第280話 忍び寄る影②

 同刻。フォスター邸のリビングにて。

 いつものコの字型ソファーに妃たちは集まっていた。

 負傷していたかなた。

 無事に保護された燦と月子も含めて全員である。

 代わりにそれ以外は誰もいない。

 山岡や瑞希はもちろん、真刃や従霊たちさえもだ。

 誰一人、何もしゃべらない。

 ただ静かにこの場にいた。

 すると、


「状況は理解できている? 燦。月子ちゃん」


 エルナが肆妃たちにそう尋ねた。

 燦は「う、うん」と頷き、月子は「はい……」と応えた。


「とりあえず二人が無事で何よりだわ」


 エルナは微笑んだ。


「二人が置かれた状況も整理したいけど、まず整理しておきたいのは――」


 妃の長は参妃に目をやった。


「突然現れた『御影刀一郎』さん……本人が名乗ったのは『久遠桜華』さんよね。刀歌。彼女は一体何者なの?」


「……いや、私に聞かれても……」


 刀歌は渋面を浮かべた。


「正直、私が一番混乱しているぞ。仮に彼女がひいお爺さま当人だとしても――」


 そこで少し言葉を詰まらせる。


「明らかに主君と面識があるようだった。主君も彼女を知っているように見えた。いや、そもそも主君自身の口から、何度かひいお爺さまと面識があると聞いたことがある。そこから推測できる状況としては……」


 刀歌は腕を組んで「むむゥ……」と唸った。


「まず、ひいお爺さまが実は女性だったのは事実みたいだ。その上で何かしらの理由で若返ることになった。そしてその後、どこかで主君と出会って親しくなり……」


 あの時、桜華が叫んでいた台詞を思い出す。


「誰かのせいで死別したと勘違いするような状況に陥った。それが今日、死んだと思っていた主君に再会して……」


「ええっと、ウチは今回、ほとんど現場にいなかったけどォ……」


 頬に指先を当てて芽衣が言う。


「だからこそ客観的に見てみるよォ。確かにそんな感じに取れるかなぁ」


「……そうよね」


 唇に曲げた指先を当ててエルナも頷く。


「私も真刃さんと出会ってまだ二年経ってないから、それより前に真刃さんがどこで何をしていたかなんて聞いたことはないし……」


 そう呟いたところで、ふと気付く。

 どうも燦と月子がそわそわしていることに。


「どうしたの? 燦。月子ちゃん」


 エルナは尋ねる。


「何かずっとそわそわしているみたいだけど?」


 それに対し、


「ふえっ!?」


 燦は露骨なぐらいに動揺した。


「ち、違うよ!? あたしは何も知らないから!?」


「さ、燦ちゃん、少し落ち着いて」


 と、月子が宥めるように燦の肩を掴んだ。

 しかし、そう告げる彼女の声も、少し上擦っている。

 全くの別件ではあるが、奇しくも二人は真刃の過去に少しだけ触れているのだ。

 五将と火緋神家の長の会話を聞くことになったのである。

 その会話だけですべてを知った訳ではない。

 むしろ、話自体は断片的にしか理解できなかった。

 五将も御前さまも肝心なところは互いに伏せて話していたからだ。

 だが、それでも御前さまと百年前の『久遠真刃』――いや、それどころか今の真刃との間にも何かしらの因縁があることだけは察することができた。


 けれど、


『私のことはもう少しだけ秘密にしていてね』


 御前さまにそう口止めされたため、何も語れなくなってしまったが。

 なお、御前さまは今も近くで待機して燦たちを護衛してくれているらしい。


『どうして御前さまとおじさまが?』


『うん。どういうことなんだろ?』


 と、二人で相談していた矢先にこの状況だ。

 御前さまに続いて二人目の百年前の人物の登場である。

 実のところ、燦と月子はエルナたち以上に混乱しているのである。

 そんな肆妃たちの様子に壱妃エルナ参妃刀歌。そして伍妃芽衣は眉をひそめていた。


「えっと、二人とも本当にどうしたの?」


 と、エルナが尋ねた時だった。


「……私は」


 ずっと沈黙していた弐妃かなたが初めて口を開いた。


「真刃さまは、彼女の若き日に出会った・・・・・・・・・・・のではないかと思います」


 神妙な口調でそう告げる。

 それに対し、刀歌は「え?」とキョトンとした顔で小首を傾げた。


「いや、それはそうだろう? 主君は今のひいお爺さま……あえて桜華師と呼ぶが、彼女の姿を見て『御影』と呼んでいた。それは若返ってから出会ったということで……」


「いえ、そうではなく……」


 かなたはかぶりを振って、躊躇いつつも自分の知る情報から推測を語ろうとした。

 それは、赤蛇から話を聞いて以来、ずっと考えていた推測だった。

 自分でも荒唐無稽にも思える推測である。

 けれど、それをここで語るべきだと思ったのだ。


 だが、その時。


「……ん。かなた、正解」


 ソファーの上で三角座りをし、沈黙していた六炉がそう告げた。

 重い口を開く決意をしたのは、かなただけではなかったようだ。


「あの二人の出会いはもっと古い。テテ上さまが日本陸軍にいた頃だから」


「……は?」


 エルナが目を瞬かせる。


「え? それって自衛隊のこと? 日本には軍隊はないんじゃなかったっけ?」


「昔はあった」


 六炉は語り続ける。

 妃たちの視線が、自然と陸妃に集まった。


「終戦前の話。ううん、それよりももっと前の話。昔、テテ上さまから少しだけ聞いたことがある。『御影刀一郎』のことについて」


 一拍おいて。


「魂力こそ低かったけど、その剣技は本当に凄かったって。剣才においては現代に至るまで並ぶ者がいないって。あのテテ上さまが絶賛してた」


「……六炉さん」


 エルナは神妙な声で問う。


「あなたは知っているの? 彼女について」


「全部は知らない。けど、ムロの知っていることはもう全部話そうと思う。真刃の昔のことも含めて。真刃に後で怒られるかもしれないけど」


 六炉はそれぞれに視線を向けた。

 妃たちは全員が緊張した面持ちを見せている。


「ムロはあまり話が上手じゃないから分かりにくいかもしれないけどいい?」


「ええ」


 エルナが代表して頷く。


「話してくれるのなら、それだけでもありがたいわ」


「うん」


 六炉は頷いた。


「話は長いし、沢山ある。それこそ百年分の話だから。『久遠真刃』のこと。『大門紫子』。『大門丈一郎』。ムロのテテ上さま……『天堂院九紗』のこと。それに――」


 六炉は膝を抱えたまま、燦へと目をやった。


「『火緋神杠葉』のことも」


「……へ?」


 燦が目をパチクリと瞬かせた。


「本当に長い話。上手く説明できる自信がないから質問があったらして。じゃあ」


 一拍おいて。


「まずは『御影刀一郎』だけど――」


 陸妃はこう話を切り出した。


「たぶん、彼女は『久遠真刃』の子を宿すべき花嫁として、テテ上さまに選ばれた最初の女性なんだと思う」










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