第384話 弐妃/オズとモーリー②

 コツコツと。

 一人の人物が繁華街を歩く。

 やや暑い六月でありながら黒と赤を基調にした厚手の大きなジャケット。その下には黒いTシャツが見えている。ボトムスには紺色のジーンズと頑強そうなブーツを履いていた。

 肩にはサンドバック型のバッグを背負っている。

 肌は白く、髪は金髪ゴールド。瞳の色は翡翠色エメラルドだ。

 顔立ちも明らかに外国人だった。後ろ髪は雑に切り、前髪は右側のみを短い三つ編みにしていた。それが歩くたびにプラプラと微かに揺れている。

 鋭い眼差しに、閉ざした口元からは牙のように微かに八重歯が見えていた。


「小っちぇえ国だな」


 おもむろに足を止めて呟く。

 初めて訪れたが、何もかもが狭い。

 特に道幅が狭い印象だ。


「窮屈な場所だぜ」


 双眸を細めた。

 ビルを一つや二つ斬り倒せば少しは広く感じるだろうか。


「……ふン」


 その人物は鼻を鳴らした。


「そんな暇もねえか。待っていやがれよ。モーリー」


 そう言って、再び歩き始める。



       ◆



「それはアレックス=オズのことでしょうか?」


 かなたはゴーシュに問うた。ゴーシュは「ああ」と答えて、


『そいつだ。特務班の狂犬らしいな』


 そう告げる。特務班とは、かつてかなたも所属していた、フォスター家の分家や配下の家系の出身者で構成された部隊のことだ。

 そして『アレックス=オズ』とは、かなたの同僚だった。

 かなたよりも二歳年上の少年。相手を突き殺すと言わんばかりの鋭い眼光に、前髪の右側のみを三つ編みにした髪型が印象的な人物だった。

 アメリカ出身の引導師の家系らしいが、一族はすでに彼以外にいないため、実質的には孤児だった。行き場をなくしていたところを特務班に拾われたと聞いたことがある。

 特務班にはそういった経緯を持つ者も多い。


 その中でも『アレックス=オズ』は異色の存在だった。

 彼のことを一言で言い表すのなら戦闘狂だ。

 性格も荒々しく、まるで狂犬のようだと言われていた。

 自身の系譜術に、絶対の自信とこだわりを持っているらしく、少しでも馬鹿にされたと感じればすぐに噛みついてくる。あまりに協調性がないため、誰も関わり合いになりたいとは思わず、彼は常に一人だった。191というかなたにも並ぶ高い魂力を持ちつつも、隷主オーナーでもなければ、誰かの隷者ドナーでもなかったそうだ。


 そんな孤独な少年だったが、かなたとは縁がある。

 別に友人だった訳ではない。

 アレックスにとって、かなたは目障りな相手だったのだ。


『てめえは目障りなんだよ。モーリー』


 直球でそう言われたこともある。

 なお『モーリー』とはかなたのことだ。

 かなたの名前が上手く発音できず、家名からそんな略称を付けられていた。


「…………」


 かつての頃を思い出しつつ、かなたが眉をしかめていると、


『そいつとお前はよく模擬戦をしていたらしいな』


「……確かにしていましたが」


 それは事実だ。かなたは何度もあの少年に因縁をつけられていた。


「彼と仲が良かった訳ではありません」


『ああ。それは知っている。特務班から聞いた』


 ゴーシュは一拍おいて、


『「切り裂きオズ」。そいつはお前と術式が被っている・・・・・・・・のが気に入らなかったそうだな』


「…………」


 かなたは返答せずに、ただ眉だけをしかめた。

 それは薄々気付いていた。

 自分の術式を何よりも誇りにしていたアレックス。

 その術式は、簡潔に言えば『切り裂く』ことに特化したモノだった。

 だからこその『切り裂きオズ』である。

 客観的に見ても強力な術式だったと思う。

 しかし、『切り裂く』ことに関しては、かなたの《断裁リッパー》も負けておらず……。


「……迷惑な話でした」


『フハハ、そうだな。だが、迷惑な話をもう一つしよう』


 ゴーシュは皮肉気な声で語る。


『実は先日、お前の現状についての話をした』


「? どういうことでしょうか?」


『実はな。お前に関しては、先日までは未だエルナの監視及び護衛任務に就いているということにしていたのだが……』


 一拍おいて、ゴーシュは言う。


『義弟が日本の強欲都市グリードを手中に収めたという話を聞き、頃合いだと思ったのだ。エルナは正妻として。お前は側室になったと正式に告げた。二人とも隷者になったともな』


「……そうですか」


 かなたは淡々とした声で返す。

 別に驚かない。まだ第一段階とはいえ、二人とも隷者になったのは事実だ。それ以外に関してもその通りだと思ったからだ。真刃としてはゴーシュの義弟になることは心底嫌だとは思うが、エルナが壱妃である以上、避けることは出来ない現実だった。


『いずれ義弟にはこちらに挨拶にも来てもらうことになるな。俺もまたタイミングを見計らってそちらに窺うつもりだ』


「…………」


 これに関しては思わず呻きそうになる。

 それもまた避けられない事態イベントだった。

 まあ、今はそれどころではない状況なので、だいぶ先のことになると思うが。


『だが、いま告げるべきことは「切り裂きオズ」のことだ』


 ゴーシュは本題に入る。


『奴はその話を知るなり、日本に旅立ったらしい。極めて不機嫌な様子でな』


「……何故ですか?」


 かなたが眉をひそめた。


『普通に考えれば、エルナかお前に惚れていて奪われたのが許せなかった……といったところなのだが、特務班から聞いた奴の性格と戦歴から鑑みると』


 ゴーシュは深々と嘆息した。


『どうも生粋の戦闘狂のようだ。ならば狙いはお前だろう。奴はお前に執着している。ライバル視だな。そんなお前が隷者に落ちるなど許せないということだろうな』


「それは……」


 かなたは言葉を詰まらせた。

 ライバル視と言われると、確かにそうかもしれない。


『いずれにせよ、奴はお前の前に現れる。正直、特務班でも奴は持て余していたようでな。俺自らが躾けねばならん狂犬という状況だったのだが、丁度いい』


 ゴーシュは言う。


『お前が程よく躾けておいてくれ。任せた』


「……ゴーシュさま」


 かなたは小さく嘆息する。


「オズは強いです。私では敗北する可能性があります」


『ああ。そうだろうな。過去の戦歴では五分五分といったところか? だが、お前に何かあるような状況を、義弟はみすみす放ってはおかんだろう?』


「……いざとなったら真刃さまに頼れということですか?」


『それぐらいは甘えろという話だ。お前の母は存外甘え上手だったぞ』


 かなたは再び無言になる。

 娘としては聞きたくない情報だった。

 相変わらずデリカシーが死滅している元主人である。


『とにかく頼んだぞ。狂犬小僧は一本や二本、牙を抜いてから送り返してくれ。義弟にもそう伝えておいてくれ』


 そう言って、ゴーシュは通話を切った。

 かなたは沈黙する。

 ずっと聞き耳を立てていた赤蛇が『どうすんだ? お嬢?』と尋ねると、


「……うん」


 かなたは双眸を細めて、ポツリと呟いた。


「むしろ、これは丁度良かったかもしれない」



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