第392話 肆妃『星姫』/忍の道は険しくて②
(……なんでこうなった)
そう嘆きつつも、ヒカゲは燦に従うしかなかった。
ヒカゲの立場で断れるはずもない。
結果、インドア派のヒカゲは太陽の元に引きずり出されたのである。
(休日の私は引き籠りなのに……)
それも口に出せない。
燦々と輝きやがって。
色んな意味で太陽が疎ましかった。
「ねえ! 師匠!」
ともあれ、燦が叫ぶ。
「あれやって! 水の上を走る奴!」
言って、川を指差した。
深さは脛辺りまで沈むほど。川幅は八メートルぐらいか。
その上を走ってくれと燦は
「……燦さま」
ヒカゲは肩を落として燦を見つめた。
お姫さまの瞳は輝いている。
ヒカゲは諦めたように嘆息した。
「……あまり期待しないでくださいね」
そう告げてから、ヒカゲは川に向かって走り出した。
そして、
――トン、トン、トン。
たった三歩だけだが、水の上を蹴って対面の川辺に降り立ったのだ。
燦は「おお~っ!」と目を剥き、口を丸くして開けた。
それから、ドンっと地面を蹴って対面まで一足飛びに跳んだ。
「凄い! 師匠!」
尊敬の眼差しでヒカゲを見つめてくる。
「本当に水の上を走った!」
「い、いえ、この距離を跳んでくる燦さまの方が凄いと思うのですが……」
「あたしのはただの脚を強くしただけだもん。水の上は走れないよ!」
グッと両手を固める燦。
「教えて! どうやるの!」
「……コツは二つです」
指を二本立てて、ヒカゲは告げる。
「一つは足が接触したタイミングで水を強化しました」
「……え?」
燦が目を丸くする。
「具体的に言うと、私の魂力を水に流して表面張力を一瞬だけ強化したのです」
「え? そんなことが出来るの? え、けど、それってニンポー?」
「いえ。これは
そして「それともう一つ」と続ける。
「これが忍法です。燦さま」
ヒカゲは片足を上げた。指先で靴を差し、
「撥水シューズです」
「………え?」
燦がキョトンとする。
「忍法は
「え? え? え?」
燦は目を瞬かせた。
「どういうこと? あ、ニンジャ道具? 代々伝わる技法の靴なの?」
「いえ。一般企業の市販の靴です」
ヒカゲは堂々と告げる。
「確かにそういった道具もありますけれど、こっちの方がめっさ雨とか弾きます。うちの一族なんかよりも技術が断然上です。企業の力は凄いです」
「……ええエェ」
「魂力を自分以外の存在に通わす方法を覚えてこの靴を履けば、燦さまも簡単に水の上を走れるようになりますよ」
「……えええエェ」
燦は何とも言えない顔をした。
何か思っていたのと違う。
「というより、燦さまの魂力ならシューズなしで歩くことだって出来ると思いますよ」
「それはもうニンポーじゃないと思う」
燦は正直に感想を告げた。
「燦さま。一つお話しておきます」
ヒカゲは足を下ろして、燦の顔を覗き込んだ。
「あまり忍者に期待しないでください。特に私の忍法は魂力ありきですから。忍者は引導師ほど摩訶不思議な存在ではないのです」
「……ええええエェ」
燦はとても残念そうな顔を見せた。
その後、燦は幾つかの忍法を見せてもらった。
例えば、炎術を使えないヒカゲが口から火球を生み出した時。
「可燃性の高い特注の液体に魂力を流しました。油の一種と思って下さい。魂力で操作して油の水提灯を作って、こっそり手元のライターで発火しました」
言って、ヒカゲは特注の極小ライターを見せてきた。
「これが忍法です」とも言った。
例えば、岩をドリルのような形状にして腕に纏い、大岩を抉った時。
「岩に魂力を流して成型しました。あとはこれです」
ボロボロと岩のドリルが崩れ落ちる。
そうして手に握られていたのは輪っか状の取っ手が付いた何かの機械だった。
取っ手に付いたトリガーを引くと、機械が凄い勢いで回転した。
「業務用モーターです」
ヒカゲは身も蓋もない台詞を言った。
「これが忍法です」とも言った。
聞くほどに燦の顔はスンとしてきた。
肩も落として明らかに気落ちしている。
その中で一つだけ燦が瞳を輝かせたのが、遠く離れていた木の影から、燦の影へとヒカゲが一瞬で移動した時だった。
どう見ても科学ではどうにもならない術だった。
しかもとても忍者っぽい。
けれども、
「これは普通に九重家の
「……あ、うん。そう」
燦はやはりスンとなった。
結局、その日は早めに切り上げて、執事の山岡氏が宿泊の準備をしてくれているグランピング施設に、トボトボと向かった。
(これは早く帰れるかも)
ヒカゲは内心でそう期待していた。
まあ、子供の純粋な幻想を壊してしまったようで少しばかり心苦しかったが、これも大人になるということだ。よくあることである。
しかし、そんなヒカゲの思惑は外れることになる。
確かに淡い幻想は崩れてしまったかもしれない。
たが、そもそも燦の直感力は凄いのだ。
運命を見抜く瞳を持っているとも言える。
ある意味、燦がヒカゲに声を掛けたのは必要なことだったのである。
そのことを、ヒカゲが理解するのは翌日のことだった。
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