第267話 それぞれの対峙④
場所は変わって月華の世界。
力尽くと宣告する桜華に対し、不快そうに眉をしかめたのは刀歌だった。
「……言ってくれたな」
そう返して、刀歌は触媒の柄を手に九龍の背中から跳び下りた。
膝を屈めて、トンと軽やかな様子で着地する。
「私こそ知りたい。お前は何者だ?」
言って、熱閃の刃を向けて桜華を問い質した。
桜華はそんな勇ましい少女を一瞥した。
そうして、
「なるほどな」
微かな笑みを見せる。
「それなりの修練は積んでいるようだな。刀歌」
「……なに?」
刀歌が眉根を寄せる。
「どうして私の名を知っている?」
そう尋ねると、隣からトン、トンと二度着地音がした。
エルナとかなたも九龍から降りたのだ。
「待って刀歌」
エルナが刀歌の腕に手を添えて声を掛ける。
「まずは話をしましょう。彼女の話を聞きたいわ」
「私もそちらの方がいいと思います」
かなたも口を開く。
「こちらの方は私たちの知らないことを知っているようですから」
そう告げて、桜華を見据えた。
桜華は数秒ほど無言だったが、不意に口元を綻ばせた。
そして顔を上げて。
「九龍」
宙に浮かぶ黒龍へと呼びかける。
「いささか興味を抱くことが出来た。正直、お前に問い質したいことは山ほどあるからな。それだけに恐らく混み合った話になるだろう」
『………ガウ』
九龍はやはり答えに迷っていた。
桜華は、視線を黒龍から少女たち――特に刀歌へと向けた。
「九龍とはゆっくり話をしたい。ゆえに先にこちらを試させてもらおう」
一拍おいて。
「少女たちよ。名は何と言う?」
そう尋ねた。
刀歌は眉をしかめるが、改めて「御影刀歌だ」と答えた。エルナも「エルナ=フォスターよ」と続き、かなたも「杜ノ宮かなたです」と名乗った。
「……そうか」
桜華は小さく頷く。と、
「お前たちの実力に興味がある。特に今代の御影。今の刀歌の力量にはな」
そこで少し優し気な眼差しを刀歌に向ける。
「お前が今日までどれほどの修練を積んできたのか。それを直に確かめたくなった」
言って、静かにヒヒイロカネの宝剣を薙いだ。
直後、
――ゴウッ!
柄だけの宝剣は黒い熱閃を噴き出した。
「……《
自分の触媒の柄を強く握り、刀歌が独白した。
(……やはりこの女は)
双眸を細める。
自分によく似た容姿。九龍が『御影』と呼んだこと。そして何より手に持った触媒の形状から半ば確信していたが、予想通り……。
「お前は御影一族の者なのか」
「ああ。その通りだ」
桜華は鷹揚に頷いた。
「すでに捨てた名前だがな。ああ。すまない」
そこで不意に謝罪する。
「『私』もまだ動揺しているようだ。名乗りは『私』からすべきだったな」
一拍おいて、彼女は名乗った。
「『私』の名は久遠桜華という」
一拍の間。
刀歌も。エルナも、かなたも一瞬その名を聞き落としそうになった。
「……久遠だと? お前……」
刀歌が、紅い熱閃を桜華に向けた。
明らかに敵意を乗せた眼差しだった。
「その名を私たちの前で名乗る意味が分かっているのか?」
「……なに?」
これには桜華が眉をひそめる。
見れば、エルナと名乗った異国の少女と、黒髪の少女も似たような眼差しを見せている。黒髪の少女など、スカートの中に隠していたらしい物騒なハサミまで取り出している。
「……あなた、本当に何者なの?」
エルナが問う。
「……その、もしかして
続けて、桜華の知らない名で尋ねてくる。
その時は何故か敵意よりも困惑の方が強い様子だったが。
桜華は少しだけ眉をひそめた。
(……『久遠』の名に因縁でもあるのか?)
と、そんな疑問を抱いた時。
『……思い出した』
不意に、刀歌のリボンが震えて語り出した。
『桜華。そう。久遠桜華だよ。確かそんな名前だった。昔、
「……は?」
刀歌が目を剥いた。
が、それ以上に驚いたのは桜華の方だった。
……久しぶりだった。
一体、何年――いや何十年ぶりだろうか。
自分以外の口からあいつの名前を聞いたのは。
それだけで鼓動が高鳴る自分がいた。
(……落ち着け)
小さく息を吐く。
いま気に掛けるべきことは、その事実を知られていることだった。
もうその事実を知る者など一人もいないというのに。
やはり九龍だけでなく、あれもまた従霊ということなのか――。
……グッと。
桜華は強く宝剣の柄を握りしめた。
「……お前たちにも話を聞きたくなったな」
鋭く双眸を細める。
「まァいい。すべては後でだ。では少女たちよ」
一拍おいて、黒い熱閃を薙ぐ。
宙を舞っていた幾つかの花びらが燃え落ちた。
そうして、
「話の前に少し稽古をつけてやろう。三人揃ってかかってくるがいい」
剣の極致に至った者はそう告げた。
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