第281話 忍び寄る影➂

 一方、その頃。

 高層マンションホライゾン山崎の屋上にて。

 九龍の龍体を玉座にして、真刃は考え込んでいた。


「……………」


 足を組み、静かに瞑想している。

 彼の傍に全従霊が控えていた。


 龍の玉座の横には従霊の長・猿忌。

 それも千成瓢箪の槍を携える武将。真装の姿で控えている。

 さらに王に謁見するのは膝をつく赫獅子と、低く頭を下げる狼覇。

 その隣には雷で構成された黄金の羊もいた。剣闘士姿の赤蛇に、虹色の和装姿の十代半ばの少女――非常に珍しい戦闘モードの蝶花の姿もある。


 五将を筆頭にした専属従霊たちだ。他にも刃の孔雀・刃鳥。狐面を着けた純白の巫女――白狐の姿などもあるが、多くの従霊たちは鬼火の姿で宙に待機していた。


 すでに従霊たちは事態を共有している。

 ただ静かに、精霊殿の主の言葉を待っていた。


 そうして――。


「……よもやの事態だな」


 ようやく王は口を開いた。


「赤蛇よ」


 真刃は赤蛇を一瞥した。


「かなたの傷は大事ないか?」


『……もう完全に癒えたそうだ』


 赤蛇は答える。


『だが、すまねえ。ご主人。オレがついていながらみすみすお嬢を……』


「それは仕方あるまい」


 真刃は小さく嘆息して言う。


あやつ・・・が相手ではな。相も変わらず負けず嫌いで稽古には厳しいようだな」


 次いで、赫獅子と狼覇に目をやった。


「赫獅子。狼覇。よくぞ燦たちを守ってくれた。感謝する」


 と、労いと感謝の言葉を告げるが、赫獅子と狼覇は少し沈黙し、


『……勿体なきお言葉。ですが……』


 一拍おいて、狼覇は告げる。


『我らには主にお伝えせねばならぬ儀がございます。されど……』


『今は御影殿の一件が火急であると存じ上げます』


 赫獅子が言葉を継ぐ。


『赫獅子、狼覇、そして金羊の連名にて秘匿にすること、お許し下され』


『……どういうことだ?』


 猿忌が槍をシャランと鳴らして問う。


『秘匿とは何だ? 何があった?』


『……主にとって重要な案件でございます』


 狼覇が頭をさらに下げて告げる。


『されど、それゆえに今はお伝えすることを控えさせて頂きたい。願わくば万全の期をもって迎えたく存じ上げます』


『…………』


 猿忌は怪訝そうに眉間にしわを寄せた。


「……よい。猿忌よ」


 すると、真刃はすっと手を上げて、


「狼覇と赫獅子の忠義は疑うまでもない。金羊もだ。こやつらがこうまで言うのならば相応の理由があるのだろう。話はその期に聞こう。今はそれよりもだ」


 双眸を細める。


「問題は二つある。一つは御影。もう一つは燦たちを襲った輩だ」


 一拍おいて、


「御影については何も分からぬ。だが、いずれあやつの方から動きがあるだろう。疑問はその時にぶつければよい。金羊」


 真刃は視線を黄金の羊に向けた。


「あやつから接触があればすぐに知らせよ。あやつの所在をお前から探り当てても構わぬ」


『了解っス』


 金羊は頷いた。

「金羊」さらに真刃は問う。


「燦たちを襲撃した輩の目的は分かるか?」


『脱獄犯の一派だったのは確実っス。けど、詳細はまだ不明っス。ただ、燦ちゃんと月子ちゃんを未だ狙っている可能性は高いっスね』


「……そうか」


 真刃は指を組んで嘆息した。


「やはりやむを得ぬか。万全を期すのならば、燦と月子とも《魂結びの儀》を行っておくべきなのだろうな……」


『……ほう』


 猿忌が少し驚いたような顔で主に目をやった。

 一方、真刃は渋面を浮かべる。


「いささか考えを改めた。ただし、言うまでもなく第一段階までだがな。特に燦は魂力が充分であれば象徴シンボルを発現できる可能性がある。備えておくべきだろう」


 一呼吸入れて、


「燦たちはこの件が解決するまで学校を休ませよう。念のためにエルナたちもだ。燦と月子が承諾してくれるのならば、今夜、明日にでも《魂結び》を行うつもりだ。そして専属従霊がまだ決まっておらぬ芽衣と六炉についてだが……」


 そこで真刃は白狐に視線を送った。


「すまぬ、白狐よ。望まぬ者に命じることはオレも主義に反するのだが、今回の件が解決するまでは一時的に芽衣についてくれぬか?」


『我が君のお言葉ならば』


 と言って、狐面の巫女は恭しく頭を垂れた。

 真刃は「感謝する」と告げた。次いで、


こうげんはおるか?」


『……ここに』


 鬼火の一つが答える。渋みのある男性の声だ。


「お前には六炉についてもらいたい」


『……押忍』


 鬼火はその言葉だけで応じた。

 再び、真刃は感謝の言葉を述べた。


「《魂結び》がまだ出来ぬ芽衣には、今回に限り《DS》の使用を許可することにしよう。備える上では、六炉以外にも御影やオレ自身の素性をある程度語ろうと思っている」


 一拍おいて。


「以上が方針だ。専属従霊たちに限らず各自警戒は怠るな」


 王の勅命に専属従霊たちは頭を垂れ、鬼火たちは明滅することで応えた。


「……さて」


 真刃は足を組み直した。


「すまぬが、しばし一人になりたい。猿忌。エルナたちの警護は頼むぞ」


『……御意』


 槍を持つ武将は首肯する。


「九龍」


『ガウ』


 真刃の声に、九龍は鎌首を上げることで応えた。

 そのまま、ゆっくりと夜空に飛翔していく。

 高層マンションも眼下に置き去りにして大きな月へと向かっていった。


 夜の空は静かだ。

 黒い龍はさらに上昇して雲さえも越えた。

 そうして、誰もいない月と星だけの世界に辿り着く。


 真刃は何も語らず月を眺めていた。

 その胸中に訪れるのはかつての日々だ。

 共に過ごし、共に挑んだ数々の任務。

 それらが鮮明に思い出される。


 そして、


「そうだな。オレは……」


 夜空の静寂の中で。

 真刃は、正直な気持ちを吐露した。


「嬉しいのだろうな。あやつと再び出逢えて」










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