第四章 群雄開戦

第216話 群雄開戦①

 舞台は、大いに盛り上がっていた。

 誰もが闘技場に注目し、出場者たちに釘付けだった。

 その熱狂した眼差しは、まるで観客たち自身がこれから仕合うような熱気である。


『さあさあ! 今宵、現れた勇者は四人だッ!』


 そんな中、司会者は叫ぶ。

 同時に、宙に浮かぶすべてのモニターに武宮宗次が映し出された。


『まずは相手が引導師ボーダーなら拉致監禁ヤク漬けは常套手段! 極悪非道の腐れチーム・《是武羅ゼブラ》の総長の弟にして特攻隊長! 武宮宗次だッ!』


 武宮が仰け反り、両腕を掲げた。

「「おおおおおおおおッ!」」と声援が上がる。


『個人の魂力は138! だが、知っての通りこんなモンは当てにもならねえ! 今宵、武宮はどう魅せてくれるか!』


 司会者がそう叫ぶと、モニターの一つに武宮の名が映し出されて、138と魂力の数値が併記された。魂力の量は目視で確認はできない。これは武宮たち四人の腕に装着しているリストバンドから読み取られたリアルタイムの魂力の数値だ。


『続いては紅一点!』


 司会者の熱が高まる。モニターは芽衣に移り変わった。


『《夜猫ナイトウォーカー》の芽衣! 魂力は183! バストサイズは推定94! ショタ王国のおっぱい女王さまだ! 今宵も目ぼしいショタを攫いに来たのか!』


「ええ~、なに、その紹介ィ」


 芽衣は頬を膨らませた。


「ガチのセクハラだよォ。それにウチは可愛い男の子が好きなだけなのにィ」


 と、不満を口にするが、両手を振って観客にアピールする。

 そのスタイルと美貌に観客はより熱狂した。モニターに芽衣の名も表示される。


『さて、お次は……』


 そこで、司会者は少しトーンを落とした。


『こいつはヤべえぜ。広域暴力団・《獅童組》組長、獅童大我しどうたいが……』


 全モニターに白い紳士服の男の姿が映し出される。

 その紹介に一瞬、会場が静寂に包まれた。

 名を呼ばれた白い紳士服の大男――獅童は、紫煙を吐いていた。


「……ガチの裏モンか」


「うわあ、ウチって、負けたらヤクザ屋さんの情婦にされるのォ?」


 武宮は表情を険しくさせ、芽衣は目を瞬かせていた。

 グレイだけは変わらない冷めた瞳で、獅童を見据えている。


『とうとうマジモンまで来ちまったか。だが、ブラマンは拒まねえ!』


 司会者は言う。


『魂力は190! 今宵のブラマンは荒れるぜッ!』


「「「おおおおおおおおおおお―――ッ!」」」


 司会者の覇気に当てられたように観客も総立ちになって吠えた。

 一方、獅童は苦笑を浮かべつつ、片手を軽く上げた。

 獅童の名と魂力もモニターに表示された。


『さあ、最後の一人だ! こいつも有名人だぜ!』


 各モニターに、グレイの姿が映される。


『お前らも聞いたことがあるだろ? 神出鬼没の《DS》使い! 《灰色狼グレイウルフ》の名を!』


「「「おお……」」」


 と、感嘆に似た声が観客席から零れる。

「あいつがそうなのか?」「まだガキじゃねえか」と、ザワザワと騒ぎ出す。


『その魂力オドは185! 今宵、孤高の狼は勝利の雄たけびを上げるのか!』


 観客が盛大な歓声を上げるが、グレイは無反応だった。


(……茶番だ)


 そう感じながら視線を観客席に移す。各一般客席、三つのVIP席にも目をやるが、どこにも彼女・・の姿はなかった。


(この封宮メイズにまだ招かれていないのか? それとも)


 噂がガセだったのか。

 いずれにせよ、この茶番劇を終わらせれば進展もあるだろう。

 グレイは、懐から銃のような無痛注射器を取り出した。


「あらあら、いきなりィ?」


 芽衣が大きな瞳を細めた。そして彼女も豊かな胸元の間から筒状のモノを取り出した。

 グレイとはタイプが違うが、これも無痛注射器の一種だった。

 武宮、獅童も似たような注射器を手にしている。


「ブラマンは短期決戦だからな。ハナから全力で行かせてもらうぜ」


 武宮がニヤリと笑い、獅童が「ふん」と鼻を鳴らした。

 そして全員が、同時に自分の首筋に注射器を押し当てた。


『さあ! 戦え! 血に飢えた獣どもッ!』


 司会者がそう叫んだ。

 途端、四人の姿が一気に変貌した。


 まずは武宮。彼の姿はみるみる巨大化した。

 身長は三メートルほど。アギトは大きく双眸は赤い。全身は緑色の鱗に覆われている。

 長く太い尾を揺らすその姿は、まるで蜥蜴男リザードマンのようだった。


 次に変貌したのは、獅童だ。

 彼もまた巨大化した。

 膨れ上がる筋肉。溢れ出る黒い獣毛。特に髪――たてがみは炎のように揺れた。

 その姿は、三メートル半はある獅子の獣人。黒いライオンだった。


 続いて芽衣。彼女は巨大化しなかった。

 代わりに魂力が極薄の帯のようになって全身に絡みつく。帯に覆われた肢体は引き締まり、その抜群なスタイルのラインが露になった。次に短い桃色の体毛が生えてくると、髪も桃色に変化し、ネコのような耳と長い尻尾が生えた。

 最後に巨大な武器が現れる。先端に巨大な銀色の球体。そこに四本の爪を立てた棍だ。その棍を掴むと大きく振るって、ぶるんっと大きな胸を揺らし、彼女は「にゃーん」と鳴いた。

 男性客から「「「おおお!」」」と声が上がった。


 そして最後はグレイだ。

 彼もまた、全身が獣毛に覆われていた。

 身長は三メートルほどか。ひしゃげた足に鋭い爪。アギトには牙が並んでいる。

 二本の足で立ち、長い体毛で包まれた尾を持っていた。

 その身を覆う獣毛の色は、灰色である。まさしく《灰色狼グレイウルフ》がそこにいた。


 ――《DS》使いの極致。

 この薬物の名にもなった模擬象徴デミ・シンボルである。


『おおッ! 全員が当然のごとく象徴者シンボルホルダーだッ!』


 司会者は叫ぶ。と、同時に魂力が記されたモニターが変化した。

 数値が一気に上昇し、武宮、獅童は2000近くまで。芽衣も1800近くにまで至ったが、グレイだけは1200止まりだった。

 他の三人は《DS》のみならず、隷者の魂力も上乗せしている差だ。


『――はンッ!』


 武宮が鼻を鳴らした。


『その程度の魂力でブラマンに出たのかよ! さっさと消えな!』


 そう宣言して、アギトから紫色の液体を吐き出した。

 狙いはグレイだ。

 だが、灰色狼は地を蹴って紫色の液体をかわした。

 地面に撒き散らされる。途端、地面がぐつぐつと煮えたぎって蒸発した。


(……系譜術クリフォトか)


 グレイは瞬時にそう判断した。

 恐らくは強酸……といより腐食液を生み出して操る術式なのだろう。

 直撃すれば模擬象徴デミ・シンボルでも危険だった。


「こらあッ!」


 すると、芽衣が怒り出した。

 その場から跳躍、巨大な爪棍を振りかぶり、


「汚いモノをあの子に吹きかけないでよォ!」


 蜥蜴男リザードマンに叩きつけた!

 武宮は咄嗟に腕を交差して受け止めたが、『うお!?』と吹き飛ばされた。

 この中で唯一である人間サイズの体躯とは思えない一撃だ。

 彼女の模擬象徴デミ・シンボルだけは、他の三人に比べると毛色がかなり違っていた。

 だが、それは芽衣の適合率が低い訳ではない。《DS》の流通が進み、最近になって知られるようになったことだが、模擬象徴デミ・シンボルのタイプは大きく二種類に分類されるのである。


 一つは他の三名のように、獣人や獣へと完全に変貌する怪物モンスタータイプ。

 そして、もう一つは武装アームドタイプと呼ばれるモノだった。

 使用者の防御は最低限に。その代わりに強力な武具を生み出すタイプである。

 要は攻撃主体の模擬象徴デミ・シンボルなのである。


 ともあれ、


「あの子はウチが貰う予定なんだからね!」


 と、芽衣は怒りを見せるが、


『俺の女が他の男に色目を向けるのは感心せんな』


 突如、横から迫り来る黒い巨拳に、彼女はハッとした。

 回避できるタイミングではない。

 だが、次の瞬間、芽衣の姿は消えていた。

 巨拳は空を切る。そして少し離れた場所に芽衣の姿があった。


『……ほう』


 黒い獅子の獣人――獅童が双眸を細める。


『今のをかわすか。空間転移系の系譜術クリフォトか?』


 そう尋ねるが、芽衣は「べえっ!」と舌を出すだけだった。


『……ふん』


 と、獅童が鼻を鳴らした時、

 ――ドンッ!

 グレイが強烈な前蹴りを喰らわせた!

 獅子の獣人は右腕を盾にしたが、それでも数メートル追いやられることになった。


「やあぁん。グレイくん。ウチを助けてくれるのォ」


 芽衣が両手を上げて喜ぶが、グレイは素っ気ない。


『バトルロワイアルだ。隙があれば攻撃する』


「え~ん、この子、ツンデレだよォ」


 芽衣は泣くような仕草をした。


『やってくれたな。芽衣』


 そうこうしている内に、武宮も戦線に復帰する。


『これが終わったら覚悟しろよ。一晩中よがりつかせてやんよ』


 ゴキンッと拳を鳴らす。

 四人は対峙した。


 そうして――。

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