第142話 刃の王は、高らかに告げる⑤

いつも読んでいただき、ありがとうございます。

お知らせがございます。

本作ですが、最近、PVもブクマも伸び悩んでおりますので、少しでも多くの方の目に届くよう、本日より1/3(日)までの期間、1日置きは変わりませんが、更新日には朝と夜で2話投稿しようと思います。

応援していただければ、嬉しく思います。

これからも本作をよろしくお願いいたします。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ……はァ、はァ、はァ。

 息が切れる音が響く。

 金堂こんどう岳士たけしたちは、大通りへと飛び出した。

 そこには、化け物どもの姿はない。


「……はァ、はあァ……」


 刀を片手に、岳士は大きく息を吐きだした。

 彼の四人の仲間たちも、荒い息を整える。

 旅館で屍鬼の群れに襲われた岳士たち。

 無傷とはとても言えないが、どうにか全員が生き残っていた。


 その理由は、明確だった。

 岳士たちが旅館の奥へと追い込まれた時、突如、壁を打ち砕いて現れた三つ首の大蛇が、屍鬼の群れの前に立ち塞がったからだ。


 壁の瓦礫をかぶりつつ、虎よりも大きな蛇は、鎌首の一つを岳士たちに向けた。

 一瞬、こんな化け物まで送り込まれたのかと蒼白になったのだが、


『早く逃げな』


 大蛇の三つ首の一つが、そう語り掛けるではないか。


『ここは俺に任せな。お前さんたちは生き延びることだけを考えろ』


 言って、大蛇は、屍鬼どもを薙ぎ払い始めた。

 屍鬼どもも危険と察したのか、大蛇の方に襲い掛かった。

 岳士たちは困惑したが、大蛇が味方、もしくは化け物の同士討ちならば儲けものだ。

 五人は、旅館から逃げ出した。

 そして狭い路地を走り抜け、この大通りまで逃げきったのである。


「……みんな、怪我はねえか?」


 岳士が仲間にそう尋ねると、「あ、ああ」「重傷はねえ」と返事が来る。


「……けど、あの蛇は何だったんだ?」


 と、仲間の一人が、全員の疑問を口にした時、


「――金堂さん!」


 不意に、仲間以外の声が響いた。

 岳士たちが、ハッとして目をやると、黒田信二と、彼の仲間である四人が、こちらに向かって駆けてくるところだった。


「おお! 黒田の坊ちゃんじゃねえか!」


 岳士は、表情を輝かせた。

 岳士たちも、信二たちの元へと駆け出した。


「おおっ!」「お前ら!」「無事だったか!」


 そうして、合流する二組。

 信二と岳士たちは、互いの無事を喜んだ。

 刀を手に、信二は岳士に声を掛ける。


「良かった。無事だったんですね。金堂さん」


「おうよ」


 岳士は、ニカっと笑った。


「俺はしぶといんでな。坊ちゃんも無事で良かったよ」


 それから、仲間たちを見渡す。


「けど、先生とは、まだ合流してねえのか?」


「はい」信二は頷く。「先生も無事だと良いんですが……」


「まあ、先生は強えェからな。きっと無事だろう」


「……はい」


 信二は、少し躊躇いつつも頷いた。

 何やら胸騒ぎがするが、今は伝えなければならないこともある。


「金堂さん。実は――」


 と、この街に現れた、退魔を行う女性のことを伝えようとした時だった。

 ――ドンッッ!

 突如、強い衝撃が、地を揺らした。

 地震……というよりも、何か巨大な物が大地に堕ちたような振動だ。

 信二たちは顔色を変えた。

 そして、


「な、何だありゃあ……」


 豪胆な岳士が、双眸を見開いて空を見上げた。

 信二たちも、同じ方向を見て、言葉を失っていた。


 街の一角。

 そこには、天を突くほどに巨大な火柱がそびえ立っていた。


 まるで空を支える炎の大樹だ。どれほど巨大なのか、全容も分からない。

 一瞬遅れて、熱波が信二たちを襲った。

 身を焦がすほどではないが、あの炎の大樹がそびえ立った余波なのは間違いない。

 ただただ唖然とする静寂の中で、


「……一体、何が起きているんだ?」


 信二の、その呟きだけが零れ落ちた。



 一方、この光景に、顔色を変えた者たちもいた。

 桜華と、エリーゼである。

 二人とも、突如、出現した炎の大樹に目を奪われていた。


(……あれは……)


 桜華は、断片的な情報を処理しはじめる。


(炎の大樹。炎。久遠は炎も使えた。《屍山喰らい》。名付きの特級。あの女が言った。ここには奴の主がいる)


 そこまで処理した直後、桜華は駆け出した。


(――あの莫迦!)


 今の状況を、刹那に察する。

 あの自虐的で、この上なく捻くれた莫迦な男は、《制約》に縛られた躰で、あの伝承級の怪物に挑んだのだ。

 焦燥が胸を灼く。

 桜華は、全速で駆けていた。

 それを、エリーゼは妨害しなかった。

 彼女もまた、桜華と同時に走り出していたからだ。

 エリーゼには、桜華ほどの情報はない。

 だが、この異常事態だ。只事ではないことを察するには充分だった。

 そして、この異常事態の中心に、自分の主人がいることも。


(――お館さま!)


 二人は駆ける。

 それぞれの『夫』の元へ。



       ◆



 ――《災禍崩天》。

 それは、全方位に劫火を放つ、久遠真刃の最大の秘術である。

 その破壊力、攻撃範囲はまさに桁違いであり、解き放たれた圧倒的な炎熱は、範囲内にある存在すべてを焼滅、熔解させて、そこを煉獄と化す。

 あまりにも強力すぎて、真刃も実戦では、ほぼ使ったことのない術だ。


(……上手く決まったか)


 熱量で歪む景色。

 熔解して原形も留めない世界にて、真刃は一人、佇んでいた。

 そうして、小さく息を吐く。


『……どうにか策は成功したようだな。助かったぞ。時雫』


『……いえ』


 すると、真刃の胸元。装甲の下から少女の声が返ってきた。

 五将筆頭、ときしずく

 真刃の持つ懐中時計に宿る従霊である。

 戦闘能力においての彼女は、五将はおろか、他の従霊と比べても明らかに弱い。

 性格も穏やかで、大人しい少女である。単独での戦闘力は最弱と言ってもいいのだが、その異能一つによって、五将筆頭を拝命していた。


『……申し訳ありません。私の異能がもっと連続で使用できれば』


『何を言う。お前が時を止めなければ、この機は掴めなかった』


 と、真刃が言う。


 ――時間停止。

 それこそが、時雫の異能だった。

 わずか一秒ほどではあるが、彼女は時間を止めることが出来るのである。


 誰もが認める最強の異能の一つである。

 その異能があったからこそ、一瞬だけ餓者髑髏の視界から消え去り、不意打ちを喰らわすことが出来たという訳だ。


 おかげで、この上ない機で《災禍崩天》を放つことが出来た。

 時雫は、見事に真刃のめいを果たしたのである。


 ゆえに、この結果は、彼女のせいではない。

 今回の相手が、あまりにも化け物だったという、ただそれだけの話だ。


 ――ガシャリ、ガシャリ。

 不意に、何かが動く音が響く。

 ここは煉獄。すべてが赤く熔解した火口のごとき世界。

 そんな中を、それ・・は、ゆっくりと歩いてくる。


「――フハハハ!」


 陽炎を背に、銀色に妖しく輝く姿。

 全身が余すことなく刀身と化した、それ・・は笑う。


凄いなぐれいと! 実に凄いべりーべりーぐれいと! この術も凄いが、よもやの時間停止たいむすとっぷとはな!」


 体格もまた人間の姿であった時より、二回りは大きくなっていた。


「いやはや! 君は本当に人間なのかね!」


 まさしく刀剣の髑髏と成った餓者髑髏は、上機嫌にそう尋ねてくる。


『……オレも聞きたいな』


 真刃は訊く。


『……貴様こそ、本当に元人間なのか?』


 零距離からの《災禍崩天》。

 そもそも、直前の蹴撃からして、生物に耐えられるような一撃ではない。

 だというのに、その二連撃を受けてなお、こうも健在とは……。

 すると、餓者髑髏は「フハハ!」と笑った。


「吾輩が人間だった頃など、遥か昔のことだ。知性と共に、生前の記憶と姿も取り戻すのが我霊の特性といえども、流石に彼方過ぎて憶えておらんよ」


 ギャリギャリと、刃の指で頬骨をかく。


「だが、死をここまで近く感じたのは、実に久方ぶりだった。君はとても面白い。君の名を聞いても良いかね?」


『…………』


 真刃は一瞬沈黙する。が、


『……久遠真刃だ』


 そう名乗った。すると、餓者髑髏は「ほう!」と声を弾ませた。


「なんと書くのかね?」


 続けてそう尋ねる餓者髑髏に、


『……久しく遠い。真なる刃だ』


 真刃がそう答える。と、餓者髑髏は、ギャリンと刃の両手で柏手を打った。


「おお! やはり久遠くおんやいばか! 奇しくも吾輩と同じ、永久不滅の刃ということだね!」


『……くだらん言葉遊びだな。それに貴様のような兇刃と同列にされるのは業腹だ』


「フハハ! それは手厳しい!」


 餓者髑髏は、どこまでも陽気に笑う。

 その声が、刀身だけで造られた躰と相まって、さらなる不気味さを放っていた。


「さてさて。お互いに熱も籠ってきた頃合いなのだが……」


 その時、餓者髑髏が、天を見上げた。


「やれやれ。少々派手に暴れすぎたようだな。エリーが、吾輩を心配してここへと向かって来ているようだ」


『……《屍山喰らい》がか?』


 真刃がそう尋ねると、ガシャンと音を立てて、餓者髑髏が首肯した。


「その二つ名は、可愛いエリーには全く似合わないので、君たちには強く改名を要望するよ。ともあれ、あの子が今、ここに向かっている」


 そこで、周囲を見渡した。

 未だ炎熱が燻る地獄のような世界だ。


「流石に、こんな苛烈な場所に、か弱いあの子を来させる訳にはいかんな。あの子の柔肌では怪我をさせてしまう」


 餓者髑髏は、さらに呟く。


「屍鬼もほとんど狩りつくされたようだ。残念だが、今宵はここまでか」


 餓者髑髏は「ふう」と嘆息してから、


「久遠君」


 真刃を見据えた。


「吾輩としては、これからという気分ではあるのだが、妻がここに向かって来ていてね。あの子のことだから、躰が灼かれることも厭わず、ここに来てしまうだろう。吾輩としてはそんなことはさせたくない。名残惜しいが、今宵はお暇させて頂くよ」


『……逃げる気か?』


 真刃が拳を固めてそう尋ねると、


「ふむ。逃げるというよりも、仕切り直しだね」


 餓者髑髏は言う。


「今宵は、流石に想定外いれぎゅらーが多すぎる。それはそれで楽しくはあったが、観客ぎゃらりーであると同時に興行主しょうますたーでもある身としては、宜しくないのも事実。従って、明日、第五夜にて仕切り直しをすることにしよう」


『……随分と、身勝手な話だな』


「それが、我霊というものではないかね?」


 餓者髑髏は、くつくつと笑う。


「それに、ここに向かっているのは、君の妻も同じようだぞ?」


『……なに?』


 真刃は、眉根を寄せた。

 ――妻。

 そう告げられて、脳裏によぎったのは二人の少女だった。

 大門紫子と、火緋神杠葉の姿である。

 しかし、


(……あの阿呆あほうめ)


 すぐさま、三人目の姿もよぎる。

 あの融通の利かない愚直な阿呆は、何としてでも、この場所に来ることだろう。


「君の奥方も、エリーには劣ると思うが、実に美しい。彼女の美しい姿を、君自身が生み出したこの煉獄で灼きたいのかね?」


『…………』


 真刃は沈黙した。

 だが、それは反論がないという無言の返答でもあった。


「ふふ。お互い、愛する妻には甘いようだね」


『…………』


 それには反論したい気分だったが、真刃は沈黙する。


「……ふふふ。さて」


 餓者髑髏は、両腕を空へと広げた。

 そして、



「勇敢なる戦士たちよ!」



 異界全体に響く声で告げる。


「今宵の君たちの活躍も見事だった! 夜明けまでまだ時はあるが、すでに屍鬼たちは壊滅状態。今宵はすでに君たちの勝ちと言えよう! 従って第四夜はこれにて終了とする!」


 一拍おいて、


「今宵は君たちにとって特別な来客もいる! 第五夜は彼らも交えてこれまで以上の夜としようではないか! では、今宵は休みたまえ! 良き夜をぐっどないと! 戦士たちよ!」


 そう告げる。

 真刃は、餓者髑髏を睨み据えていた。


『……貴様は一体、何を考えている? 目的は何だ?』


 我霊の目的とは『生』の証を示すため、三大欲求を満たすこと。

 その行動理念は、極めて簡潔であり明瞭だ。

 しかし、この言語を解する千年我霊の行いは、あまりにも不可解だった。

 多くの人間を巻き込んだこの状況に、一体どんな意図があるのか――。


『何を企んでいるのだ。貴様は』


「フハハハ! 企むというほどでもないさ」


 餓者髑髏は、刃の歯を鳴らして笑った。


「まあ、それも明日だ。機会でもあれば語ることにしよう」


 言って、餓者髑髏は、大仰に会釈をした。


「では、今宵の宴はこれにて閉幕」


 そう告げて、餓者髑髏の姿は、一瞬で地中へと消えていった。

 そして次の瞬間、

 ――パキイィン……。

 何かが砕ける音がした。

 途端、真刃は息を呑んだ。目の前の光景が瞬時に移り変わったのである。

 煉獄のような光景から、普段の温泉街の街並みへと。

 場所は同じようだが、景色は完全に別物だった。


 真刃は空を見上げた。

 そこには、普段通りに輝く月の姿があった。


(……異界を解いたのか。だが……)


 バキンッ、と。

 鬼の仮面が砕け、頭部の装甲が落ちる。真刃の顔が露になった。

 額からひとしずくの鮮血を流す真刃は、渋面を浮かべていた。


「……食えん道化だ」


 何が、妻を煉獄で灼きたくないだ。

 異界を解くだけで、あれだけの被害が無かったことにされてしまった。

 煉獄さえも、幻のように消えた。

 その気になれば、戦闘続行も可能だったということだ。


(……化け物め)


 真刃がそう思っていると、


「――久遠!」


 その時、桜華がその場に到着した。

 よほど焦っていたのか、呼吸もかなり乱れている。

 ただ、相当怒っているようでもあり、近くに敵の姿がないことを確認すると、炎の刃を消してズンズンと近づいてくる。


「お前、何を考えているのだ!」


 案の定、怒られた。


「そんな体で、あの餓者髑髏と戦うなど!」


 真刃としては、大きな負傷もなく変わらない同僚に少し安堵しつつも、


(しかし、どうしたものか)


 明日の夜のことを想う。


 ――《恒河沙剣刃ゴウガシャケンジン餓者髑髏ガシャドクロ》。

 歴史上、六体目として確認された千年我霊。


 他の我霊とは、明らかに存在が違う。

 その力も。知能も。恐らく本性も。


(……困ったものだ)


 そして、真刃は、生まれて初めてこう思った。


(これは、勝てんかもしれんな)

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