第307話 迫る決戦③
翌日。
朝の八時ごろ。
訓練場にて、Tシャツにスパtッツ姿の茜と葵は
腕を組んで仁王立ちする茜たちと同じ衣装の少女。
火緋神燦である。
ちなみに、訓練場の脇には月子が腰を降ろして控えている。
「さあ! 来なさい!」
燦が告げた。
葵はビクッと肩を震わせたが、茜は真っ直ぐ燦の元へと駆けて行く!
かつてのチームで最低限の魂力操作と体術の訓練は受けている。
茜は助走をつけて跳び蹴りを繰り出した!
――が、
「……クッ!」
それは虚しく宙を切る。
素早い動きで、燦が茜の真横に移動したからである。
燦は腕を組んだまま、ふふんと鼻を鳴らして、
「残像よ」
「いや、流石に残像までは出てないよ。燦ちゃん」
と、離れた月子がツッコミを入れた。
「や、やあっ!」
そうこうしている内に、ようやく緊張が解けた葵が蹴りを繰り出した。
なかなか様になった回し蹴りだ。
直撃すれば大の男でも悶絶するかもしれない。
しかし、燦は再び、ふふんと鼻を鳴らして回避した。
神楽坂姉妹の体術は、蹴り技が主体になっていた。
体重の軽い彼女たちにとっては最も打撃力がある攻撃だからだろう。
技もかなり多彩だ。
かかと落としから、カポエラのような蹴りを繰り出すこともある。
魂力で肉体を強化しているゆえの超人的な動きだった。
だが、二人がかりでも燦には触れることも出来なかった。
十分以上、姉妹による攻撃が続くが、燦は涼しい顔である。
葵はひたすらに一生懸命だったが、茜の方は内心で青ざめていた。
(わ、私よりも一つ年下なのに……)
全く蹴りが当たらない。
正直、ここまで力の差があるとは思っていなかった。
(この子、魂力だけでも私の二倍もあるのに……)
技量さえも遠く及ばないことは、流石にショックを受ける。
ギリ、と歯を軋ませた。
(私はこの子と同じ地位にならないといけないのに!)
さらに猛攻を繰り出す。
だが、燦は、長い髪を軽やかになびかせてかわし続けた。
「……も、もう無理ィ……」
そう告げて汗だくの葵が両膝をつく。
それでも、茜は攻撃を続けた。
(これなら!)
汗を置き去りにするほどの渾身のハイキックを繰り出した!
――しかし、
「……ダメだよ。茜ちゃん」
それさえも、あっさりと片手で受け止められた。
大きなクッションで衝撃を打ち消されたような感触を覚える。
だが、それをしたのは燦ではない。
いつの間にか近づいていた月子だった。
「限界を超える訓練って必要な時もあるけど、これ以上は体を壊しちゃうよ」
優しい声で、月子はそう告げた。
荒い息の茜は、鋭い眼差しで見やりつつも、
「………はい」
一度大きく息を吐き出して、ゆっくりと脚を下した。
途端、大きな疲労が全身にのしかかってくる。
ボタボタと汗が床へと落ちて、茜も両膝をついた。
床に腰を落として妹同様に肩で大きく息をする。と、
「まだまだね!」
両腕を腰に、汗をかくどころか、息も全く乱していない燦が言った。
「まあ、鍛え上げれば、あたしと月子のメイドぐらいにはなれるかもね!」
そんなことまで言う。
茜は、顔を床に向けて唇を噛んだ。
(……これが
同世代でここまで実力が違うのか……。
いや、そもそも魂力の量からして、妃たちは格が違う。
なにせ、信じ難いことに、180を超える芽衣が一番低いそうだ。
ここにいる肆妃たちは二人とも300オーバーである。あの《
今回の訓練は、頂の高さを思い知るには充分だった。
(……こんなんで、私は本当に妃になれるの……)
収まらない荒い呼気と反比例して、気分がどんどん沈んでいく。
と、その時だった。
「……ああ。ここにいましたか」
不意に、新たな声がした。
茜が疲労で重く感じる頭を上げると、そこには新たな妃がいた。
肩に掛からない程度に、ラフに切った黒髪を持つ少女。
前髪は少し長く、奥から覗かせる瞳は黒曜石のようだ。纏うのは白いセーラー服と、黒いカーディガン。首には赤いチョーカーが巻かれていた。
無表情であることが多いその顔立ちは、まるで精緻な人形のようである。
そして、そのスタイルは抜群で、残念ながら茜が立ち向かえるレベルではなかった。
とても二歳だけ年上とは信じられなかった。
(……妃たちのNO2……)
茜は睨むように彼女を見据える。
弐妃・杜ノ宮かなたがそこにいた。
「訓練中でしたか?」
「あ、はい」
月子が、ポンと柏手を打った。
「かなたさんも参加されますか?」
知り合ってまだ間もないが、どうやら肆妃・『月姫』と弐妃は仲が良いらしい。
昨日もこの二人が一緒にいるところを見ていた。
しかし、かなたはかぶりを振って、
「それは後にしましょう。神楽坂茜さん。神楽坂葵さん」
彼女は茜たちに目をやった。
「真刃さまがお呼びです」
「……え?」「ふえ?」
茜と葵は目を丸くした。
「あなたたちにお話があるそうです。二人ともシャワーを浴びたら、服を着替えて執務室にまで来てください」
弐妃はそう告げた。
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