第142話 刃の王は、高らかに告げる⑤
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
お知らせがございます。
本作ですが、最近、PVもブクマも伸び悩んでおりますので、少しでも多くの方の目に届くよう、本日より1/3(日)までの期間、1日置きは変わりませんが、更新日には朝と夜で2話投稿しようと思います。
応援していただければ、嬉しく思います。
これからも本作をよろしくお願いいたします。
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……はァ、はァ、はァ。
息が切れる音が響く。
そこには、化け物どもの姿はない。
「……はァ、はあァ……」
刀を片手に、岳士は大きく息を吐きだした。
彼の四人の仲間たちも、荒い息を整える。
旅館で屍鬼の群れに襲われた岳士たち。
無傷とはとても言えないが、どうにか全員が生き残っていた。
その理由は、明確だった。
岳士たちが旅館の奥へと追い込まれた時、突如、壁を打ち砕いて現れた三つ首の大蛇が、屍鬼の群れの前に立ち塞がったからだ。
壁の瓦礫をかぶりつつ、虎よりも大きな蛇は、鎌首の一つを岳士たちに向けた。
一瞬、こんな化け物まで送り込まれたのかと蒼白になったのだが、
『早く逃げな』
大蛇の三つ首の一つが、そう語り掛けるではないか。
『ここは俺に任せな。お前さんたちは生き延びることだけを考えろ』
言って、大蛇は、屍鬼どもを薙ぎ払い始めた。
屍鬼どもも危険と察したのか、大蛇の方に襲い掛かった。
岳士たちは困惑したが、大蛇が味方、もしくは化け物の同士討ちならば儲けものだ。
五人は、旅館から逃げ出した。
そして狭い路地を走り抜け、この大通りまで逃げきったのである。
「……みんな、怪我はねえか?」
岳士が仲間にそう尋ねると、「あ、ああ」「重傷はねえ」と返事が来る。
「……けど、あの蛇は何だったんだ?」
と、仲間の一人が、全員の疑問を口にした時、
「――金堂さん!」
不意に、仲間以外の声が響いた。
岳士たちが、ハッとして目をやると、黒田信二と、彼の仲間である四人が、こちらに向かって駆けてくるところだった。
「おお! 黒田の坊ちゃんじゃねえか!」
岳士は、表情を輝かせた。
岳士たちも、信二たちの元へと駆け出した。
「おおっ!」「お前ら!」「無事だったか!」
そうして、合流する二組。
信二と岳士たちは、互いの無事を喜んだ。
刀を手に、信二は岳士に声を掛ける。
「良かった。無事だったんですね。金堂さん」
「おうよ」
岳士は、ニカっと笑った。
「俺はしぶといんでな。坊ちゃんも無事で良かったよ」
それから、仲間たちを見渡す。
「けど、先生とは、まだ合流してねえのか?」
「はい」信二は頷く。「先生も無事だと良いんですが……」
「まあ、先生は強えェからな。きっと無事だろう」
「……はい」
信二は、少し躊躇いつつも頷いた。
何やら胸騒ぎがするが、今は伝えなければならないこともある。
「金堂さん。実は――」
と、この街に現れた、退魔を行う女性のことを伝えようとした時だった。
――ドンッッ!
突如、強い衝撃が、地を揺らした。
地震……というよりも、何か巨大な物が大地に堕ちたような振動だ。
信二たちは顔色を変えた。
そして、
「な、何だありゃあ……」
豪胆な岳士が、双眸を見開いて空を見上げた。
信二たちも、同じ方向を見て、言葉を失っていた。
街の一角。
そこには、天を突くほどに巨大な火柱がそびえ立っていた。
まるで空を支える炎の大樹だ。どれほど巨大なのか、全容も分からない。
一瞬遅れて、熱波が信二たちを襲った。
身を焦がすほどではないが、あの炎の大樹がそびえ立った余波なのは間違いない。
ただただ唖然とする静寂の中で、
「……一体、何が起きているんだ?」
信二の、その呟きだけが零れ落ちた。
一方、この光景に、顔色を変えた者たちもいた。
桜華と、エリーゼである。
二人とも、突如、出現した炎の大樹に目を奪われていた。
(……あれは……)
桜華は、断片的な情報を処理しはじめる。
(炎の大樹。炎。久遠は炎も使えた。《屍山喰らい》。名付きの特級。あの女が言った。ここには奴の主がいる)
そこまで処理した直後、桜華は駆け出した。
(――あの莫迦!)
今の状況を、刹那に察する。
あの自虐的で、この上なく捻くれた莫迦な男は、《制約》に縛られた躰で、あの伝承級の怪物に挑んだのだ。
焦燥が胸を灼く。
桜華は、全速で駆けていた。
それを、エリーゼは妨害しなかった。
彼女もまた、桜華と同時に走り出していたからだ。
エリーゼには、桜華ほどの情報はない。
だが、この異常事態だ。只事ではないことを察するには充分だった。
そして、この異常事態の中心に、自分の主人がいることも。
(――お館さま!)
二人は駆ける。
それぞれの『夫』の元へ。
◆
――《災禍崩天》。
それは、全方位に劫火を放つ、久遠真刃の最大の秘術である。
その破壊力、攻撃範囲はまさに桁違いであり、解き放たれた圧倒的な炎熱は、範囲内にある存在すべてを焼滅、熔解させて、そこを煉獄と化す。
あまりにも強力すぎて、真刃も実戦では、ほぼ使ったことのない術だ。
(……上手く決まったか)
熱量で歪む景色。
熔解して原形も留めない世界にて、真刃は一人、佇んでいた。
そうして、小さく息を吐く。
『……どうにか策は成功したようだな。助かったぞ。時雫』
『……いえ』
すると、真刃の胸元。装甲の下から少女の声が返ってきた。
五将筆頭、
真刃の持つ懐中時計に宿る従霊である。
戦闘能力においての彼女は、五将はおろか、他の従霊と比べても明らかに弱い。
性格も穏やかで、大人しい少女である。単独での戦闘力は最弱と言ってもいいのだが、その異能一つによって、五将筆頭を拝命していた。
『……申し訳ありません。私の異能がもっと連続で使用できれば』
『何を言う。お前が時を止めなければ、この機は掴めなかった』
と、真刃が言う。
――時間停止。
それこそが、時雫の異能だった。
わずか一秒ほどではあるが、彼女は時間を止めることが出来るのである。
誰もが認める最強の異能の一つである。
その異能があったからこそ、一瞬だけ餓者髑髏の視界から消え去り、不意打ちを喰らわすことが出来たという訳だ。
おかげで、この上ない機で《災禍崩天》を放つことが出来た。
時雫は、見事に真刃の
ゆえに、この結果は、彼女のせいではない。
今回の相手が、あまりにも化け物だったという、ただそれだけの話だ。
――ガシャリ、ガシャリ。
不意に、何かが動く音が響く。
ここは煉獄。すべてが赤く熔解した火口のごとき世界。
そんな中を、
「――フハハハ!」
陽炎を背に、銀色に妖しく輝く姿。
全身が余すことなく刀身と化した、
「
体格もまた人間の姿であった時より、二回りは大きくなっていた。
「いやはや! 君は本当に人間なのかね!」
まさしく刀剣の髑髏と成った餓者髑髏は、上機嫌にそう尋ねてくる。
『……
真刃は訊く。
『……貴様こそ、本当に元人間なのか?』
零距離からの《災禍崩天》。
そもそも、直前の蹴撃からして、生物に耐えられるような一撃ではない。
だというのに、その二連撃を受けてなお、こうも健在とは……。
すると、餓者髑髏は「フハハ!」と笑った。
「吾輩が人間だった頃など、遥か昔のことだ。知性と共に、生前の記憶と姿も取り戻すのが我霊の特性といえども、流石に彼方過ぎて憶えておらんよ」
ギャリギャリと、刃の指で頬骨をかく。
「だが、死をここまで近く感じたのは、実に久方ぶりだった。君はとても面白い。君の名を聞いても良いかね?」
『…………』
真刃は一瞬沈黙する。が、
『……久遠真刃だ』
そう名乗った。すると、餓者髑髏は「ほう!」と声を弾ませた。
「なんと書くのかね?」
続けてそう尋ねる餓者髑髏に、
『……久しく遠い。真なる刃だ』
真刃がそう答える。と、餓者髑髏は、ギャリンと刃の両手で柏手を打った。
「おお! やはり
『……くだらん言葉遊びだな。それに貴様のような兇刃と同列にされるのは業腹だ』
「フハハ! それは手厳しい!」
餓者髑髏は、どこまでも陽気に笑う。
その声が、刀身だけで造られた躰と相まって、さらなる不気味さを放っていた。
「さてさて。お互いに熱も籠ってきた頃合いなのだが……」
その時、餓者髑髏が、天を見上げた。
「やれやれ。少々派手に暴れすぎたようだな。エリーが、吾輩を心配してここへと向かって来ているようだ」
『……《屍山喰らい》がか?』
真刃がそう尋ねると、ガシャンと音を立てて、餓者髑髏が首肯した。
「その二つ名は、可愛いエリーには全く似合わないので、君たちには強く改名を要望するよ。ともあれ、あの子が今、ここに向かっている」
そこで、周囲を見渡した。
未だ炎熱が燻る地獄のような世界だ。
「流石に、こんな苛烈な場所に、か弱いあの子を来させる訳にはいかんな。あの子の柔肌では怪我をさせてしまう」
餓者髑髏は、さらに呟く。
「屍鬼もほとんど狩りつくされたようだ。残念だが、今宵はここまでか」
餓者髑髏は「ふう」と嘆息してから、
「久遠君」
真刃を見据えた。
「吾輩としては、これからという気分ではあるのだが、妻がここに向かって来ていてね。あの子のことだから、躰が灼かれることも厭わず、ここに来てしまうだろう。吾輩としてはそんなことはさせたくない。名残惜しいが、今宵はお暇させて頂くよ」
『……逃げる気か?』
真刃が拳を固めてそう尋ねると、
「ふむ。逃げるというよりも、仕切り直しだね」
餓者髑髏は言う。
「今宵は、流石に
『……随分と、身勝手な話だな』
「それが、我霊というものではないかね?」
餓者髑髏は、くつくつと笑う。
「それに、ここに向かっているのは、君の妻も同じようだぞ?」
『……なに?』
真刃は、眉根を寄せた。
――妻。
そう告げられて、脳裏によぎったのは二人の少女だった。
大門紫子と、火緋神杠葉の姿である。
しかし、
(……あの
すぐさま、三人目の姿もよぎる。
あの融通の利かない愚直な阿呆は、何としてでも、この場所に来ることだろう。
「君の奥方も、エリーには劣ると思うが、実に美しい。彼女の美しい姿を、君自身が生み出したこの煉獄で灼きたいのかね?」
『…………』
真刃は沈黙した。
だが、それは反論がないという無言の返答でもあった。
「ふふ。お互い、愛する妻には甘いようだね」
『…………』
それには反論したい気分だったが、真刃は沈黙する。
「……ふふふ。さて」
餓者髑髏は、両腕を空へと広げた。
そして、
「勇敢なる戦士たちよ!」
異界全体に響く声で告げる。
「今宵の君たちの活躍も見事だった! 夜明けまでまだ時はあるが、すでに屍鬼たちは壊滅状態。今宵はすでに君たちの勝ちと言えよう! 従って第四夜はこれにて終了とする!」
一拍おいて、
「今宵は君たちにとって特別な来客もいる! 第五夜は彼らも交えてこれまで以上の夜としようではないか! では、今宵は休みたまえ!
そう告げる。
真刃は、餓者髑髏を睨み据えていた。
『……貴様は一体、何を考えている? 目的は何だ?』
我霊の目的とは『生』の証を示すため、三大欲求を満たすこと。
その行動理念は、極めて簡潔であり明瞭だ。
しかし、この言語を解する千年我霊の行いは、あまりにも不可解だった。
多くの人間を巻き込んだこの状況に、一体どんな意図があるのか――。
『何を企んでいるのだ。貴様は』
「フハハハ! 企むというほどでもないさ」
餓者髑髏は、刃の歯を鳴らして笑った。
「まあ、それも明日だ。機会でもあれば語ることにしよう」
言って、餓者髑髏は、大仰に会釈をした。
「では、今宵の宴はこれにて閉幕」
そう告げて、餓者髑髏の姿は、一瞬で地中へと消えていった。
そして次の瞬間、
――パキイィン……。
何かが砕ける音がした。
途端、真刃は息を呑んだ。目の前の光景が瞬時に移り変わったのである。
煉獄のような光景から、普段の温泉街の街並みへと。
場所は同じようだが、景色は完全に別物だった。
真刃は空を見上げた。
そこには、普段通りに輝く月の姿があった。
(……異界を解いたのか。だが……)
バキンッ、と。
鬼の仮面が砕け、頭部の装甲が落ちる。真刃の顔が露になった。
額から
「……食えん道化だ」
何が、妻を煉獄で灼きたくないだ。
異界を解くだけで、あれだけの被害が無かったことにされてしまった。
煉獄さえも、幻のように消えた。
その気になれば、戦闘続行も可能だったということだ。
(……化け物め)
真刃がそう思っていると、
「――久遠!」
その時、桜華がその場に到着した。
よほど焦っていたのか、呼吸もかなり乱れている。
ただ、相当怒っているようでもあり、近くに敵の姿がないことを確認すると、炎の刃を消してズンズンと近づいてくる。
「お前、何を考えているのだ!」
案の定、怒られた。
「そんな体で、あの餓者髑髏と戦うなど!」
真刃としては、大きな負傷もなく変わらない同僚に少し安堵しつつも、
(しかし、どうしたものか)
明日の夜のことを想う。
――《
歴史上、六体目として確認された千年我霊。
他の我霊とは、明らかに存在が違う。
その力も。知能も。恐らく本性も。
(……困ったものだ)
そして、真刃は、生まれて初めてこう思った。
(これは、勝てんかもしれんな)
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