第239話 雪解けの夜④

 同時刻。


「……あなたは」


 フォスター邸のリビングにて、エルナが問う。


「一体、何者なの?」


 問いかける相手は、当然悪魔デビルだ。


「ふむ」


 悪魔デビルはあごに手をやった。


「私が何者なのかはよく聞かれる質問なのだが、私自身答えにくいのだ。だから代わりにここに来た目的を告げよう。まずは」


 再び恭しく頭を垂れた。


「改めてお初にお目にかかる。壱妃・エルナ=フォスター殿」


 次いで、二刀を携えるかなたを見やり、


「弐妃・杜ノ宮かなた殿」


 次に、隙なく炎刃を構える刀歌の方へと視線を移し、


「参妃・御影刀歌殿。それと妃ではないが、篠宮瑞希殿もよろしく」


 刀歌の隣にいる瑞希にも一礼する。

 それから、警戒して髪から発電する燦の方へと目をやり、


「肆妃『星姫』・火緋神燦殿。その対となる……」


 最後に緊張した様子の月子へと視線を向けた。


「肆妃『月姫』・蓬莱月子殿。壱から肆の妃たち」


『……てめえ』


 その時、かなたのチョーカーに宿る赤蛇が口を開いた。


『マジで何モンだ? 妃たちの称号は言ってみりゃあここだけで通じるローカルルールのようなもんだぞ』


「クワクワクワ」


 悪魔デビルは笑う。


「何度も言っただろう。赤蛇よ。私は全能ではないが全知なのだ。例えばこのようなモノを見つけ出すのも容易い」


 言って片手をかざした。

 すると、掌の少し上に三つの宝玉が現れた。

 黒、赤、蒼の宝玉だ。宝玉はゆっくりと円を描いて宙に浮いていた。

 エルナたちにはそれが何か分からなかったが、


『赤蛇兄さん! あれって!』


 刀歌のリボン――参妃の専属従霊である蝶花が騒ぎ出した。


『なん、だと……』


 赤蛇も茫然とした声で呟く。


『まさかそいつは従霊五将……赫獅子の兄者たちか!』


「ふむ。すぐに気付いたか。流石は同じ従霊だな。しかし」


 悪魔デビルは困惑するエルナたちに目をやった。


「妃たちはまだよく分かっていないようだ。少し説明しよう」


 言って、回転する宝玉を少し高く掲げた。


「これらは従霊五将が封印された宝玉だ。最古の従霊にして長でもある猿忌を除けば最強の従霊たちである」


「……従霊五将?」


 かなたが眉をひそめた。


「本当なの? 赤蛇」


『……ああ』


 赤蛇が認める。


『オレや蝶花とは違う世代・・・・の従霊だ。とある理由で封印されてたのも事実だ。それを今回探し出すのが、ご主人の出張の目的の一つだったんだが……』


 しゅるりとかなたから離れ、赤蛇は蛇の姿になるとソファーの背もたれに移動した。


『なんでてめえが兄者たちの封印球を持っていやがる?』


「私が頑張って回収したからに決まっておろう」


 大きな溜息をついて、悪魔デビルは語る。


「凄く苦労したぞ。私は全知だが全能ではないからな。見つけるのは簡単でも取りに行くのは大仕事だった。本当にしんどかったんだぞ。だが、それもこの日のためだ」


 そう告げると、宝玉が動き出した。

 まずは蒼い宝玉。それが宙を飛び、月子の元へと行く。


「え? え?」


 月子は困惑しつつも、両手で宝玉を受け取った。


「五将が一角。月夜に輝く蒼き風の狼。名は狼覇。今日よりお前の専属従霊だ」


「……え?」


 月子は目を見開いた。

 次いで、赤い宝玉が飛翔する。


「え? わっ、わっ!」


 それを受け取ったのは燦だった。


「五将が一角。道を極めし紅き獅子僧。名は赫獅子。お前の専属従霊だ。そして」


 最後の黒い宝玉が飛んだ。

 それは、エルナの元だった。

 眉をひそめつつも、エルナもそれを受け取った。


「五将が一角。九里を駆ける黒き飛龍。名は九龍。お前の専属従霊である」


『……どういうつもりだ。てめえ』


 赤蛇が訝し気に問う。


『わざわざ兄者たちを見つけて届けてくれたってことか?』


「いかにも」


 悪魔デビルは誇らしげに頷く。


「今日は妃たちにご挨拶に来たのだ。ならば手土産を持ってくるのは当然であろう」


 一拍おいて。


「とは言え、弐妃と参妃にまでは手土産を用意できなかったのは不備だな。いっそ有名な饅頭やチーズケーキでも良かったか。まあ、それにしても――」


 そこで刀歌をじっと見やる。


「……何だ? 私の顔に何かついているのか?」


 炎刃を向けて刀歌が尋ねる。と、


「いやなに」


 悪魔デビルは「クワクワ」と鳴いた。


「本当によく似ていると思ってな。似ているという話では火緋神燦の方もだが、まだ幼いがゆえに面影も少し薄い。彼女たちはどちらかと言えば姉妹か母娘のようだな。だが、お前たちの方は雰囲気までよく似ている」


「……私が誰に似ているのだ?」


 警戒しつつさらに尋ねる刀歌。

 すると、


「決まっているだろう。御影刀一郎にだ」


 悪魔デビルはその名を口にした。赤蛇と蝶花は硬直した。

 刀歌も驚き、目を見開いた。


「お前! ひいお爺さまのことを知っているのか!」


「え? 刀歌のひいお爺さん?」


 唐突に出てきた人物にエルナは目を丸くした。

 他のメンバーも刀歌に注目していた。

 刀歌は困惑しつつも説明する。


「御影家では有名な方なんだ。御影家の中興の祖で剣神とも謳われていたお人だ。ひいお爺さまと呼んだが、実際は私の曾祖父の兄に当たる方でな。幼い頃、私も剣の指導を受けたことがある。九年ほど前に行方不明になられたのだが……」


「いや待て。それは一つ間違えているぞ。御影刀歌よ」


 手を振って刀歌の言葉を遮り、悪魔デビルが言う。

 全員の視線が今度は悪魔デビルに集まった。


「訂正しておくが御影刀一郎は男ではないぞ。女性だ」


「………は?」


 刀歌が目を丸くした。


「彼女は訳あって男として育てられたのだ。本当の名は――」


 と、悪魔デビルが意気揚々と語ろうとした時、


『――てめえはッ!』


 怒号が響く。次いで驚くべきことが起きた。

 突如、赤蛇の体が大きく膨れ上がったのである。

 その姿はさらに変化する。蛇体は筋肉質な人間の姿に、全身の鱗は赤い龍鱗の胴当てスケイルアーマーへと変わった。頭部には顔の半分を覆う蛇骨の兜。肩には長大な蛇腹剣ガリアンソードを担いでいた。

 まるで古代の剣闘士グラディエーターである。

 かなたでさえ見たことのない赤蛇の本気の戦闘形態だった。

 誰もがギョッとする中、赤蛇が叫ぶ!


『どこまで知ってやがるんだ! マジで何モンだッ!』


「――こわっ!?」


 対する悪魔デビルまでギョッとしていた。

 思わずその場で跳ね上がる。

 と、その時だった。


「それは捕えてから聞きましょう」


 淡々とした声でそう宣告したのは山岡だった。

 息を潜めて気配を消し、少しずつ間合いを詰めていたのだ。

 そして悪魔デビルの意識が赤蛇に集中したこの瞬間に、彼は渾身の崩拳を繰り出した!

 その剛拳は悪魔デビルの体を撃ち抜くが、


「――ギョワァッ!?」


 と、悲鳴を上げさせることは出来ても手応えはない。

 代わりに悪魔デビルの体は、ボロボロと黒炭のように崩れていった。


「………く」


 山岡は舌打ちした。いつぞやと同じ現象だ。


「むむむ。やはり怖い一般人だ」


 すでに下半身が崩れた状態で悪魔デビルは呟く。


「まあよい」


 それから肩を竦めて、


「すでに目的は遂げた。五将は久遠真刃が魂力を注げば目覚めるだろう。とりあえず早めに目覚めさせることをお勧めする。特に火緋神燦」


 悪魔デビルは燦を指差した。

 唐突な指名に燦は「ふえっ!」と驚いた。


「お前には特に護衛がいる。なにせ、彼女・・にとってお前は相当目障りな存在だろうしな」


「あ、あたし? 何の話?」


 燦がそう尋ねるが、悪魔デビルは「クワクワ」と鳴くばかりで答えない。


「まあ、頑張れ」


 最後にそう告げて悪魔デビルの体は完全に崩れ、宙空へと消えた。


「何だったのだ? あいつは?」


 刀歌が困惑した声を零す。

 他の者たちも口にはしないが、同様に困惑した様子だ。

 燦と月子は、手渡された宝玉をまじまじと見つめていた。

 それはエルナも同様だった。


(……真刃さん)


 手に納まった黒い宝玉を見つめて、妃の長は思う。


(一体、いま何が起きているの?)

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