第361話 覚悟の時②

 翌朝。

 フォスター邸の執務室にて。

 真刃は小さく嘆息してノートPCを閉じた。


 今朝の定例会議も終わったところだ。

 しかし、今日はいつもと趣が違う。

 獅童や武宮の強い進言もあって、綾香と千堂を呼び寄せることにしたのだ。

 目的は戦力増強だ。

 二人には餓者髑髏の宣戦布告は伝えている。

 詳細については、真刃の素性も含めて獅童の方からも事前に連絡してあった。

 百年前から続く因縁には流石に二人とも困惑した表情を浮かべていたが、


『……大概な半生を送ってるわね。貴方って』


『はは、そやな。けど、道理で久遠君の素性が全く探れんはずや』


 そこは混沌の魔都・強欲都市グリード引導師ボーダーたち。

 あり得ない事象や不条理な事態など幾らでも経験している。

 時間操作も非常にレアとはいえ確認されている術式だ。

 ならば、時間停止も決して不可能ではないと二人とも納得していた。


 そして肝心の宣戦布告に対しては、綾香の方がかなり乗り気になっていた。

 キングが過去から来た人間であることなどどうでもいい。

 重要なのは今である。


 伝承に名を残す七つの邪悪の一角。

 かつてない強大な敵だが、それを打ち倒した時の名声は計り知れない。

 強欲都市の王グリード・キングの名を国内外に広く知らしめて不動のモノにすることだろう。

 当然、その代行者の名もだ。


『誰も成し遂げたことのない千年我霊エゴスミレニアの討伐。面白いじゃない』


 不敵に笑って、綾香はそう告げた。

 一方、千堂はやれやれと扇子を広げて、


『ここで万が一にでも久遠君を失ってもうたら、ようやく成った強欲都市グリードの平定も元の木阿弥やしなあ。微力ながらも協力させてもらうわ』


 と、承諾した。

 ただ、最精鋭チームの選出と、強欲都市グリードの統括を地区長エリアリーダーたちに一旦預ける必要があるため、彼女たちの出立は二週間ほどかかりそうだった。


「…………」


 真刃は双眸を閉じて、背もたれに体重を預けた。

 十数秒の沈黙。

 すると、おもむろにドアがノックされた。

 真刃は瞳を開けて「入っていいぞ」と告げる。

 ドアが開かれた。


「会議はもう終わったのか?」


 そう告げて入ってきたのは私服姿の桜華だった。

 ゆっくりと歩き、執務席の前で止まる。


「ああ。先ほど終わったところだ」


 真刃は頷いた。


「そうか」桜華は肘に片手を添えた。


「自分の方も、昨夜エルナたちに黒田事案の話を教えた」


「……黒田事案か」


 小さく嘆息する真刃。


「この時代に来て、つくづくえにしとは繋がっているものだと実感したな」


「……そうなのか?」


 桜華は双眸を細めた。


「いや、そうかもな。多江の金堂家も健在だしな」


「ああ。それならすでに会ったぞ」


 真刃は苦笑を浮かべた。


「名は金堂こんどう剛人ごうとだったか。あの二人の面影を持つ少年だった。ああ、それと桜華。聞き覚えはないか。『武宮』という名前に」


「……武宮?」桜華は眉をひそめた。「いや、聞き覚えはないな」


 それに対して、真刃は「そうか」と再び苦笑を零した。


「お前にとっては百年も前のことだしな。憶えてなくても仕方がない。それにオレにしてもお前にしても直接の面識があった相手ではないしな」


 一拍おいて、


「黒田事案の犠牲者の一人だ。槍使いの青年だったそうだ。狼覇が看取ったということでオレはその名を聞いていた。死に際に受け取った彼の遺言を、とある女性に伝えるのにオレも立ち会っていたのだが……」


 そこで真刃は双眸を細めた。


「知っておるか? 今の近衛隊に『武宮』という名の男がいることを」


「……ああ。それは知っている」


 桜華は頷いた。近衛隊の中で芽衣、獅童に次ぐ人物だ。

 話によると、彼こそが最初に傘下に入った男らしい。

 そこまで思い出して、桜華は「……まさか」と唇を動かした。


「いや、残念ながら血縁ではない」


 真刃はかぶりを振った。


「だが、全くの無関係でもないようだ。武宮には兄がいたそうだが、二人とも赤子の頃から施設で育ったらしい。『武宮』の姓は施設の支援者の一人から貰ったそうだ」


 執務席に肘をついて「ふ」と笑う。


「その支援者は古い槍術道場の道場主だった。武宮兄弟は、その道場で幼い日から槍を習っていたとのことだ」


「そんなことが……」


 桜華は少し驚いた顔をしていた。


えにしとは不思議なものだ」


 再び背もたれに体重を預けて、真刃は天井を見上げた。


「まあ、あの道化との因縁は全くもっていらんのだがな」


「……久遠」


 桜華は真刃を見つめた。


「天堂院家にはどう応対する気だ? この件を持ちかけるのか? 総隊長殿なら力を貸してくれるとは思うが……」


「……今は伝えるつもりはない」


 淡々と真刃は答える。


「六炉を妻にした以上、いずれは総隊長とは会うつもりだ。だが、今はまずい。正直なところ、不安要素が多すぎるのだ」


「不安要素?」


 反芻して、桜華はすぐに思い当たった。


「……お前の父親の名を名乗る男のことか」


 神妙な声でそう呟く。

 久遠刃衛については桜華も昨日の内に聞いていた。

 真刃は、真剣な表情で「ああ」と頷いた。


「『久遠刃衛』が天堂院家にいかなる根を張っているのかが分からぬからな。あの道化相手に不確かな要因を抱えたまま挑むのはあまりにも悪手だ」


 あの怪物は、真刃が唯一勝てないかもしれないと危惧した相手である。

 不安要素など抱えていては致命傷にも繋がりかねない。


「……そうか」


 桜華は納得する。が、すぐに険しい表情を見せて、


「では、火緋神家の方はどうする?」


 火緋神家には山岡を通じて報告されることだろう。

 ならば、当然、参戦してくるはずだ。


「山岡には一旦口止めをしている。事が事だけにな」


 真刃は小さく息を吐いた。


「とはいえ、山岡の本来の忠義は火緋神家……燦の父親にある。今はこちらの事情を配慮してもらっているが、そう長くは義理立てしてはくれんだろうな」


「……そうか」


 桜華は視線を逸らした。

 数瞬ほど沈黙する。と、


「今は強力な力が必要な時だ」一呼吸入れて、「そして神威霊具・・・・とは、本来、千年我霊に対抗するために生み出された霊具だと伝えられている。だから久遠」


 桜華がグッと強く拳を固めた。

 そして、


「お前に聞きたい。お前は火緋神杠葉をどうするつもりなのだ?」


 そう尋ねた。


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