弐妃/オズとモーリー
第383話 弐妃/オズとモーリー①
それは六月中旬。
久遠杠葉が零妃となって一週間ほど経った頃のことだった。
弐妃・杜ノ宮かなた。
星那クレストフォルス校の高等部の一年生。
彼女は言うまでもなく美しい少女だ。
肩に掛からない程度に毛先こそラフに切っているが、その髪は見事な烏の濡れ羽色。髪質も絹糸のごとくだ。前髪は少し長く、その奥にある黒い瞳は黒曜石のようだ。
さらには整った鼻梁に、薄い唇は桜色。
常に無表情なその顔は、まるで精緻な人形のようである。
まさしく純和風な美しさを持つ少女だった。
現時点までの人生の大半を国外で過ごしていたことは皮肉なようにも思えるが。
いずれにせよ、美貌はもちろん、スタイルともに、美形の多い星那クレストフォルス校においても最上位に位置すると言っても過言ではない。
しかし、かなたはこれまでさほど目立っていなかった。
中等部一年の時は仕方がない。
その頃の彼女は異様に線も細く、針金を思わせるような少女だった。
成長期に入るのはもう少し後のことだ。
当時は瞳も前髪で完全に覆っており、別の意味で純和風の不気味さがあった。
それは死を告げる黒猫のようで……。
誰も彼女に好んで関わろうとは考えなかった。
たとえ、魂力が195もあったとしてもだ。
誰とも関わらず、ひっそりと彼女はクラスの中に潜んでいた。
だが、今は違う。
美しく成長した――いや、今も成長し続けている容姿もそうだが、何より放つ
かつて影のようであり、空っぽだった彼女はもういなかった。
そしてこれだけの輝きを放てば、誰も放っておこうとは思わない。
特に高等部に上がってからは尚更だった。
「……杜ノ宮さん」
放課後。星那クレストフォルス校にある剣道場にて。
胴着姿に竹刀を持った少年が言う。
「俺が勝ったら話があるんだ。いいか?」
「話ですか?」
かなたは眉をひそめた。
身に着けているのは学校指定の体操着。両手には竹刀が二本握られていた。
「少しなら構いません。訓練に付き合って頂いていますから」
道場には二人しかいなかった。
高等部の三年。剣道部主将である彼がこの時間を貸し切ったのだ。
「そうか。ありがとう」
少年は竹刀を正眼に構えた。
「じゃあ、まずは勝ってからだな」
かなたも二刀を構えた。
と言っても、わずかに切っ先を上げただけだが。
そうして――……。
…………………。
……一時間後。
かなたは下校していた。
当然ながら一人だ。いつもはエルナや刀歌と一緒に帰ることが多いのだが、今日は訓練に誘われて付き合ったのだ。
あの上級生の少年とは道場で別れた。
何か話があったようだが、かなたに叩き伏せられてそれどころではなかったようだ。
『ジャハハッ! 容赦ねえな! お嬢は』
と、かなたの首のチョーカーに宿る赤蛇が言う。
『あの坊主、きっとお嬢に勝ったら告白するつもりだったんだぜ』
「……そうなの?」
かなたは眉をひそめた。
「じゃあ、あれは《魂結びの儀》のつもりだったの?」
『いやいや、そんな生々しくて直球なモンじゃねえだろ』
赤蛇が苦笑じみた声で言う。
『真っ当な告白だったと思うぜ。モラルがほぼ壊滅しているような引導師の世界でも学生ぐらいだと、まだまだ初々しい奴も多いってことさ。まあ、それよりもよ』
赤蛇はチョーカーから赤いぬいぐるみの蛇になって、かなたの肩に乗った。
『なんでまた今日は訓練の誘いなんて乗ったんだ? 別にあの坊主のことが気になっていたとかじゃねえんだろ?』
「…………」
赤蛇の質問に、かなたは何も答えない。
黙々と歩き続ける。
『対人訓練なら、刀歌嬢ちゃんや桜華姐さんもいるだろ?』
「……少し」
かなたは口を開いた。
「違う人と訓練してみたくなった」
『なんでまた?』
「…………」
再びかなたは口を閉ざす。
歩き続ける彼女の肩の上で赤蛇は静かに待つ。
そうして、
「……少し思うところがあるの」
そう告げる。
『思うところか?』
「うん。
『どういうことだ? お嬢?』
赤蛇が首を傾げた。
『あの
「うん。あれはあれで完成度は高いと思う。私の力になる。だけど」
一拍おいて、かなたは言う。
「あれにどうしても私は違和感を抱くの」
『…………』
今度は赤蛇が無言になる。
「赤蛇の
と、言いかけた時だった。
不意にかなたのスマホが鳴った。かなたは眉をひそめつつ、スマホを手に取って、そこに表示された名前に「え?」と目を瞬かせた。
少し緊張しつつも、通話に出る。
「……もしもし」
『ああ。かなたか』
それは表示通りの人物の声だった。
かなたは少しだけ喉を鳴らした。
「……ゴーシュさま」
それは、かなたのかつての主人からの通話だった。
『元気そうで何よりだ。
「……はい」
かなたは答える。嘘ではない。愛されている確信は持っている。
まあ、かつての主人がイメージしているモノとは違うかもしれないが。
「ゴーシュさま。今日はいかがなさいました?」
かなたが困惑しながらそう尋ねる。
真刃とは頻繁に連絡と取っている――正確には一方的に連絡してくるそうだが――ことは知っていたが、かなたに連絡が来たのは別れてから初めてのことだった。
『俺に敬語は不要だ。俺はすでにお前の主人ではない。お前はもうエルナ同様に義弟の女なのだからな。しかし、今日、お前に連絡したのは理由がある』
「……理由、ですか?」
どうにも嫌な予感がするかなた。ゴーシュは『ああ』と答えた。
『義弟に告げてもよかったのだが、奴も頭角を示し始めて忙しそうだったからな。それに、何よりもお前の方が当事者になるだろうと思ったのだ。さて、かなた』
そうして。
ゴーシュはこう切り出した。
『お前は「切り裂きオズ」のことを憶えているか?』
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