第225話 闇の呼び水②

 某日某所。時刻は深夜二時を過ぎた頃。


『なァなァなァ』


 その会議は、そんな不満の声をもって切り出された。


『ここ数日の引導師ボーダーどもって、なんか調子に乗ってねえか?』


 三十名ほどが音声のみで参加したWEB会議。

 暗く狭い部屋の中で、PC越しに彼女はその声に耳を傾けた。


『確かにな』


 別の声がそう返す。


『好き勝手に暴れてやがる。俺らより迷惑だぞ』


『あれのどこが理の守護者なんって感じよね』


『俺らのことガン無視やん。流石にムカついてくんぞ』


 と、不満気味な意見が散乱する。

 彼女は苦笑した。

 まだまだ新参の彼女だが、先輩たちの意見には激しく同意だ。


『どうしますか? このまま放置しますか?』


 そう尋ねた。


『お。《瓶底メガネ》ちゃんか』


『うい~す。元気か?』


『ようこそ。まあ、放置するかって話だよなぁ』


『そうよね。確かにムカつくけど、勝手に潰し合ってくれるのは有り難いし、うちらに首を突っ込むメリットってないのよね』


 そんな反応が続く中、


『少しよろしいかしら?』


 女性の声が不意に響いた。

 恐らく二十代ほどの若い女性の声である。

 このWEB会議には何度も顔を出しているが初めて聞く声だった。

 興味を抱き、そのユーザー名に目をやった時、彼女はギョッとした。


『うわッ! 《マザー3》じゃないですか!』


 それは、他のユーザーも同じだったようだ。


『《マザー3》!?』


『うおッ!? ラスボスの登場かよ!?』


『お出でになられてたんすか!』


 そんな動揺した声が次々と上がる。


『ごめんなさいね』


 ユーザー名・《マザー3》が謝罪した。


『お婆ちゃんが急に入ってきて驚かせちゃったみたいね』


『そんなことないっすよ!』


『ようこそお出で下さいました。《マザー3》。心より歓迎いたします』


『お声だけですが、お会いできて光栄です!』


 先輩たちはそう返していた。

 一方、彼女は緊張で声を出せずにいた。

 まさか、あの伝説の存在にこんな形で出会うことになるとは……。

 喉を軽く鳴らしていると、《マザー3》は話を続け始めた。


『今夜の議題は強欲都市グリード引導師ボーダーたちについてなのよね?』


『はい。そうです』


 この場をセッティングした先輩が答える。


『なら、先達者としてお婆ちゃんの話を聞いてもらえるかしら?』


 そう尋ねる《マザー3》に、


『もちろんっす』『謹んで拝聴させていただきます』『どうぞ。《マザー3》』


 肯定の声が返ってくる。

 もちろん、彼女――《瓶底メガネ》も賛同だ。


『よろしくお願いします』


 緊張した声でそう願う。


『ふふ。ありがとう。それでは』


 そう切り出して、《マザー3》は語り始めた。


『まず私個人の意見だけど、今の引導師ボーダーたちの争いには介入すべきではないわ』


 全員が沈黙して耳を傾ける。


『今のあの子たちは、まさに欲望のままに動いている。初めて見えた覇者の座に高揚しているようね。そこには激情の渦はあるでしょうけど……』


 小さく嘆息する。


『私たちが望むような人の美しさはないでしょうね。むしろその真逆かしら』


『……まあ、そうですよね』


 誰が苦笑を零した。

 他にも数名、溜息のようなモノを零しているのが伝わってくる。


『だから介入すべきではないと思うの。ただ、もう一つ思うこともあるわ。忘れてはいけないことよ。そう。私たちは――』


 一拍おいて、《マザー3》は告げる。


『それぞれがエンターテイナーであるということ。これほどのお祭りよ。全く無視するのも問題があるんじゃないかしら?』


『……確かにその通りっすけど……』


 先輩の一人が口を開いた。


『だとしたらどうしましょうか? 介入か、不介入か……』


『そうね。難しいところね。そこでお婆ちゃんから提案があるの』


《マザー3》がそう告げた。


『全員介入というのは大人げないし、私たちにメリットもない。それに若い子たちのお祭りだしね。だから、こちらも若い子だけ参加させたらどうかなって思うの』


『……若いのっすか?』


『ええ。ところでこの場で一番若い子って誰かしら?』


 そう尋ねる《マザー3》に、《瓶底メガネ》はドキッとした。

 この中で最も若い者といえば――。


『それなら《瓶底メガネ》ちゃんっすね』


 先輩の一人がそう告げた。

 そうだ。この中では自分が最も若かった。


『そう。えっと《瓶底メガネ》ちゃん。ここにいる?』


『あ。は、はい。《マザー3》』


 少し上擦った声で彼女は応えた。

 伝説の存在に声までかけられて緊張が隠せなかった。

 すると、


『ふふ。緊張しないで』


 音声だけだが、《マザー3》が微笑んでくれたのを感じた。


『今回のお祭りね。あなたにだけは参加して欲しいの』


『わ、私がですか?』


 困惑する《瓶底メガネ》。《マザー3》は言葉を続ける。


『実際のところは参加とは少し違うかしら。色々言ったけど実は本命の目的があってね。お祭りにかこつけて、あなたに検証して欲しいことがあるのよ』


『……検証ですか? 《マザー3》』


 先輩の一人が訝し気な声を発した。

『ええ。そうよ』と《マザー3》が答える。


『実はね。こないだガー君から……あら、失礼。ここだとユーザー名じゃなきゃいけなかったわね。えっと《ジェントル6》から連絡があったの』


 唐突に挙がった《マザー3》にも並ぶビッグネームに緊張が奔った。

 だが、その後に続く言葉はさらに驚くべきモノだった。


『こないだ噂になった《宝石好き》ちゃんの報告。あれを実証したって』


 一拍の間。


『――なッ!』『マジっすか!』『うそっ!?』


 驚愕の声が次々と上がり、騒然となる。

 当然、《瓶底メガネ》も目を見開くほどに驚いていた。


『もちろん、《ジェントル6》のことは信頼しているけど』


 そんな中、《マザー3》は言葉を続けた。


『話が話だし、一応こちらでも検証しないとね。そこで今回のお祭りよ。えっと、はっきり言うとね。《瓶底メガネ》ちゃん』


 陽気な声で《マザー3》は言う。


『このどさくさに紛れて目ぼしい引導師ボーダーを攫っちゃえって話なの』


『うわあ、身も蓋もないっすね。《マザー3》』


 誰かがそうツッコんだ。

 一方、《瓶底メガネ》は目を丸くしていた。

 唐突な話過ぎてついていけてなかった。


『けど、それなら俺らも出た方がいいんじゃないですか? 《瓶底メガネ》ちゃんも決して弱くはないですが、あの街の引導師ボーダーどもは理性がうっすい輩ですから』


 と、先輩の一人が心配してくれる。


『ふふ。末っ子が可愛いのは私だって同じよ。もちろん、《瓶底メガネ》ちゃんの安全が第一ではあるわ。けど』


《マザー3》はこう答えた。


『ここはあえて任せたいと思うの。きっと良い経験になるはずだわ』


『……《マザー3》』


《瓶底メガネ》は《マザー3》の名を呟いた。

 本当に光栄だった。


『ご指名ありがとうございます。《マザー3》。身に余る栄誉です』


 感謝の言葉を告げる。

 そして画面越しに、彼女は笑った。


『検証は必ずいたします。そして若輩者ではありますが、私もエンターテイナーの端くれ。必ずやこの街をさらに盛り上げてみせます!』


『おお! やる気だな! 《瓶底メガネ》ちゃん!』


『頑張れ! 《瓶底メガネ》ちゃん!』


 先輩たちが声援を贈ってくれる。

 その上、画面越しに盛大な拍手も届いた。


『頑張ります!』


 自室で《瓶底メガネ》はガッツポーズをとった。

 WEB会議は、そのまま《瓶底メガネ》の激励会となった。

 それから一時間後。

 暗い自室で、彼女はPCをそっと閉じた。

 椅子の背に体重を預けて大きく仰け反り、天井を見上げる。

 本当に感無量だった。

 優しい先輩たちに、偉大なる最古の女王。

 感謝しても感謝しきれない想いだった。

 そうして彼女は、


「ふふ。どんな子を攫っちゃおうかなあ」


 瓶底のような眼鏡の奥で、実に楽しそうに目を細めるのであった。

 夜はまだ続く。

 闇の時間は終わらない。

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