第217話 群雄開戦②

 ……十分後。

 観客たちのボルテージは、まさに頂点に達していた。


「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお―――ッ!」」」


 地響きのごとき歓声が鳴りやまない。

 それも当然だ。

 戦闘はクライマックス。

 今にも決着がつこうとしているのだから。


 武宮はすでに力尽きていた。模擬象徴デミ・シンボルも解かれている。

 額から血を流して、大の字になって倒れていた。

 流石に死んではいないようだが、ピクリと動かない。


 芽衣もまた力尽きていた。

 彼女は、クレーターの中に埋もれていた。

 獅子の獣人に、背中から地面に叩きつけられたのである。

 防御力が弱い彼女にとって耐えられる一撃ではなかった。

 衣服も髪も乱れて、すでに気を失っている。

 モニターに記載されていた二人の名前も灰色になっていた。


 残りは二人である。

 黒い獅子の獣人と、灰色狼だ。


『……お前は……』


 獅子が言う。


『正気、か? こんな使い方をして……』


『これぐらいの覚悟がなければ彼女には届かない』


 そう告げるのは灰色狼だ。

 その両腕を、獅子の腹部に突き立てていた。


『……この勝負』


 狼が、双眸を細めた。


『俺の勝ちだ』


 言って、両腕を左右に振り抜いた。


『ぐおおおおおおおおおおおおッ―――』


 獅子の獣人は腹部から裂かれて、全身に亀裂が奔った。

 巨大な獣は瞬く間に砕け散る。

 完全に消えた時、そこには白い紳士服の男が倒れた姿があった。

 モニターに記載されていた獅童の名も灰色になる。

 残った名は一つだけ。

 3021という驚異の魂力を表示させたグレイの名前だけだった。


『おおおおおおッ!』


 司会者が叫ぶ!


『勝者! グレイ! 《灰色狼グレイウルフ》! 今宵のブラマンの覇者は《灰色狼グレイウルフ》だッ!』


「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお―――ッッ!」」」


 観客たちも声を張り上げた。

 一斉に立ち上がって盛大に足踏みを鳴らす。

 中には賭けに負けて悲鳴を上げている者も多数いたが、全員が興奮していた。

 そんな中で、グレイは静かだった。


(……やはり)


 冷たい汗を流して喉を鳴らす。


(《DS》の重複投与はキツイ。三回も連続投与したのも初めてだしな)


 喉が酷く乾いていた。

 血液が沸騰したかのように、全身が熱を発している。

 ここまで代価を支払わなければならないほどに手強い連中だった。

 だが、グレイの本当の戦いはここからだった。

 この圧倒的な魂力は、あと一分もしない内に霧散するだろう。

 この力を失う前に、彼女に挑まなければならない。


(ああ。ここからが本番だ)


 狼は顔を上げた。その視線の先にはVIP席がある。

 この血戦の月曜日ブラッディ・マンデーの主催者がいる場所だ。

 そして、


『《黒い咆哮ハウリング》!』


 拳を振り上げて叫ぶ!


『俺は勝った! だが賭け金ベッドはいらない! その代わりに!』


 鋭利な爪を持つ掌を天へと広げた。


『俺は噂を聞いてここに来た! 会わせろ! 彼女に!』


 ギシリと牙を鳴らして。


『《雪幻花スノウ》に! 俺を彼女と戦わせろッ!』


 その魂の叫びに、観客席は一瞬静寂に包まれた。

 ――が、すぐに。


「マジか!」「あの噂は本当なのかよ!」「うそでしょうッ!?」「あの《雪幻花スノウ》がマジでここにいんのか!?」


 男女問わずに、一気に騒めき始める。

 一方、グレイは拳を降ろし、VIP席を睨み据えていた。

 すると、その時。


 ……すうっと。

 一人の男が立ち上がった。

 ――《黒い咆哮ハウリング》のリーダー。鬼塚堂賀である。


『見事な試合だったぜ。グレイ』


 マイクを片手に、鬼塚が言う。

 途端、会場中が沈黙して彼に注目した。


『ここまで魅せてくれた礼だ。てめえの望みを叶えてやるよ』


(――ッ!)


 グレイは拳を固めた。

 観客席も、顔色を変える。

 鬼塚はグレイを、そして観客席にも目をやった。


『てめえらも忘れてねえだろ。かつて強欲都市グリードを席巻した白の猛威を!』


 鬼塚は人差し指を天にかざした。


『かの女王の威を! 忘れられるはずがねえよな! あの力を! 今ここにこの俺が呼び出してやるぜッ!』


 そして高らかに叫ぶ。


『来なッ! 《雪幻花スノウ》!』


 途端、粉雪が降りだした。

 ゆっくりと。ゆっくりと。

 雲のない夜空から闘技場へと降り注いでいく。

 そして、人一人が立てるほどに雪原が積もった時、


(――ッ!)


 グレイは目を見開いた。

 そこには一人の女性がいた。

 年の頃は十九ほどか。

 肩にかからないほどに伸ばされた雪の如き白銀の乱れザンバラ髪。

 金に近い琥珀色の眼差しは、どこか眠たそうにこちらを見つめている。

 身長は百五十後半ほど。華奢な四肢に、抱きしめたら折れそうなぐらいに細い腰。それに半比例している訳ではないだろうが、豊かな胸は芽衣にも匹敵する大きさだった。

 彼女の衣装は、ベルトが多数装着された黒い拘束衣だ。

 その上に、派手な着物を羽織っていた。


 彼女の姿と美貌に、観客たちは魅入っていた。

 グレイも例外ではない。

 巨大な灰色狼は棒立ちになっていた。


 そんな中、クルクルと。

 差した赤い和傘を回転させて、彼女は降りしきる雪の中で佇んでいた。

 そうして、


『……《雪幻花スノウ》』


 グレイは、彼女の名を呟いた。

 だが、それは、強欲都市グリード内でいつしか広まった通り名だ。

 彼女の本当の名は――。


「お犬さん?」


 彼女は小首を傾げた。


「ムロに何かご用?」

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