第215話 強欲都市➂

(……騒がしい場所だ)


 闘技場に立ち、グレイは思う。

 周囲に目をやる。

 封宮によって造られた異相世界。夜空の中に観客席が浮いている。

 さらに、空中にはビッグモニターが幾つも展開され、様々な角度からグレイの姿を映し出していた。直に見る以外にも出場者の姿が追える仕様なのだろう。

 壮大なモニターで自分の姿が映し出されるのは、何とも落ち着かなかった。


(……封宮メイズか)


 便利な術だとは思う。

 こんな奇妙な世界など、現実に構築するのはとても不可能だ。

 宙に浮く観客席など、どのような力が働いているのかも分からない。

 しかし、この術は、極めて魂力の消耗が激しいとのことだった。

 戦闘には向いていないというのが、グレイの結論だった。

 事実、封宮メイズを専門的に使用する封宮師メイザーが単独で我霊エゴス討伐に出向くという話はほとんど聞いたことがない。彼らの役割は、あくまでサポートという話だった。

 戦う者は別の者。人払いの術の上位互換。完全なる隠蔽と地の利を得るのに特化した結界を造り上げるのが彼らの能力である。

 そういう意味では、この場はまさに封宮師メイザーの本領発揮といったところか。


(まあ、封宮師メイザーのことは気にしなくてもいいか)


 と、考えていた時。

 夜空の星が輝き、三つの光の柱が闘技場に降り立った。

 そこからは二人の男と一人の女が現れ出た。


「「「おおおおおおおおおおおお―――ッッ!」」」


 観客席から盛大な声が上がった。

 察するに、彼らが自分の対戦相手のようだ。


「……てめえ、グレイじゃねえか」


 男の一人が、怪訝な様子で問う。

 身長は百八十ほど、歳は十八ぐらいか。まだ少年と呼べる歳だ。

 ダボ付いた服を着た髪の長い金髪男である。

 見たことがある。半グレ系チーム・《是武羅ゼブラ》の幹部だ。

 確か総長の弟だったか。


「はン。てめえがブラマンに出るとはな」


 金髪少年は、ニタリと笑った。


「いい機会だ。ここでてめえを潰してやんよ」


「…………」


 グレイは無視をする。こんな小物に興味はなかった。


「……てめえ」


 眼中にも入れられていないことを感じ取り、少年が額に青筋を浮かべた。

 詰め寄ろうとするが、その前に。


「あらあら。可愛いお顔ねェ」


 グレイに詰め寄った者がいた。

 出場者の一人。身長は百五十後半ぐらいで小柄。二十歳ほどの美女である。

 腰まで伸ばしたボリュームのあるふわりとした長い栗色の髪に、艶やかなピンクの唇。少し垂れ目がちの大きな瞳が印象的な人物だった。人並み以上の大きな双丘を強調するような、ピンク色のベビードールタイプのドレスを纏っている。

 彼女はしゃがみこんでフードを深くかぶったグレイの顔を覗き込んでいた。


「うん。そろそろ強い子も欲しいと思ってたのォ。君なら合格だよォ。ねえ、ボク。ウチが勝ったらウチの隷者ドナーにならないィ?」


 甘ったるい声でそう告げる。


「折角だから、ウチとここで《魂結びの儀ソウル・スナッチ・マッチ》をしようよォ」


「……おい」


 金髪少年がドスの利いた声を吐く。


「てめえ。《夜猫ナイトウォーカー》の家名なしの芽衣か? 噂通りのショタ食いかよ」


「ひっどォい。ウチはただ可愛い男の子が好きなだけだもん。それより武宮君だっけ? 君らのチームの噂も知っているよォ」


 芽衣と呼ばれた女性が、武宮と呼んだ少年を見据えて目を細めた。


「こないだも他県そと引導師ボーダーの学校の生徒を攫ったんでしょうォ? ひっどォい。今夜賭けてる女の子たちってその子たちィ?」


「……さあな」


 武宮は、少しだけ不快そうに眉をしかめた。


「……別に掛け金ベットの素性なんてどうでもいいだろ? それにあいつらは掛け金ベットにはならねえよ。これに勝ったら俺が貰うってことで兄貴と話をつけてるからな」


「ふ~ん。そう。まあ、その子たちはウチが勝って貰うことになるけどねェ」


 芽衣はしゃがんだまま、あごを両手で支えた。


「君らの悪行はどうでもいいよォ。強欲は引導師ボーダーの流儀だもんね。手段も自由だよォ。けど、だったらウチがこの子と《魂結びの儀ソウル・スナッチ・マッチ》するのもいいでしょうォ?」


「……ああ。それは俺も同感だな」


 芽衣の問いかけに同意したのは、武宮でもグレイでもなかった。

 最後の出場者。三十代半ばほどの巨漢である。

 身長は武宮よりもさらに高い。百九十台はあるだろうか。

 膨れ上がった筋肉で今にもはち切れそうな白い紳士服に、サングラス。オールバックの髪に獅子鼻が印象的な人物だった。

 いつしか、その男も近くに寄っていた。


(……こいつは)


 グレイは双眸を細めた。

 この男が一番ヤバい。直感でそう感じた。

 ――ボッと。

 白い紳士服の大男は、煙草に火を点けた。


「確かに強欲は引導師ボーダーの流儀だ。《魂結びの儀ソウル・スナッチ・マッチ》。いいじゃないか」


 夜空に高く陣取るVIP席に目をやった。


「興味本位でガキのお遊びに付き合ってやったが、それだけではつまらんしな」


 紫煙を吐く。


「勝者は掛け金ベットの総取りらしいが、用意された隷者ドナーや金だけでは所詮はお遊び止まりだ。物足りん。どうせならすべてを賭けてみないか?」


「……俺らと《魂結びの儀ソウル・スナッチ・マッチ》をしてえってか?」


 武宮が、剣呑な眼差しで男を見据えた。

 大男は「ああ」と応えた。


「予想より粒ぞろいだったからな。だが俺は限られた隷者ドナー枠を男に使う気はない。《是武羅》の武宮宗次。《灰色狼グレイウルフ》。お前らにはうちの兵隊になってもらう。そして《夜猫ナイトウォーカー》の芽衣」


 煙草の灰を地に落とす。


「お前は魂力オドが183もあるそうだな。美貌もスタイルも申し分ない。喜べ。お前は俺の隷者イロにしてやろう」


「あらぁ。自信満々ねェ」芽衣は目を細めた。「ウチに勝てる気ィ?」


「勝てるさ」


 淡々と大男は言う。


「無論、お前らにもな」


 サングラスの奥で双眸を細め、武宮とグレイにも視線を向ける。


「言ってくれるじゃねえか、おっさんよ」


 武宮は、ゴキンと拳を鳴らした。


「売られた喧嘩だ。爆買いしてやんよ」


「うん」


 芽衣はゆっくりと立ち上がった。次いで大きな胸を揺らして背伸びをする。


「ウチもいいよォ。こういう人、放置するとしつこいからぁ」


「そうか」


 白い紳士服の大男は、ふっと笑った。

 それからグレイの方を見やる。


「お前はどうだ?」


「……好きにすればいいさ」


 と、グレイは返す。

 こんなもの茶番劇だ。心底どうでもよかった。

 大男は「承諾と見なすぞ」と告げた。

 と、その時だった。


『――うおおおッ! 待たせたなあッ! お前らッ!』


 唐突に声が響いた。

 主催者である《黒い咆哮ハウリング》のリーダーの声ではない。

 この血戦の月曜日ブラッディ・マンデーの名物司会者だ。


『血が沸き、血が跳び、血に染まる!』


 一拍おいて、彼は宣言した。


『さあ、今宵も血戦の月曜日ブラッディ・マンデーの始まりだッ!』

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