第214話 強欲都市②

 ――血戦の月曜日ブラッディ・マンデー

 そう呼ばれるイベントが強欲都市グリードにはある。

 毎月の第三月曜日の深夜一時。

 大闇市ブラックマーケットの一角にある決闘場アリーナで開催されるイベントだった。

 場所から察せられるように、その内容は決闘である。多額の金銭や稀少な霊具、もしくは複数人の隷者を賭けてバトルロワイアルを行うのだ。

 そこに出場するのは魔都・強欲都市グリードにおいて名を知られる猛者たち。

 大観衆の前で手の内を知られても歯牙にもかけない強者である。

 当然、このイベントは毎回大盛況だ。

 観衆たちも多額の賭けを行い、その夜だけで莫大な金が動く。

 主催者であるチーム・《黒い咆哮ハウリング》の最大の収入源でもあった。


 ――そう。今宵もまた。

 いや、かつてないほどに今夜は盛り上がっていた。


 ザワザワザワ……。

 どよめきと興奮が絶えない。

 男も女も入り混じって決闘場アリーナの客席を埋め尽くしていた。

 そんな古代闘技場コロッセオを思わせる決闘場アリーナの中央―闘技場にて。


『よう。人間のクズども』


 マイクを片手に、巨漢の男がそう告げる。

 年齢は二十代半ばほどか。

 逆立った金髪に、黒いレザーパンツと、レザージャケット。首元にはジャラジャラと金のネックレスをぶら下げている。割れた腹筋を見せつけるようにジャケットの下は素肌だ。

 ――《黒い咆哮ハウリング》のリーダー。名を鬼塚堂賀おにづかどうがといった。


『今夜も血が見たくなったか?』


 そう尋ねると、盛大なブーイングが沸いた。

 鬼塚は肩を竦めた。


『ふん。嫌われちまったか。正直すぎるのが俺の唯一の欠点だな』


 額に手を当てて嘆く様子を見せた。

 ブーイングはますます激しくなっていく。


『OK、OKだ』


 鬼塚は、指をパチンと鳴らした。


『そんじゃあ招待してやんぜ! クズども! 血戦の月曜日ブラッディ・マンデーの開催だッ!』


 右拳を天にかざした。

 直後、観客たちは立ち上がり、盛大な声援を上げた。

 そして世界が移り変わる。

 狭い地下の決闘場アリーナから、流星が飛び交う夜空が広がる世界へと。

 現実に重ねて生み出される異相世界。封宮メイズである。


 この世界こそが、血戦の月曜日ブラッディ・マンデーの真の舞台であった。

 展開された夜空の世界で観客席は宙へと浮かび、四方へと分断された。

 中央の闘技場はさらに拡大。広大な戦場となる。

 その場にいた鬼塚は腕を組み、夜空を漂っていた。

 すると、二人の少女が飛んできて彼の肩に触れた。

 年齢は十三歳ほどか。青と赤。髪の色だけが違う双子だった。

 二人はこの場には不自然な巫女装束だった。

 彼女たちが鬼塚に触れた途端、その場に観客席が創り出される。他の客席とは違う。玉座のような椅子があるVIP席である。

 鬼塚は優雅にその玉座に腰を掛けた。二人の巫女はその後ろに控えた。


 VIP席はさらに二つあった。円状に三者が対峙している配置だ。

 VIP席の一つには、奇しくもこちらも双子なのか、容姿がそっくりな和服の美女を二人控えさせた和装の男性がいた。年齢は三十歳ほど。細い目が印象的な人物である。

 彼は、扇子を片手に玉座に腰を掛けていた。


 そして、もう一つの玉座に腰を掛けるのは、美しい女性だった。

 胸元を大胆に開いた赤いイブニングドレスを纏う、長い黒髪の二十歳ほどの女性。

 身長は百六十ぐらいか。スレンダーな肢体に、紅を引く赤い唇。アイシャドーで協調される眼差しはとても冷たく、まるで氷のようだった。

 彼女は、妖艶な脚線美を見せつけるように足を組んでいる。

 彼女の後ろには、紳士服姿の精悍な男性が二人、後ろ手の姿で控えていた。


「へえ。珍しいな」


 二人を見やり、鬼塚は目を細めた。


「《崩兎月ほうげつ》の千堂に、《鮮烈紅華レッドリリィ》の綾香か。お前らまで観戦に来るとはな」


「……相変わらず無礼な男ね」


 綾香と呼ばれた女性が、不快そうに眉をしかめた。

 かなり離れていても、間近にいるかのごとく声が届く。


「私を名で呼んでいい男はお父さまだけよ。私のことは西條とお呼びなさい」


 と、西條綾香が告げる。


「――はん」鬼塚は鼻を鳴らした。


「名前にどんな拘りがあンのかは知んねえが、そいつは意味がねえな。なにせ、お前もいずれ俺の女になるんだからな。そん時は当然名前呼びだ」


「……言ってくれるわね」


 綾香が剣呑な眼差しを見せた。


「この血戦の月曜日ブラッディ・マンデー。あなたの血で染めて上げてもいいのよ?」


「ああ。そいつは手っ取り早いかもな」


 二人が眼光をぶつけ合う。と、


「ああ~、怖いなあ」


 不意に、第三者の声が割り込んできた。

 千堂と呼ばれた和装の男である。


「もうちょい仲良うできんの? これって月一のお祭りなんやろ?」


「……ふん」


 鬼塚は千堂に目をやった。


「千堂。お前が観戦するのは本当に珍しいな」


「アハハ。堂賀君」


 千堂は扇子を振ってケラケラ笑った。


「ボクの方は名前で呼んでもええで。晃君ってな」


 と、千堂せんどうあきらは言う。


「うっせえよ」


 一方、鬼塚は無碍もない。


「てめえとは同盟さえも御免だ。薄気味悪りい」


 そうは吐き捨てて、双眸を細める。


「何が目的だ。千堂。どうして今回に限ってブラマンに来やがった?」


「ああ~、それはきっと西條ちゃんと同じやで」


 口元を扇子で隠して千堂は言う。


「今回のブラマン。噂やと彼女が出てくるそうやないの」


 その台詞に、綾香は双眸を細めた。

 静かな眼差しで鬼塚を睨み据えている。

 鬼塚は玉座に背中を預け、ニヤリと笑った。


「ああ。事実だぜ」


 肯定した。千堂と綾香の表情が変わる。


「やっぱり、あの人を匿まとったんは鬼塚君やったんか……」


「彼女は今どこにいるのよ?」


「……ふん」


 鬼塚は、皮肉気に笑った。


「流石のお前らもあいつのことだけは気になるか。まあ、それも仕方がねえ」


 鬼塚は遠い目を向けた。


「あいつはすべての色を塗り潰す暴虐な白だ。あいつが初めて強欲都市グリードに現れたあの二週間のことを思えば、放置なんぞ出来るはずもねえか。だが」


 いつかは必ず俺の手に。

 鬼塚は、拳を強く握った。


「あいつには、ブラマンの最後にゲストとして登場してもらう予定だ」


「……なんや? あの人を客寄せパンダにしたんか?」


 千堂が、細い目をさらに細めて尋ねる。


「まあ、あの人の容姿なら客は呼ぶやろうけど、随分と陳腐な扱いやな」


 少し……いや、かなり不快そうにそう告げる。


「あなたの下衆な下心は知らないけど」


 一方、綾香も口を開いた。


「私は彼女を私のチームに迎えるつもりよ。同盟を組むわ」


「そんなことを俺が許すはずもねえだろ」


 鬼塚は言う。


「あいつが組するのは《黒い咆哮ハウリング》だ。それを見せつけるのが今夜のブラマンだ」


 さらに言えば、もう一つ。

 そう続けて、鬼塚は闘技場を指差した。


「見な。あいつが今夜のもう一人のゲストだ」


 途端、盛大な歓声が沸き上がった。

 夜空から光の柱が降り立ち、舞台に一人の引導師が登場したからだ。

 白いレインコートを纏う人物である。


「……驚いた」綾香が目を細めた。「あれって灰色グレイでしょう?」


「ああ。そうだ」


 鬼塚が頷く。


「最近名を上げ始めた《DS》使いだ」


「噂の孤高の狼ロンリーウルフ君やね」


 千堂が扇子で手を打って呟く。


「誰ともつるまへん、隷者ドナーさえもおらへんって話やったけど、そう言えば、彼もあの人にご執心って噂やったね。そんで今回でたんか」


「ああ。あいつを餌に呼び寄せた」


 鬼塚が指を組み、「ふん」と鼻を鳴らした。


「だが、潰すためじゃねえ。あの野郎もうちのチームに加えるためだ」


「ああ~。なるほど~」


 千堂が、パタパタと扇子で自分を扇いだ。


「むしろそっちが本命か。けど、そうなってくると、ボクと西條ちゃんってめっさ邪魔やね。鬼塚君にしてみれば『来んな、アホ!』ってとこなん?」


「あそこまで噂を広めて、私たちに動くなっていう方が無理でしょう」


 と、綾香が小馬鹿にしたように告げる。

 すると、鬼塚は、


「一つだけ言っとくぜ」


 自分と同格の二人の敵にこう語った。


「確かにお前らは余計なゲストだ。だが、来るならそれも構わねえつもりだった。そもそも俺はあいつをただの客寄せパンダにする気もなかったしな」


 そこで鬼塚は、レインコートの男に目をやった。

 彼女に執着する男の一人。間違いなく何かしらの行動を起こすはずだ。

 それもまた狙いの一つである。


「重要なのは、あいつが――《雪幻花スノウ》が舞台に立つことなんだよ。なにせ、あいつが表に出てきて何も起こらねえはずがねえからな」


 ふっと笑う。


「これは俺からの開戦の狼煙なんだよ。女王を擁する俺ら《黒い咆哮ハウリング》こそが、いま最も覇者の座に近いのさ。千堂。綾香よ」


 そして、鬼塚は言った。


「俺らが三強と呼ばれる時代はもう終わりだ。今夜、改めて思い知りな。俺が手に入れた女王の猛威って奴をな」

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