがな、と続けつつ、猿忌は真刃の後に続いた。

 一人と一体は路地裏を進む。

 そうして、すぐに大通りに出た。

 繁華街を通る人の流れが、目に飛び込んでくる。

 真刃は微かに目を細めた。

 そして、


(……ただ)


 心の中でこう思った。


(……杠葉の末を。あいつは幸せになれたのか。それだけは聞きたかったな)

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