第151話 バケモノ談義②

 深夜十二時。

 雲が流れ、月の光が差し込む中。


「……ここは」


 空を見上げて、金堂岳士は目を細める。

 気付いた時、彼はこの山の麓にいた。

 それも、山へと続く山道がある場所である。

 周囲を見やると、山道の横に、いつものごとく刀剣が突き立てられていた。


「金堂さん!」


 その時、声を掛けられた。

 振り向くと、そこにいたのは、仲間の一人だった。

 彼の傍には、他にも人影がある。数を確認すると全員で五人だった。

 岳士を含めると六人。恐らく、六人ごとに分割されたということか。


「ここは、どうやら本道みたいだ」


 声を掛けてきた仲間は、地図と方位磁石を手にしていた。

 昼間の内に、人数分を用意しておいたものだ。

 今日は星もよく見えるので、これで現在位置が確認できる。


「この道を真っ直ぐに進み……」


 仲間は、山道の先に目をやった。


「途中で脇道があるはずだ。その先に御堂がある」


「……なるほどな」


 岳士は刀剣の山の中から、いつも通りの斧を取り出した。

 岳士に倣うように、他の仲間たちも、それぞれ武具を手に取った。


「実に分かりやすい場所に出たな」


「ああ。だが……」


 仲間の一人が、険しい表情を見せる。


「それだけに、この道は襲われやすい場所でもある」


「危険なのは分かってたことだろうが」


 別の仲間が言う。


「それに言い換えれば、この道は俺らにとっても戦いやすい場所ってことだろ」


「ああ。その通りだ」


 岳士は頷く。


「みんなで決めたことだ。この道に当たった奴らは、覚悟を決めろってな」


 言って、斧を肩に担ぐ。


「この道は一番危険な道。だが、最も早く御堂に辿り着く道だ」


 久遠夫妻からは、この道は危険だと忠告されていた。

 視界が開けているだけに敵にも見つかりやすく、襲われやすいからだ。

 出来ることなら、避けた方がいいとも言われていた。

 しかし、この本道の山道は、やはり最も踏破しやすい道なのである。

 危険は承知の上でも行く価値はある。

 そして、少しでも早く御堂に到着すれば、他の仲間の危地を救えるかもしれない。


 ――もう誰一人、死んで欲しくない。

 その想いは、誰もが抱いていた。


「……俺たちは、この道を行く」


 強く斧の柄を握る。

 次いで、刀剣の山から刀も抜いて腰に差す。


「たとえ相手が化けモンでも、六人がかりならどうにかなる。進むことは出来るはずだ」


 岳士の言葉に、五人の仲間たちは力強く頷いた。

 それは、事実でもあった。この強力な武具――久遠夫妻曰く、恐らくは、あの男の骨――を使えば、化け物相手でも戦える。

 だが、それはあくまで一対六の状況でならだ。

 あの綺麗すぎるお姉ちゃんが、化け物の数減らしをしてくれるらしいが、あの黄金の女も参戦する以上、全滅させるまでは無理だろう。


 もし、二体以上の化け物に、同時に襲われたら……。


「二体以上に襲われた時は、俺らは囮になる」


 ――囮。

 文字通り、化け物に囲われるような状況だ。

 それが、どれほど絶望的な状況なのかは、これまでの夜で骨身に沁みていた。

 仲間たちの表情に、暗い陰が差す。


「けど、諦めんな」


 そんな陰を払うかのように、岳士はニカっと笑った。


「俺らが踏ん張れば踏ん張るほど、他の連中は前へと進める。俺らは、ひたすら堪えればいいんだ。ただ生き続ける。そうすれば、仲間たちがきっと助けてくれるはずだ」


 一拍おいて、


「どんなに絶望的でも生きることを諦めんな。俺らの背中には女房たちの命が乗ってんだ。そして俺らの背中を支えてくれてんのは、先生たち――これまで死んでいった連中の魂だ」


 その言葉に、全員が沈黙する。

 無言のまま、それぞれの武具を強く握りしめる。

 と、そこで、岳士は皮肉気な笑みを見せた。


「けどよ、やり遂げたら俺らは大殊勲だぜ。あいつらに酒でも奢ってもらおうぜ」


「……はは」


 岳士の言葉に、一人が笑った。


「確かにそうだよな」


「まったくだ」


「なんなら旅館を一つ貸切ろうぜ。宴会だ」


「いや、困ったな。俺って下戸なんだよ」


 そんなふうに、他の仲間も陽気に笑った。

 そうして、岳士同様に、仲間たちも予備の武具を腰に差した。

 全員が、覚悟の表情を見せている。


「……それじゃあ行くか」


 岳士の言葉に、全員が静かに頷く。

 そして、彼らは山道へと足を踏み入れていく――。



       ◆



 同刻。別の麓にて。

 黒田信二は、一振りの刀を手にしていた。

 彼の仲間は五人。恐らく六人ごとに分けられた。

 集団としては四つ。

 そして、久遠夫妻の奥方が、単独で麓のどこかに飛ばされたということか。


(六人というのはまだ幸運だ)


 この人数ならば、化け物と遭遇してもやり合える。

 信二は、目の前の森に目をやった。

 ここには山道らしき道はない。

 木々の間隔こそ広いが、それだけに獣道もない。普通の山だった。


「黒田さん」


 仲間の一人が声を掛けてくる。


「大体の場所は分かった。ここは御堂の山の南南西の麓だ」


 言って、他の仲間たちも集めて地図を広げた。


「ここが山道。俺たちがいるのは、ここら辺になると思う」


 信二は刀を腰に差して、あごに手をやった。


「……直線距離なら、御堂に一番近い位置だね」


「ああ」


 地図を手にした仲間が頷く。


「道らしき道はないが、この山は、さほど傾斜がある訳でもないからな。最短でも進めないことはない」


「そうか……」


 信二は瞠目した。

 閉じた瞼に焼き付いているのは、菊の柔らかな笑み。

 そして、死んでいった者たちと、いま共に戦おうとしている仲間たちの顔。


「……最短距離で行こう」


 瞳を開いて、信二は言う。


「僕たちは、最も御堂に近い位置にいる。だったら一気に踏破する。そうすれば、他の仲間の負担を減らせるはずだ」


「……特に、本道を行く連中か」


 仲間の一人が呟く。


「囮になることも覚悟して本道を進む。俺たちが少しでも早く到着すれば、一人でも多く救えるかもしれないな」


「いや、それは違うよ」


 信二が、かぶりを振った。


「誰も死なせないために、僕たちは急ぐんだ」


 信二の言葉に、仲間たちは頷いた。


「急ごう。みんな。出来れば刀か小太刀を選んでくれ。槍を使うには木々が邪魔だから」


 その言葉にも、仲間たちは頷く。

 そうして、刀剣の山から、武具を引き抜いていく。

 その様子を見やりつつ、


(もう誰も死なせない)


 信二は、刀の鞘を強く握った。


(……菊)


 空を仰いだ。


(待たせてごめん。今、迎えに行くよ)

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