第308話 迫る決戦④

 そうして十五分後。

 近衛隊の隊服に着替えた茜と葵は、執務室の前で立ち止まっていた。

 葵は不安そうにずっと、茜の手を握っていた。


「お、お姉ちゃん……」


 ドアの前で葵が言う。


キングの話って何だろう?」


「……分からないわ」


 茜としてはそう答えるしかない。

 なにせ、ほぼ会話もしたことのない相手なのだから。


「とにかく会ってみるしかないわ。行くわよ。葵」


 そう告げて、ノックをした。

 中から『入っていいぞ』と返答が来る。

 茜は緊張しつつ、ドアを開いた。

 そこには執務席に座るキングこと久遠真刃と、その横に控える武宮宗次の姿があった。


「よく来てくれたな、二人とも」


 真刃はそう告げる。

 茜は「失礼します」と言って執務席の前に移動する。


「まだ一日程度だが少しは慣れたか?」


「は、はい」素直な葵が頷く。


「燦ちゃんも月子ちゃんも仲良くしてくれてます」


「…………」


 茜はちらりと妹の方を見やる。

 これは事実だ。あの二人は本当によくしてくれている。

 だが、互いの力量差を思い知ったばかりでは気分も複雑ではあるが。


「それは良かった。さて」


 真刃は、おもむろに幾つかのパンフレットを彼女たちの前に出した。

 茜たちはそれらを手に取った。


「これは……」


「この近隣の中学校のパンフレットだ」


 真刃は言う。


「名門としては二校ほどある。一つは星那クレストフォルス校。エルナとかなた、そして刀歌が通っている学校だ」


 一拍おいて、


「もう一つは瑠璃城学園。燦と月子が通っている。二校とも引導師育成校だ」


「「…………」」


 茜と葵は沈黙する。

 真刃は「そして」と続けて、


「他にも学校はある。一般校だ」


「………え?」


 茜は顔を上げた。葵の方はキョトンとしている。


「お前たちが望むのならば」


 真刃は、言葉を続ける。


「そのまま一般校に通って一般人になってもよいと思っている」


「「…………え」」


 二人とも目を見開いた。

 が、すぐに茜はハッとして、


「ま、待ってください!」


 青ざめた顔で声を張り上げた。


「そ、それは、私たちは必要ないと? 引導師ボーダーとしては不要だということですか!」


「そうではない」


 真刃はかぶりを振った。


「お前たちの力は稀少で興味深い。だが、同時にお前たちの経歴も綾香から聞いておる。元々は市井の出らしいな。決して望んだ訳ではなくこの世界に巻き込まれてしまったと。だからこそ、お前たちには選択する機会を与えたいのだ」


 キングは語る。


「このまま引導師いんどうしとして生きるか。もしくは市井に戻るかだ」


「市井に……普通の世界に戻る……?」


 茜は茫然と呟いた。葵は目を瞬かせている。


「お前たちがいかなる道を選ぼうともオレは否定せぬ。安心せよ。どの道であってもお前たちを支えよう。市井に戻ると言うならば、いかなる勢力もお前たちには関わらせぬ。オレの名にかけて誓おう。ただ……」


 一呼吸入れて、真刃は告げる。


「市井に戻ったとしても、願わくは、お前たちには、燦と月子の良き友人となってもらいたいと思っておる」


「「………………」」


 茜も葵も無言だった。


「ゆっくりと考えよ」


 真刃は笑みを見せた。


「学校については、エルナたちや燦たちにも相談してみるがよい。特に月子はお前たちと同じく市井の出だ。あの子は真摯になって相談に乗ってくれるだろう」


「「………………」」


 茜たちは腕の中のパンフレットに視線を落とした。


「返答は明日にでも聞かせてくれ」


 真刃は言う。


「また学校を決めたからといって、それだけでお前たちの将来が決まる訳ではない。お前たちの道は、いつでもお前たち自身が選んでよいのだ」


 最後にそう告げた。

 茜たちは一礼すると、パンフレットの束を胸に抱いて退室した。

 部屋の外に出ると二人は無言で歩き出した。

 が、茜だけはおもむろに足を止めた。

 ギュッとパンフレットを抱きしめたまま振り返り、執務室を見やる。


「………………」


 数瞬の沈黙。

 そして、

 ――トクンっ、と。

 鼓動が鳴った。

 彼女は俯き、キュッと唇を噛んだ。

 高鳴る鼓動は、少しずつ早鐘を打ち始めていた。


「……お姉ちゃん?」


 葵が振り返って、立ち止まっていた姉に声を掛ける。


「どうしたの?」


「……なんでもないわ」


 そう返して茜は振り返り、妹の所まで駆け出すのだった――。



       ◆



 一方、執務室にて。


「……ボス」


 武宮が頭を下げた。


「葵たちのこと、ありがとうございます」


「気にすることではない」


 真刃は、片手を上げて返答した。

 すべての子供には無限の未来があるべきなのだ。

 それは、引導師の素養があろうと関係ない。

 あの子たちが真っ直ぐ進めるように支える事こそが大人の役目だった。


「さて。これでやるべき重要な案件を一つこなしたか」


 そう呟いた後、


「武宮」


「ウス」


 後ろ手を組んだまま、武宮が返答する。


「何でしょうか。ボス」


オレは今宵、私用があってここを留守にする。ここの警護はお前と獅童に任せるぞ。専属従霊たちは残しておくが、常時よりも警戒して頼む」


「了解っす。しかし、私用っすか?」


 武宮が眉をひそめた。


「ああ」


 真刃が頷く。


「これでやるべきことがまた一つ片付くだろう。意地か誇りか、それとも策謀か。まあ、エルナたちは絶対に罠だと言ってはいたが……」


 そこで、ふっと笑みを零す。

 そうして、こんなことを言った。


「いずれにせよ、向こうは一人で待つと言っておる。ならば、こちらも一人で出向かねば無粋というものだからな」











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