第318話 ブライド・ハント③

「……そろそろか?」


 赤い月の下。ビルの屋上にて。

 今夜の騒動の首謀者――《死門》のジェイが、ポケットに手を入れて佇んでいた。

 広域展開と探査と転移。

 それだけに特化させた結界領域ザ・メイキングワールドに通信遮断の効果はない。

 ややあって、彼のスマホが鳴る。

 見やると、やはり想像通りの名前だった。

 ジェイは嘆息しつつ、通話に出た。


「もしもし?」


『何か遺言はありますの?』


 いきなり恐ろしい言葉で始まった。


「……姐さん」


『ミンチの際は粗挽きにしてあげましょう』


「いや、やめてください。叔父貴への手料理を作るような感じで言うのは」


 ジェイは嘆息した。


「そもそも、これは俺の詫びのつもりなんですよ」


 ジェイはそう切り出した。


『……どういう意味ですの?』


 と、姉御が聞いてくる。ジェイは一呼吸入れて、


「叔父貴の事業を邪魔しちまった詫びです。姐さんは『木の葉を隠すには森の中』って諺がこの国にあるのはご存じっすか?」


『……知っていますわ』


「それと同じことです。引導師を全員巻き込んだこの騒動。今夜、行方不明になった連中は間違いなく俺に攫われたと思うはずです」


『…………』


 彼女は無言だ。


「今この場で叔父貴の事業に気付く奴は皆無です。今なら攫い放題っすよ。とは言え、火緋神や天堂院に喧嘩を売るのは流石に悪手なんで、そこは結界領域の上からさらに封宮メイズの重ね掛けをして閉じ込めています」


 封宮師メイザー死人ゾンビも数多く確保している。

 火緋神家、天堂院家の本邸は、封宮メイズで丸ごと覆って封じてある。

 死人たちには、あえて戦闘はさせていない。あくまで封じ込めるだけだ。

 あの二家といえども、そこから脱出するには時間がかかることだろう。


「俺のストックはおよそ9600体」


 一拍おいて、


「俺はそのすべてを今夜失ってもいいと思っています」


 彼女はずっと無言だ。

 ジェイは緊張と共に告げる。


「どうか、俺の謝罪の意として受け取ってくれないっすか?」


 長い沈黙が続く。

 やあやあって、


『……いいでしょう』


 彼女は返答した。


『もう始めたことです。ならば最大限に利用するまでですわ。ですがジェイ』


 彼女は言う。


『お仕置きはしますからね。三割ぐらいミンチになることは覚悟しなさい』


「さ、三割は多くねえっすか?」


『全ミンチをその程度で済ますのです。受け入れなさい。それにしても、すべてのストックを捨て去ってまで欲しい相手だったのですか?』


 そう問われた。

 完全に真意を見抜かれた台詞である。


(やっぱ姉御には勝てねえな……)


 ジェイは嘆息した。

 そして、


「すんません。姐さん」


 素直に謝罪する。


「どうしてもなんすよ」


『……そうですか』


 彼女は嘆息したようだ。


『入れ込み過ぎると痛い目に遭いますわよ。まあ、ほどほどにしなさい』


 そう告げて、彼女は通話を切った。

 どうやら今回の我儘を許されたようだ。

 最大の関門を乗り越えて、ジェイは少し胸を撫でおろした。

 ともあれ、スマホをポケットにしまう。


「さて」


 次いで、パンと柏手を打った。

 すると、彼の前にこの街全体を模した半透明の模型が浮かび上がった。

 そこには、白と黒の光点が輝いていた。

 数百の白に対し、黒は十倍以上だ。白は引導師ボーダー。黒はジェイの死人である。

 同時に、宙空に複数の大きなモニターも浮かぶ。

 そちらの方には各地の戦闘の光景が映し出されていた。

 どちらも叔父貴から習った術式である。

 モニターの一つを見やる。

 そこにはポニーテールを揺らして凛々しく戦う炎の刃の少女剣士がいた。


「ははっ、元気だな。俺の刀歌ちゃんは」


 目標の一人はあっさりと見つかった。

 この時間帯だ。やはり自宅にいたようだ。

 他にもかなりの人数の引導師ボーダーたちの姿もある。

 御影刀歌の傍らには、ファミレスで見かけた黒髪の少女の姿もあった。

 銀髪の方は見当たらなかったが。


「……ふ~ん」


 意外と広い場所のようだが、そこは屋内だった。

 互いの勢力ともに大技が使えず、戦場は近接戦闘をメインとした大混戦となっていた。

 幾つかの部屋へと戦場を移している者もいる。


「想定以上の大乱戦だな。とりあえず刀歌ちゃんはこっそりGETしとくか」


 パチン、と指を鳴らした。

 途端、モニターの中から刀歌の姿が消える。その場にいる引導師ゾンビの一体に封宮を使わせて、標的だけを心象世界に取り込んだのだ。

 混戦の死角を見計らって展開したので、他の引導師たちは気付いていないはずだ。

 ジェイは、さらに慎重を期して、少しずつ死人ゾンビを撤退させた。

 残された引導師たちは撃退したと考えるだろう。

 御影刀歌の不在に気付いた時にはもう遅い。


 これであの娘は孤軍だ。

 後は封宮メイズ内で力尽きるまで消耗させればいい。


「まあ、今夜のための準備運動みたいなもんだ。ほどよく汗をかいてくれよな」


 ジェイは笑う。

 が、すぐに眉をひそめた。

 ――もう一人の目標。

 本命と呼んでもいい御影刀歌の姉の方が見当たらないのだ。

 この世界に取り込んだ引導師ボーダーの元には、すべて死人ゾンビを転移させている。

 例外があるとしたら、封宮に閉じ込めた二家ぐらいだが……。


「偶然そこにいたってことか?」


 可能性としてはあり得る。


「……くそ。やっぱ行き当たりばったりだったか?」


 ジェイは渋面を浮かべる。

 確かに計画の綿密さはとても充分とは言えない状況だ。

 しかし、事実は違う。

 彼は失念していたのだ。

 実はもう一つだけ。

 まさに盲点とも言える場所に死人ゾンビを転移させていなかったことに――。










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