第六章 覚悟の時
第360話 覚悟の時①
その日の夜。
いつものごとくフォスター邸のリビングで妃会合が開かれた。
今夜の会合には準妃隊員はいない。各専属従霊も席を外している。
八名の妃たちだけがそこにいた。
そして彼女たちは全員が神妙な顔をしていた。
「あ、あの……」
そんな中で、まず月子が手を上げた。
「本当に、《
困惑の表情を浮かべながら、そう尋ねる。
「うん。そうよね」
隣に座る燦も同様の表情を浮かべていた。
「だって、そいつ、学校の教科書に載ってるもん」
彼女たちが通うのは引導師育成校だ。
その教科書には伝承級の我霊の名も記されていた。
「……確かに実感はありませんね」
と、膝の上に両手を乗せたかなたが言う。
「私たちにとっては、歴史上の人物と大差ありませんから」
例えるのなら、留守中に『聖徳太子』や『織田信長』が訪問してきたと言われたような感覚である。違和感を覚えて当然だった。
「まあ、確かにな」
「教科書に載ってるのも写真じゃなくてイラストだしね。なんか大昔の話って感じで」
刀歌とエルナも、そんなことを呟く。
余談ではあるが、七体の千年我霊は教科書のみならずどの情報媒体であっても、おどろおどろしいイラストで描かれることが多かった。危険性を視覚で伝える意図なのだが、エルナたちの世代では古典的すぎてかえって現実味が薄れる結果になっているようだ。
「正直、全然ピンとこないわ」
今の世代の感想を代弁するかのように、エルナが腕を組んでそう告げる。
かなたたちと燦たちの世代は、全員がこくんと首肯した。
「う~ん。確かに
と、少し世代が上の芽衣も首を傾げて言う。
「
苦笑を浮かべてそう続けた。
芽衣自身も存在を信じていない様子だった。
すると、
「……ううん。芽衣、それは違う」
それを否定したのは、ソファーの上で膝を組む六炉だった。
「え?」と目を瞬かせる芽衣だけでなく、エルナたちも六炉に注目した。
「……あいつらは」
少し視線を落として、六炉は言葉を続ける。
「討伐なんかされてない。間違いなく今も存在しているの。ムロは実家の都合で
一拍おいて、
「死亡率が信じられないぐらい高いせい。ムロの家には
「そ、即死……」
月子が反芻して顔を青ざめさせる。
エルナたちも表情を変えた。
そんな中、
「……そうだな。それは自分の時代でも言われていた話だ」
桜華が初めて口を開いた。
全員の視線が桜華に集まる。
すると、桜華は重々しくかぶりを振った。
そうして、
「……痛恨だ」
渋面を浮かべて、そう呟いた。
「あの女がいた時点で、餓者髑髏の存在は想定できた。久遠にもそう伝えていたが、道化の魔人め。よもや単独で乗り込んでくるとは……」
グッと強く下唇を噛む。
「帝都が壊滅したあの日と同じだ。肝心なところで不在とは。全くもって情けない。百年も生きて自分は何も学んでいないのか」
苛立ちを隠せない様子でそう呟いていた。
そんな彼女に、
「……桜華さん」
神妙な眼差しでエルナが声をかけた。
「やっぱり、桜華さんもその怪物と面識があるんですか?」
「……ああ」桜華は頷く。「一度だけな」
一呼吸入れて、
「大正時代での話だ。だが、自分が奴と戦った訳ではない。自分が戦ったのは奴の妻だ。親友と、白冴と共に挑んだ。あの男と戦ったのは久遠の方だった。恐らく久遠はあの男と戦って唯一今も生き残っている引導師なのだろうな」
全員が沈黙する。
リビングに重い静寂が降りた。
ややあって、
「……いったい……」
膝の上で手を強く固めてかなたが問う。
「その時代に何があったのですか? 教えていただけませんか?」
「……そうだな」
桜華は少し思案しつつも、他の妃たちへと目をやった。
「やはり話しておくべきだな。しかし、まず聞きたいのだが、お前たちは名付きの我霊の本質をどの程度知っているのだ?」
「……? どの程度ってどういうこと?」
燦が小首を傾げた。
「
「うん。それで合ってると思う」
燦と顔を合わせて、月子はこくんと頷いた。
「ええ。そうですね」
年少者二人にかなたが続く。
「私たちの学校でも同じ認識で習っています。彼らには知性はあっても心がない。肉体はおろか、精神まで化け物となってしまった危険な怪物が
そう説明してから、エルナと刀歌に目をやった。
二人とも同意の首肯をした。
「芽衣さん」次いでかなたは芽衣の方を見やる。「
「こっちも大体同じ認識だよォ」
芽衣が答える。
「まあ、
と、頬をかいて苦笑も零した。
これが世間一般での認識とも言えた。
「……そうか」
それを聞いて、桜華は小さく嘆息する。
今の会話に一人だけ参加しなかった六炉を見やると、視線が重なる。
六炉は「ん」と神妙な面持ちで頷いた。
どうやら彼女だけは
天堂院家で教えられていたのか、それとも真刃から聞いたのかは分からないが。
「あの男のことを話す前に、まずは『名付き』とは何なのか。その在り様と本性を正しく伝えた方がよさそうだな」
そして桜華は語り始めた。
かつて真刃が餓者髑髏自身から聞き、彼女も知ることになった事実を。
名付き我霊たちのあまりにも身勝手な在り様を。
流石に、六炉以外のメンバーも徐々に顔色を変えた。
そうして、
「それが自分の知る奴らの行動理念だ」
桜華はようやく一息ついた。
「中には生粋の殺人者もいるそうだが、ほとんどの名付きは生き足掻くために化け物を演じる化け物もどきだ。知性もなく三大欲求のままに人を襲う下級我霊を化け物と呼ぶのならば、もはや本物の化け物よりも
そこで過去に想いを馳せながら遠い目をする。
「これから話す事件を聞けばより強く実感するだろうな。かつて自分と久遠が体験した、あの男が引き起こした事件についてだ」
一拍おいて、
「時に刀歌」桜華は刀歌を見やる。「剛人は息災か?」
「え? 剛人?」
刀歌は、唐突に出てきた自分の幼馴染の名にキョトンとした。
「えっと、元気です。今は私と同じ学校に通っています」
「そうか」
桜華は微苦笑を零した。
「あの子とも久しく会っていないな。一度、元気な顔を見たいところだ。ともあれ、この話は剛人の家系である金堂家にも深く関わる話だ」
一呼吸入れて、
「今から話すのは、かつて自分が所属した『陰太刀』に記された事件。通称、『黒田事案』と呼ばれていたものだ」
全員が真剣な面持ちになった。
そうして桜華は語り始める。
あの怪物が演出した百年前の惨劇を――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます