第288話 朝を迎えて②

 ――あのね。

 年上の女性は尋ねる。

 ――《魂結びの儀ソウルスナッチ・マッチ》ってどんな感じだった?


 その台詞を聞いて。

 月子は数瞬ほどキョトンとした。

 一方、芽衣は言葉を続ける。


「えっとね、昨日の夜は燦ちゃんの番だったでしょう? これでウチってみんなの中で一人だけシィくんと《魂結びソウルスナッチ》をしてないことになったでしょう?」


 ポリポリと頬を掻く。


「ウチ、隷者ドナーはいるけど、ウチ自身が隷者ドナーになった経験はないんだ。シィくんとの《魂結びソウルスナッチ》は特別だって話だし、ちょっと気になってェ……」


 そう告白した。

 月子はそんな芽衣を、瞳を見開いて見つめていた。


「……《魂結びソウルスナッチ》?」


 と、ポツリと呟く。

 そうして、

 ――ボンッ!

 突然、月子の顔が真っ赤になった。

 芽衣が「へ?」と目を丸くすると、


「ひゃ、ひゃあああああああああああああ――っ!?」


 月子が絶叫を上げる!

 次いで、両頬を強く押さえてプルプルと震え始めた。


「つ、月子ちゃん?」


 芽衣はおろおろと動揺する。


「え? なんなん、その反応? 月子ちゃんの《魂結びソウルスナッチ》ってまだ第一段階だよね? エッチなしのやつよね? え? ま、まさか――」


 そこで、ハッとした表情で口元を両手で押さえた。


「うそおっ!? もしかして第二段階までいったん!? マジでっ!? それは無茶やん! 無茶すぎるやん! モラル的な話もあるけど――」


 少し顔色が青ざめる。


「だってシィくんって、エッチの時も凄く優しいけど、あっちの方はもう性格の反比例かってぐらい怪獣やん……」


「……へ? 怪獣……?」


 キョトンとして反芻する月子に気付かず、芽衣は独白を続ける。


「絶対あれは明治生まれの人のとちゃうよ。ムロちゃんも言ってたけど、初めての時はもう息が止まるかってぐらい大変やったし、今でもドキドキするし、少し動いただけで声が零れちゃって頭の奥の方がこうチカチカと……」


 赤裸々にそんなことを呟く。

 耳まで赤くなった芽衣は、視線を逸らしつつ指先を「あうゥ」と噛んだ。


「と、とにかく、ウチらでもそんなんなんよ。正直に言って、エルナちゃんたちが十六歳になったらっていう話も、せめて十八歳ぐらいまでは待った方がいいって、ウチもムロちゃんも思ってるのに、まさか月子ちゃんが先に――」


「――ち、違いますよっ!?」


 月子は涙目になって叫ぶ!


「ひょ、ひょれはまだですから!」


「へ? そうなん? 良かったぁ」


 ホッと大きな胸を撫でおろす芽衣。

 が、すぐに小首を傾げて。


「え、けど、なら、なんでその反応?」


 そう尋ねる。

 すると、月子はますます赤くなって、頬を押さえたまま俯いてしまった。


(……はうゥ……)


 月子の脳裏に、あの夜のことが蘇る。

 ガチガチに緊張した状態で真刃の部屋に訪れた夜。

 少し怖いので膝の上に乗せて欲しいとお願いして、それから魂を繋げた。

 事前にエルナたちから聞いていた通り、魂力が注がれるほどに全身が熱くなった。特に下腹部には何かが宿ったかのような熱量だ。

 切なげな吐息を零す月子の背中を、真刃は何度も優しく叩いてくれていた。


 鼓動と想いがどんどん高まっていく。

 真刃の腕の中で、月子は熱を帯びた眼差しで真刃の顔を見上げた。

 エルナたちから聞いていた呼吸困難までは起こらない。

 真刃が注ぐ魂力の量を調整してくれているからだ。


 それを少し残念・・に思う。

 けれど、月子は弐妃から、こっそりとアドバイスを受けていた。


『呼吸困難は言わば自己申告です。少しでも苦しければ……後は分かりますね?』


 月子の顔がより赤くなる。

 その赤さは儀式のせいばかりではない。

 月子は覚悟を決めて、弐妃のアドバイスを実行しようと思った。

 先程から心なしか息も苦しい。うん。苦しいのだ。

 月子は真刃の肩を強く掴んだ。

 だが、その時だった。

 熱に浮かされていた彼女は、とんでもないことをやらかしてしまったのである。


『……お父さんパーパ


 ――と。

 真刃をそう呼んでしまったのである。

 真刃は『なに?』と少し驚いた顔をしたが、


『そうか……』


 そう呟いて、穏やかな眼差しで月子の髪を撫でた。

 その後、お父さんモードに入った真刃が途方もなく優しくなったのは言うまでもない。

 もうその夜は充分すぎるほどに甘やかされる事となり、それはそれで幸せを感じたが、次の日の朝、月子はあまりのショックにしばらく身動きもとれなかった。

 真刃が朝から仕事テレワークで、すでに部屋を留守にしていたのは本当に幸いだった。


『……お父さんパーパって……ふああっ、ふああああああ――っ!?』


 枕の下に頭を隠して、両足をバタバタと激しく動かした。


 あり得ない。

 これは妃としてはあり得ない大失態である。


 思い出しただけで悶絶してしまうのも仕方のないことだった。

 これだけは絶対に一生の秘密にしようと、心に誓った月子だった。

 ちなみに、月子が敬愛する弐妃もまた全く同じ失態をしたことがあるのだが、それはそれで弐妃の一生の秘密であった。


「え、えっと、月子ちゃん?」


 と、芽衣が月子の顔を覗き込んで呼ぶ。

 月子は未だ真っ赤な状態だったが、


「と、とにかくでふ」


 気持ちだけは奮い立たせて告げる。


「そ、それに関してはノーコメントですから」


「……えっと」


 芽衣は少し困惑した様子だったが、


「うん。分かったよォ」


 そこは年上の大人。

 何かの事情を察して深く追及しないでくれた。


「とりあえずね」


 芽衣は、ニコッと笑って言葉を続ける。


「月子ちゃんって第一段階は結べてるんだよね? なら訓練しよ。系譜術クリフォトありの。ウチも《DS》を使ってもいいかな?」


「は、はい」


 話題を変えてくれたことに感謝しつつ、月子は頷く。


「少し待ってください」


 そう告げて、虚空から反羊反の手袋グローブを取り出して装着した。

 グッ、パッと拳を作ってみる。

 その間に芽衣も《DS》を使い、強欲都市グリード戦時以来の模擬象徴デミ・シンボルの姿になる。

 全身を覆う桃色の体毛に、ネコのような耳と長い尻尾。

 巨大な球体に四本の爪を立てた棍を床に突く。


 そうして、


「じゃあ芽衣さん」


 すっと拳を突き出す月子に、


「うん。始めっよかぁ」


 芽衣は爪棍を構えて応えた。

 その後、肆妃・『月姫』と伍妃の訓練は、三十分ほど続くのであった。








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