第八章 千怪万妖骸鬼ノ王

第29話 千怪万妖骸鬼ノ王①

 ――グニイィ……。

 突如、巨大な肖像画から、細長い腕が伸びた。

 真っ白な腕。それは壁に触れると、爪を突き立てた。

 次いで、女の体も浮き出ている。

 美麗だった顔は見る影もなく不気味に。肌には無数の血管が浮き出ていた。

 長い黒髪は、床にまで垂れ下がる。


「がああああああああああああああああああああああ―――ッッ!」


 肖像画から半身を現わしたこの館の主は、絶叫を上げた。

 途端、

 ――スッと。

 再び、床が消えた。


「自分に注目させて床を消す。やはりそう来たか」


 二人の少女を両腕に抱いて、真刃は笑う。


「刃鳥」


『――了解しましたわ』


 真刃の意志にすぐさま応え、刃鳥は羽の一つを撃ち出した。

 狙う場所は、床があった部屋の中央。

 回転する刃の羽は回転し、即座に巨大化。全方向へと刃が伸びた。

 刃は壁へと突き刺さり、消えた床の代わりに、奈落を塞ぐ鋼の蓋へと化した。


「……ほう。便利なものだ」


 ゴーシュは、鋼のフロアの上に降り立つ。

 そして当然、エルナたちを抱く真刃も。刃鳥、猿忌も難なく着地した。


「同じ手に何度も引っかかるほど間抜けではない」


 真刃がそう告げると、巨大な女の我霊は半身を壁から鋼のフロアへと移動させて、煩わしそうに奇声を上げた。

 直後、ドサリッ、と何かが落ちる。


「――真刃さま。あれを」


 かなたが、神妙な顔つきで壁の一角を指差した。

 そこには屍鬼がいた。女の我霊同様に絵画から抜け出してきたのだ。

 しかも、その一体だけではない。無数にある絵画から次々と現れ出る。

 そうして……。


「な、何なの、この数は……」


 真刃の首元に、エルナがギュッとしがみつく。

 恐らく、その数は二百体以上。中にはD級やC級の姿もある。

 部屋の壁側を埋め尽くす亡者たち。加え、出現は未だ収まる様子はない。


「流石にこの数は手に余るか」と真刃が呟く。


「猿忌よ」


『……御意』


 何かを命じた訳でもなく、黒鉄の虎は即座に承諾した。鋼の尾を勢いよく伸ばすと、エルナとかなたを真刃から受け取った。そして目を丸くする少女たちを自分の背中の上に乗せる。


「エルナとかなたを連れて撤退せよ。正門へ向かえ。恐らくそこが一番手薄だ」


「……え?」


 エルナが唖然とした。かなたも目を剥く。


「お師さまっ! 何でっ!」


「この数だ。D級やC級の姿まである。お前たちの手にはおえん状況だ」


「ああ、確かにそうだな」


 ゴーシュが笑う。


「ここから先は本物の戦いだ。足手まといは失せろ」


 言って、全身に純白の戦闘装束を纏う。同時に筋肉が異様に盛りあがった。


「では、先に行くぞ」


 ゴーシュは真刃にそう告げると、返事も待たず跳躍した。

 鋼のフロアを大きくたわませて、巨大な女の我霊に突撃する。


「――行け。猿忌」


『御意』


「えっ、ちょっと待って! 猿忌!」


 エルナが声を上げるが、猿忌は聞かずに反転。扉から廊下へと飛び出した。

 屍鬼どもが獲物を逃すまいと追おうとするが、


「羽鳥」


『承知致しましたわ』


 刃鳥が無数の刃を撃ち出して、屍鬼の群れを壁に縫い付けた。

 だが、それでも数体は逃してしまい、エルナたちの後を追った。


「逃したか。だが……」


 真刃は壁に目をやった。数十体の屍鬼が次々と壁に沈み込んでいく。どうやら館内ならば壁や扉に邪魔させることもなく、自由に移動が可能なようだ。


「事象操作とは本当に厄介だな。どのみち、ここですべてを食い止めるのは不可能だということか。後は猿忌に託すしかないな」


 言って、真刃は右腕を横に伸ばした。


「己に牙を」


『承知致しましたわ』


 刃鳥が応える。直後、刃の孔雀の姿が崩れ落ち、無数の刃が真刃の右腕に集う。

 そして数秒後、真刃の右腕は刃に覆われた巨大な突撃槍と化していた。


「……ほう」


 女の我霊の薙ぎ払いをかわしつつ、ゴーシュが真刃を一瞥して感嘆の声を零す。


「驚いたな。貴様、武装型の式神遣いだったのか」


 群がる屍鬼の群れを回し蹴りで吹き飛ばし、ゴーシュは目を細めた。

 一般的に、式神遣いは二種類いる。

 一つは独立、もしくは操作して術者の代わりに戦わせるタイプ。

 もう一つは、武具や防具型の式神を纏って術者自身が戦うタイプだ。

 ただ、後者は、基本的に前者に劣ると言われている。自身で戦うと言うことは、式神遣いとしては未熟であり、単独では戦えないほどに使役する式神が弱いためだからだ。


「何故、わざわざ式神を纏う?」


 屍鬼の顔面を拳でぶち抜き、ゴーシュが首を傾げた。

 あの男の式神は一級品だった。事実、独立して戦えるだけの実力もある。


「「「がああああああああああッ!」」」


 一斉に吠える屍鬼ども。いよいよ、屍鬼の群れが動き出す。

 明らかに混戦になると予測できる中、身の安全を確保するために纏ったとも考えられるが、それならば式神の数を増やせばいい。すでに三体使役しているようだが、あの男ならば、まだ余力はあるはずだ。同格クラスの式神をあと二体は召喚できると見た。

 だというのに、何故、わざわざ自身で戦うようなリスクを背負うのか……。

 ゴーシュが眉根を寄せている。と、


「そんなもの、決まっているであろう」


 真刃は、苦笑した。そして――。

 ――ドンッ!


「――なに!」


 ゴーシュさえも超える膂力を以て、真刃は鋼のフロアを蹴った。

 砲弾のごとき跳躍。真刃は、突撃槍と共に巨大な女の我霊へと迫った!


「ぐがあああああああああああああああッ!」


 首魁の我霊は、巨体とは思えぬ俊敏さで身を捻ったが一瞬遅い。

 突撃槍は、我霊の右腕を吹き飛ばした。

 真刃は突進の勢いのまま、宙空で反転、ドンッと両足で壁に着地した。

 しかも、驚くべきことに、両足を壁にめり込ませて、その場に立っている。


「己自身が、纏って戦った方が強いからだ」


 真刃は、当然のごとくそう告げた。


「……身体強化までする式神なのか」


 ゴーシュが微かに唸る。壁に直立したままの真刃は、苦笑いを零した。


「まあ、そういうことだな」


 実際のところ、身体能力は生まれ持った魂力で支えられた自前である。

 人と、我霊の間に産まれた忌み子。

 生まれながらの我霊の憑依に対する絶対なる耐性に加え、無尽蔵にも等しい体力。


 姿と心は人でありながら、人にあらざる膂力と頑強さを持つ者。

 それが、久遠真刃だ。


 忌まわしき生い立ち。だが、それでも今はその力が役に立つ。

 白銀色の突撃槍を薙いで、真刃は、不敵に笑う。


「では、決戦と行こうではないか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る