第319話 ブライド・ハント④

「……やれやれですわ」


 通話を切って、エリーゼは嘆息する。

 そこはジェイとは別のビルの屋上だった。

 この異常事態に見渡しのよい場所に移動したのだ。

 しかし、改めて思う。

 本当に我儘で身勝手な男だ。

 まあ、多少の気遣いは出来ているようなので、今回は許容してやるしかないか。


「……お姉さま」


 その時、背後から声を掛けられた。

 ルビィの声である。

 エリーゼは振り返って苦笑を浮かべた。


「……やはりジェイの仕業でしたわ。本当に困った子」


「……そうでしたか」


 ルビィは片手を胸元に当てて息を零す。


「では、どうされますか。お姉さま」


「折角です。ここはジェイの提案に乗ろうと――」


 と、言いかけたところで、エリーゼはハッとした。


「ルビィ! 跳びなさい!」


 そう叫んで、自身も後方に大きく跳躍する。

 しかし、ルビィの方は「え?」と困惑していた。

 直後、

 ――ゴオオオオオオッッ!

 猛烈な炎の柱が、ルビィの全身を覆った。


「―――ッッ!?」


 ルビィは悲鳴さえも上げられない。

 ただの炎の柱ではない。上昇気流を取り込んだ火炎旋風だ。

 周辺の酸素は、炎が喰らい尽くしていった。


「………くッ!」


 エリーゼは火炎旋風を前に舌打ちした。

 すると、


「……一人逃したか」


 不意に屋上の一角。建物の影から一人の男が現れた。

 掌を火炎旋風へと向ける蒼い髪の青年――扇蒼火である。


「……引導師ボーダー、ですの?」


 エリーゼは眉をひそめた。


「どうしてここに?」


「お前たちを尾行していた」


 蒼火は答えた。


「お前たちが何者か。それを探るつもりだったのだが、この異常事態だ。もはや悠長なことはしていられないと判断した」


 一拍おいて、


「しかし、二対一では勝ち目もない。不意打ちで一人でも減らせればよいと思っていたが、残念ながら殺せたのはあの女の方か……」


 そう呟く。


「……あなたは」


 エリーゼは双眸を細めた。


「ルビィの知り合いなのかしら?」


「……それは今となってはどうでもいいことだ」


 蒼火は嘆息する。


「あの女には、出来れば問い質したいことがあったが、仕方がない。貴様が知っているのなら俺にとっては有り難いのだが……」


 そう告げると、エリーゼは、クツクツと指先で口元を押さえて笑った。


「あら。それならルビィ本人に聞いた方がよろしいのでは?」


「……なに?」


 蒼火が眉をひそめた時だった。


「……よくも……」


 不意に、火炎旋風の中から声が聞こえてくる。

 蒼火がハッとして目をやると、炎の中から人影が現れた。

 それは無残な焼死体だった。

 皮膚は焼け焦げ、筋肉は剥き出し、体の一部は炭化もしている。

 長かった髪も、真紅のドレスもどこにもない。

 しかし、彼女は、体に火を纏わりつかせて、ペタペタと歩いてくる。


「……馬鹿な」


 蒼火は唖然とした。


「……よくも……よくもおおお!」


 すると、焼死体のようになったルビィが咆哮を上げた!


「お館さまがあッ! お姉さまがあッ! 光栄にも寵愛してくださり、綺麗とまで仰ってくれたルビィの体をおおおおおおッ!」


 叫びながらも、彼女の体は恐ろしい速度で治癒していく。

 まるで時間が巻き戻っているかのような光景だ。髪さえも伸びていく。

 数秒後には完全に復活し、全裸の女がそこにいた。


「……貴様、本当に人間を辞めたのか……」


 蒼火が唖然とした声で問うが、ルビィには聞こえていない。


「許さないッ! 絶対に許さないッ!」


 彼女は虚空から真紅のドレスと、一体の人サイズの人形を取り出した。


「殺してやるわ! お姉さま!」


 そうしてドレスを体に巻きつけて、エリーゼに言う。


「ここはルビィにお任せください!」


「……ええ。そうね」


 豊かな胸を支えるように腕を組んでエリーゼは微笑む。


「どうやらあなたの知り合いのようですから。あなたにお任せしますわ――」


「……ほう。そうか」


 その時、不意に新たな声がした。

 女性の声である。


「その言い分ならば、『私』の相手はお前がしてくれるのか?」


 全員が目を見開いた。

 そして、全員が声の方へと振り返った。


 ――そう。この場所こそがジェイの盲点だった。

 身内であるエリーゼの近くには、死人を送っていなかったのである。

 少しでもエリーゼの機嫌を損ねてしまいそうな真似は避けたということだ。


 いずれにせよ、ジェイの探し人。

 すなわち、久遠桜華はここにいた。


 そして、


「これもえにしか」


 白き輝きを取り戻した光剣を片手に、彼女は言う。


「ここで遭ったが百年目だな。《屍山喰しざんぐらい》エリーゼ」










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