第294話 王と妃と精兵と④

 四台のタクシーが停車する。

 そうして、タクシーから最初に降りたのは大柄な男だった。

 年齢は三十代半ばほど。身長は恐らく百九十はあるだろうか。顔にはサングラスをかけ、オールバックと、特徴的な獅子鼻がライオンを彷彿させる。

 近衛隊を示す灰色の隊服は筋肉で膨れ上がっていた。まさしく巨漢だった。


 ――獅童大我。

久遠天原クオンヘイム》に所属する引導師ボーダーであり、元極道でもある男だ。

 獅童はサングラスを微かにずらして、目の前の建物を見上げた。


「……ようやく到着か」


 と、そんな声が聞こえる。

 獅童の声ではない。

 獅童とは別のタクシーから青年が降りて来ていた。

 身長は獅童ほどではないが高身長で百八十ほど。歳は十八ぐらいだ。

 短く刈り込んだ金髪の少年である。


 腰に手を当てて背筋を伸ばす彼の名は武宮宗次。

 獅童と同じく《久遠天原クオンヘイム》に所属する引導師だ。

 武宮も近衛隊の隊員のため、獅童と同じ隊服を着ていた。


 他にも次々とタクシーから人が降りてくる。

 大体が二十代から三十代の男性。二十代後半ぐらいの女性も一人いる。

 全員が同じ隊服を着ていた。


 そして当然ながら、そこには茜と葵の姿もあった。


「……全員降りたな」


 副隊長である獅童が、隊員たちを見やる。

 獅童と武宮を含めて男性が七人。

 茜と葵を入れて女性が三人。

 総勢十人がこの部隊の構成だった。


「では、早速行くぞ」


 そう告げて、獅童は歩き出す。

 武宮たちもそれに続いた。

 目的は、目の前の高層建造物マンション――ホライゾン山崎だ。

 が、その足はすぐに止まった。


「ようこそお出で下さいました」


 一階のオートロックの前に立つ、一人の老紳士に声を掛けられたからだ。

 獅童は双眸を細めた。

 老紳士の立ち姿から只者ではないと感じ取ったからだ。


「獅童さまの御一行とお見受けいたします」


 と、老紳士は告げる。


「確かに俺が獅童だが……」


 少し警戒しつつ、獅童は尋ねる。


「あんたは何者だ?」


「これは失礼いたしました」


 老紳士は深々と一礼した。


「私の名は山岡と申します。久遠さまの執事を務めさせて頂いている者です」


「……おお。若の……」


 獅童は目を瞠った。


「若はご壮健か?」


「はい。久遠さまは変わらずご壮健でございます。今はご自宅にて皆さまをお待ちになられておられます。ここから先はわたくしめがご案内いたしましょう」


 言って、オートロックを開錠した。

 獅童たちは山岡の後に続いた。


「久遠さまのお住まいは、最上階の全フロアになります」


 山岡がそう告げる。獅童たちは二組に別れて二基のエレベーターに乗った。

 瞬く間に最上階に到着する。

 全員が最上階で降りた。


「このフロアには、久遠さまと七人の姫さま方がお住まいになられております。他には執事である私と、今は火緋神家からの護衛として私の弟子が一時滞在しております」


「……若の居城ということか」


 獅童がそう呟く。


「しかし、姫というのは隷者ドナーのことだな? では、芽衣や《雪幻花スノウ》もここに居るのか?」


「はい。もちろんでございます」


 山岡は首肯する。


「お二人とも久遠さまの大切なお妃殿ですから」


「ふむ。そうか……」


 と、やり取りする山岡と獅童。

 そんな彼らの背中を、緊張した面持ちで見つめる者がいた。

 茜である。

 特に『妃』という言葉には、どうしても聞き耳を立ててしまう。

 自然と手にも表情にも力が入っていった。


「……お姉ちゃん?」


 そんな姉の横顔を、葵が心配そうに覗き込んできた。


「どうしたの? 少し顔色が悪いよ」


「……大丈夫。ちょっと移動で疲れただけよ」


 茜は妹を見やると、元気そうな笑みを浮かべてそう返す。

 が、内心では、ずっと心臓が早鐘を打っていた。


(……いよいよだわ)


 再び山岡たちの背中に視線を向ける。


(……七人の妃。二人は知ってるけど、他の人たちは……)


 果たして、どんな人物たちなのか。

 それによりこれからの作戦・・も決まってくると言っても過言ではない。

 流石に緊張するのも無理はなかった。

 と、そうこうしている内に、山岡は室内へと案内し始めた。

 最初に入った場所はマンションとしてはあり得ないほど大きな玄関だった。


「すでにお気づきかも知れませんが、このフロアの各部屋は繋がっており、一つの住居にする大規模な改装も行っております。外装はマンションを偽装しておりますが、玄関としてはこの入り口のみです。基本的に靴は履いたままで問題ございません。和室、敷物がある場所以外では西洋スタイルであるとお考え下さい」


 と、山岡が説明する。

 そのまま一行は廊下を進んでいく。

 マンションとしては不自然なほど長い廊下だ。

 きっとこれも改装の結果なのだろう。重要な支柱を除いて、確かに下層とは完全に別物に改装されていると思った方がよさそうだった。


 ややあって一行は一つの部屋の前に到着した。

 そのドアには『執務室』とルームプレートが掛けられていた。

 山岡はコンコンとノックをして、


「久遠さま」


 部屋の主に告げる。


「獅童さま方をお連れいたしました」


『ああ。感謝する。入ってくれ』


 部屋の中から返事が聞こえてくる。

 山岡は「失礼します」と告げて、ドアを開けた。

 一行は執務室に入った。

 その部屋には、八人の人物がいた。

 まずは獅童たちも知る二人。《雪幻花スノウ》と芽衣だ。

雪幻花スノウ》は執務席の前で膝を丸めて座っており、芽衣は執務机の上に腰を掛けていた。

 二人とも制服を思わせる白いジャケットを羽織り、黒いスカートを履いていた。


「おお~」


 腰に手を当てて、芽衣がドヤ顔で言う。


「よくぞ来た! ウチの部下たち!」


「……相変わらずだな。てめえは」


 と、武宮が渋面を浮かべた。

 他の六人の内、五人は少女だった。


(……そうか)


 茜は、緊張した面持ちで見やる。


(……この人たちが)


 年齢は四人・・が十代後半ぐらいか。

 全員が芽衣たちと同じ衣装を身に纏っている。


 一人は、右房のみ長いショートボブの銀髪に、紫色の瞳を持つ美しい少女。

 彼女は執務席のすぐ右隣に控えている。流石に芽衣たちよりも、年齢差からスタイルは少し劣るようだが、それでも充分すぎるほどの魅力を備えている。


 一人は、黒い髪の少女。銀髪の少女と同じくショートボブの少女だ。

 無表情ではあるが、それが返って静謐な美貌を際立たせている。どこか『湖』を彷彿させる。ただ、涼やかな佇まいとは逆にスタイルは相当なモノだった。

 彼女は銀髪の少女の隣に立っていた。


 一人は、また黒髪の少女。髪は長く、ポニーテールに結いでいた。

 サムライを思わせる凛とした雰囲気の少女だ。彼女のイメージは『炎』か。

 前述の少女たちよりも背は高く、当然のように抜群のプロポーションを有していた。

 もしかすると、彼女だけは少し年上で大学生ぐらいなのかもしれない。

 サムライ少女は腰に片手を当てて、黒髪の少女の隣に立っていた。


 これが右側に立つメンバーだ。


(………うぐ)


 この時点で、茜の心は少し折れかけていた。

 ある程度は予測していたが、スタイル、美貌ともに恐ろしく高水準だった。


 だが、それでも残り二人に目をやる。

 彼女たちは執務席の左隣にいた。


 一人は、淡い金髪の少女だ。

 瞳の色はアイスブルー。緊張しながらも微笑むその姿はまるで天使のようだった。

 ただ、彼女は右側の三人よりも少しだけ年下なのかもしれない。将来性が抜群なのは疑いようもないだろうが、現時点では、そのスタイルは少し劣っているように見える。

 まあ、それでも、すでに茜を圧倒していることには変わりないが。


 そして最後の一人。

 両手に腰を当てて、ドヤ顔で堂々と仁王立ちする少女。

 彼女だけは茜と同世代に見えた。きっと綾香が言っていた十二歳の隷者だ。

 毛先に行くほどオレンジになる長い赤髪に、勝気な眼差し。

 幼くして、その美貌は太陽のごとく圧倒的だった。

 しかしながら、そのスタイルはまったくもって子供だった。

 胸の大きさも、茜とほぼ互角と言ってもいいだろう。

 奇しくも赤い髪も茜に少し似ている。


(……良かった)


 茜は思わずホッとした。

 何と言うか、絶望の中に微かな光明が差した気分になったのだ。

 と、その時。


「……お姉ちゃん」


 不意に葵に声を掛けられて、茜はビクッと肩を震わせた。


「な、なに?」


 振り向くと、葵がニコッと笑って言った。


「あの子、私たちと同い年ぐらいだよね。仲良くなれるかな?」


 と、何とも平和なことを言ってくる。


「う、うん。そうね……」


 茜としては、そうとしか答えられなかった。


「……若」


 茜が悶々としている内に、獅童が進み出た。


「獅童大我、以下十名。ただいま到着いたしました」


「ああ」


 それに対し、青年が応える。

 執務席に座る灰色の胴衣ベストを着た青年――久遠真刃だった。

 茜たちの新しいリーダー。強欲都市の王グリード・キングである。

 茜は緊張を隠せずにキングへと目をやった。

 そうして、


「よくぞ来てくれた」


 キングは告げる。


「感謝するぞ。そして歓迎しよう。お前たち」










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