第386話 弐妃/オズとモーリー④

 ……ズズズ。

 アレックスが虚空から取り出したのは一振りの剣だった。

 それも彼の身長よりも長い大剣だ。

 アレックスが剣士であることは知っていた。

 幼少期も、身の丈よりも長い剣を振り回していた。あの頃よりも武器がより巨大になったのは、成長によってそれに見合うだけの膂力を手に入れたということだろう。

 それを示すように、アレックスは大剣を片腕で軽々と薙いだ。


「オレには野望がある」


 彼は言う。


「このままフォスター家の飼い犬のままで終わる気はねえ。オレはオズ家を復興させる。そのために目を付けていたのがてめえだった」


 かなたは無言だ。


「てめえの親父と当主ゴリマッチョの決闘はオレも見てたんだよ。てめえの親父はマジで凄い奴だった。負けこそしたが最期まで惚れ惚れするほどの戦いっぷりだった」


 かなたは微かに表情を動かした。

 アレックスの口から父の話が出てきたのは意外だった。


当主ゴリマッチョが一目置いたのもよく分かるぜ。だからてめえに目を付けた。オズ家の復興のため。てめえをオレの配下にするためにな」


「……私を隷者ドナーにと考えていたのですか?」


「まあ、当然の流れとしてな」


 かなたの問いに、アレックスは即答する。


「それも破綻しちまったが、まだ手はある。まずは今日ここでてめえの目を覚まさせる。そんでそれからてめえの今の隷主オーナーを殺す」


 大剣を片手に淡々とした声でそう宣告するアレックス。

 すると、かなたの気配が変わった。


「……へえ」


 アレックスは興味深そうに呟いた。


「まだそんな顔も出来んだな。なら更生も可能かもな」


 あまりにも冷たい表情を見せるかなたに、そう告げる。


「……もう戯言もいいでしょう」


 かなたは、スカートの中から愛用のハサミを取り出した。

 それを巨大化させて二刀として構える。


「いかなる理由があろうと、あの人を殺すなどと言う輩は私の敵です」


 宣戦布告をする。


「……ケッ!」アレックスは、忌々し気に息を吐く。


「少しは昔に戻ったかと思えば、出て来たのは女の台詞かよ」


 アレックスは再び大剣を薙いだ。


「まずはてめえの性根を叩き直してやんよ!」


 言って、駆け出した。

 大剣を持っていると思えない加速だ。

 かなたも迎え撃つ。

 大剣が上段から。ハサミの刃が下段から放たれる。

 ――ギィンッ!

 二つの刃は激突した。

 弾かれたのは重量で劣るハサミの方だった。

 しかも、今の一撃で刃が少し欠けてしまった。


 これがアレックスの術式だった。

 手に持った刀剣類の切断力を数倍にまで底上げする。

 刀剣の霊具を彼に使わせれば、右に出る者はいないだろう。

 その術式名は《剣群襲来ブレイド・ホッパー》と言った。


「――おらよ!」


 大剣はさらに唸りを上げる!

 かなたは両手のハサミで迎え撃つが、数戟もしない内に後方へと追いやられた。


「どうしたモーリーッ! マジで磨いてきたのは男の喜ばし方だけかよッ!」


 アレックスは怒号を上げて猛攻をかける。

 上段から下段。刺突に横薙ぎ。

 荒々しい剣だが、幾度も基礎を繰り返さなければ到達しない正統な剣術だ。

 かなたは完全に防戦になった。

 どうにか隙を窺い、二刀のハサミで大剣を挟みこんで切断を試みるが、それはアレックスの巧みな剣捌きであっさりと妨害される。


 かつては剣技においても互角だったのに、今は完全に翻弄されていた。

 今日までかなたも剣術には相当に力を入れてきたというのにだ。


(やはり私は……)


 険しい表情でかなたは思う。

 と、その時、鋭い横薙ぎが繰り出された!

 かなたは、咄嗟に右のハサミを立てて防いだ。

 吹き飛ばされはしなかったが、半歩、横に追いやられる――と、


「隙ありだぜ! モーリーッ!」


 アレックスは蹴りを繰り出してきた。

 かなたはギョッと目を剥いた。

 剣術に体術を組み込むことは一般的だ。

 しかし、アレックスは盾にしたハサミに向かって横蹴りを繰り出したのだ。

 刃にそんなことをすれば足が切断される。

 それにも構わず、アレックスは蹴りつけて来たのである。

 そして、


 ――ギィンッ!


 金属音が響いた。

 ハサミの刃と、生身の足が激突した音だった。

 アレックスの蹴撃はハサミに切断されることもなく、かなたを吹き飛ばした。

 かなたは、ゴロゴロと転がりながら立ち上がった。

 その顔は唖然としていた。


「流石に驚いたか?」


 一方、アレックスは不敵に笑う。


「お前、オレの《剣群襲来ブレイド・ホッパー》を刀剣の切断力アップの術式だと思ってたろ? 確かにそれもあるが、それは一部だ。オレの《剣群襲来ブレイド・ホッパー》は――」


 片足を上げたまま、大剣で刺突の構えを取る。


「三十センチ以上の棒状のモノを刃に変える。それが《剣群襲来ブレイド・ホッパー》の真骨頂なんだよ」


 かなたは両手でハサミを構えつつ、険しい表情を見せた。


「それはオレ自身にも適用されんだよ。お前からみりゃあ、オレは成長してねえチビかもしんねえが、流石に手足は三十センチ以上あるんだぜ」


 皮肉気に笑う。

 そうして再び駆け出した。

 大剣を振るう! 

 かなたがハサミで受け止めれば手刀が来る!

 体で受けてはいけない。もう片方のハサミで弾いた。やはり金属音がする。

 アレックスの手数は一気に増えた。

 ただでさえ防戦一方だったのが、今や敗北必至の状況である。

 かなたは渾身の力で左のハサミを振り上げた。

 そのまま手を離してハサミを飛翔させる。


「おいおい」


 アレックスは後方に大きく跳躍して回避した。


「苦し紛れか? 情けねえな。モーリー」


「……いえ」


 一刀だけになったかなたが荒い息を整えつつ告げる。


「この距離が欲しかったので。オズ。一つ感謝を」


「は? 感謝?」


 かなたの台詞に、アレックスは眉根を寄せた。

 対するかなたは嘆息していた。


「あなたと戦ったおかげで私は確信しました。やはり――」


 一拍おいて、


「私には剣才がない」


 ハサミの柄を強く握って呟く。


「あっても並みより少し上程度でしょう。あなたのような生粋の剣士と戦ったことで、それがはっきりと理解できました」


 かなたの抱いていた疑問。それは自分の剣才のレベルだった。

 かなたの術式が接近戦向きだったため、かなたの戦妃武装オーバーレイドは三本の長い剣尾で中距離を制し、接近戦に持ち込むことが前提になっていた。


 しかし、肝心のかなたの剣術はそこまで優れていないのだ。

 少なくとも、刀歌や桜華とは比べられるようなレベルではない。格下相手ならともかく、同格か格上相手では、むしろ接近戦に持ち込むのは悪手と言えた。


「正直これで吹っ切れました」


 と呟き、かなたは深々と嘆息する。


「おかげで私は戦い方を変えられそうです」


「……あン? どういう意味だ?」


 眉をしかめてアレックスが問う。と、かなたは苦笑を浮かべて、


「改めてあなたには感謝を。ここから先は少々凶悪ですのでどうか死なないでください」


 言って、彼女はおもむろに何かを高く投げた。

 アレックスは警戒してそれを睨みつける。

 それは極めて小さなハサミだった。

 前髪を整えるか、糸を切るぐらいしか用途のなさそうなおもちゃのようなハサミだ。

 だが、それがアレックスの頭上で一気に増殖する。

 引導師ならば誰もが使える一時的に質量を増大させる基本術式の応用術だ。


(つまんねえな。ただの目晦ましかよ)


 アレックスはそう判断した。

 極小ハサミは何百と増えたようだが、所詮はおもちゃだ。

 アレックスは大剣でハサミの流星群を薙いだ――が、


 ――ガリガリガリッ!

 何かが削れる音がした。


 それは大剣の刀身だった。今の一振りで無数の傷が刀身に刻まれたのだ。


「―――な」


 アレックスは驚きつつも後方へと跳躍した。

 どうにかハサミの流星群を回避する。

 地に落ちた流星群は瞬く間に一つの小さなハサミに戻った。

 だが、かなたの攻撃はそれで終わりではなかった。


「本当に死なないでくださいね」


 そう言って、再び投擲する。今度は極少のハサミが三つだった。それらは一撃目の三倍の数となって、アレックスへと襲い掛かる!


 アレックスは大剣を捨てた。

 大振りの大剣では凌ぎ切れない。そう判断したのだ。


「――うおおおおおおッ!」


 アレックスは両腕に術式をかけた。

 切断力も限界まで高める。そして霞むような速さで両腕を振るった。

 不協和音が廃車工場に響く。

 だが、物量があまりにも絶望的だった。


「うわああああああああ―――ッ!?」


 遂には呑み込まれてしまった。

 数秒後、そこには立ち尽くしたアレックスの姿があった。

 装甲のようだった赤黒の大きなジャケットも、その下の黒いシャツまでズタズタに切り裂かれていた。額や両腕からは血も滴り落ちている。


「……私の《断裁リッパ―》は」


 かなたはアレックスに近づきながら語る。


「二つの刃で対象の物体や現象を挟むことで切断の術式が発動します。それは刃の鋭さも大きさも関係ありません。対象との強度差もです」


「…………」


 アレックスは答えない。だが、気絶もしていないようだ。


「ですので、むしろ小さなハサミの方が効果的なのです。ただ挟むだけなら簡単ですから。今まではやろうとは思いませんでしたが」


「…………」


 アレックスは未だ答えない。

 かなたには分かっていた。彼は最後の力を溜めているのだ。

 かなたはアレックスの前で立ち止まった。

 静寂が訪れる。

 そして、

 ――ギロリ、と。

 双眸を赤くして手刀を繰り出すアレックスに対し、かなたの攻撃は一瞬だった。

 神速のハイキックだ。

 それでアレックスのこめかみを打ち抜いたのである。

 アレックスは真横に回転し、地面へと叩きつけられた。


「流石に頭までは刃物ではないのですね」


 淡々とした声でかなたは言う。

 アレックスはもう動かない。うつ伏せになって気絶していた。

 決着がついたのである。


『なかなかぶっ飛んだ小僧だったな』


 と、ずっと沈黙していた赤蛇が言う。


『だが、今の戦妃武装オーバーレイドの欠点を教えてくれたのはありがたかったな』


「うん」かなたは頷く。


戦妃武装オーバーレイドは一から組み直さないと。重点にすべきは中距離戦だった。それが分かっただけでもオズには感謝している」


『まあ、流石にやり過ぎじゃあねえかとは思ったがな』


 赤蛇が『ジャハハ!』と笑った。


「それは自分でも分かってる。早く治療しないと」


 そう言って、かなたはアレックスの傍で片膝をついた。

 そして彼の肩を掴むと、上半身を仰向けにひっくり返して……。

 ――プルンっと。


「…………………え?」


 それを目の当たりにして、かなたは目を丸くした。



      ◆



 数日後。

 かなたは空港にいた。

 そこには怪我が治癒したアレックスの姿もある。


「では、とっとと帰ってください。オズ」


「お前はマジで連れねえな。モーリー」


 ジト目でアレックスは言う。

 来た時と同じく赤黒の大きなジャケットを纏っている。


「あなたとは友人でもありませんから。早く帰ってください。さもなくば――」


 今度はかなたがジト目を見せた。


「あなたが『女性』であることをゴーシュさまに報告します」


「……はァ」アレックスは深々と溜息をついた。「まさかお前にバレちまうとはな」


 言って、ジャケットの前を少し開いた。

 その下の黒いシャツ越しに、むにゅんっと自分の胸を鷲掴みにする。厚手のジャケットでどうにか誤魔化しているようだが、そこには確かな双丘がある。


「正直、あの節操なしの当主ゴリマッチョにバレるとヤバい予感しかしねえからな。『アレックス』っていう男でも女でも通る名前も都合よくて、周りが勝手に勘違いしてくれたんだよ」


 アレックスはそう語る。

 不思議なもので女性だと言われると、もう少女にしか見えなかった。

 短い金髪の少しやんちゃそうな美少女である。


「今のオレじゃあ当主ゴリマッチョにはまだ勝てねえからな。手籠めにされて《魂結びソウルスナッチ》なんて結ばれたら最悪だ。だから今回は大人しく帰るから黙っててくれよ」


「すぐに帰るのなら約束しましょう。しかし《魂結びソウルスナッチ》と言えば……」


 かなたは眉根を寄せた。


「あなたは女性なのにどうやって私を隷者ドナーにするつもりだったのですか?」


「へ? いや、同性でも第一段階なら《魂結びソウルスナッチ》は出来んだろ?」


 アレックスはキョトンとした顔をした。


「オズ家を復興させるための相棒だ。《魂結びソウルスナッチ》を結んでも変じゃねえだろ?」


「……第一段階の話だったのですか」


 かなたは深々と溜息をついた。

 結局のところ、アレックス=オズとは極度の脳筋娘だったのだ。


「まあ、本音を言えば、モーリーを負かした男を見てみたかったんだが」


「…………」


 かなたはブスッとした眼差しをアレックスに向けた。


「お前を相棒にするためには避けては通れねえ壁だ。なら顔ぐらいは――」


「いいから帰ってください」


 かなたは両手でアレックスの背中を押した。


「あなたが私を相棒にする件を諦めていないのは分かりました。けれど、あの人は関係ありません。再戦ならまた私が受けますから」


「まあ、まずはお前に勝ってからなんだけど、ちょっとぐらいは……」


「いいから帰ってください」


 かなたは、無理やりアレックスを飛行機の搭乗口の方まで押しやった。

 どうにも納得のいっていないアレックスだが、弱みもあるので約束通り従ってくれた。

 その姿は遠くへ消えていく。それをかなたは見届けた。

 これでゴーシュから受けた依頼は達成したということだ。

 かなたは一人、しばらくロビーにて一息ついていた。

 すると、


『随分と強引に帰らせたな』


 赤蛇が声を掛けてきた。


『友人じゃねえとは言ってたが、そこまで嫌いな相手でもねえんだろ? ならご主人に紹介するぐらいは良かったんじゃねえか?』


「……一度でも真刃さまを殺すと言った人間を紹介する気はないから」


 と、かなたは言うが、それは表向きの理由だった。

 こう言っては何だが、アレックスがどう足掻いたところで真刃に勝てるはずもない。


 本当の理由は別だ。

 一言でいえば、直感だった。

 どうにも嫌な予感がひしひしとしたのだ。

 なにせ、ここ数日、アレックスと話したところ、どうも彼女の初恋はかなたの父であるらしいのだ。ゴーシュとの決闘で幼いながらもときめいたらしい。

 アレックスが、かなたに強く固執するのもそれが一因になっていた。

 まさかの父の代からの因縁だった。


 そして、そんな彼女が真刃と出会った時、何を想うのか。

 かなたの父によく似た雰囲気オーラを持つ真刃を前にして。

 何より、自分よりも遥かに強い存在を目の当たりにしてしまったら……。


(……まさかとは思うけど……)


 その時、一機の飛行機が飛び立った。

 時間的にアレックスが搭乗しているはずの便だ。

 かなたは、ロビーから旅立つ飛行機を見やりつつ、渋面を浮かべた。

 アレックスは、きっとまたやって来る。

 そう思うと、やはり嫌な予感がした。

 果たして、かなたの予感は当たるのか。

 それはまだ誰にも分からなかった。


 いずれにせよ、オズとモーリー。

 彼女たちの因縁は続く。



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次話『参妃/幼馴染ラプソディー』

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