第141話 刃の王は、高らかに告げる④

(噂通りの化け物だな……)


 襲い来る無数の刃を凌ぎつつ。

 鬼の仮面の下で、真刃は冷たい汗を流してた。

 この国における七つの邪悪の一つ。

 それが放つ猛威は、真刃の想定さえも大きく超えていた。


「フハハ! 凄い! 凄いな、君は!」


 餓者髑髏は楽し気に笑う。

 その都度、刀身の塊と化した右腕がしなり、真刃を襲う!

 ――ギャリンッ!

 右腕の装甲で刃を防ぐ。

 しかし、質量までは抑えきれず、真刃は大きく吹き飛ばされた。

 餓者髑髏は未だ、旅館の屋根の上だ。

 そこから、一方的に、街道にいる真刃に猛攻を加えてくるのである。

 嵐のような刃の余波に巻き込まれて、もはや街道は原型を留めていない。


(これが千年我霊か。総隊長殿が恐れるだけのことはある)


 真刃は眉を強くしかめた。いくら《制約》があるとしても、爪牙まで使用しているというのに、ここまで圧されるとは――。


(まずいな。これはどうすべきか)


 再び撃ち出された刀身の豪雨を跳躍してかわしつつ、真刃は思考を巡らせる。


 ――『爪牙』。

 それは、片腕のみを従霊の装甲で覆う『牙』に対し、全身を余すことなく覆う完全な戦闘形態のことだ。その戦闘力は、牙の時の比ではない。

 全従霊の力を結集させる『器』を除けば、事実上、真刃の最強の姿である。

 しかし、その姿を以てしても――。


「フハハハハッ!」


 餓者髑髏の哄笑と共に、刃の鉄槌と化した右腕が振り下ろされる!

 真刃は直前で後方に跳んだが、刃の鉄槌は大地を穿ち、大量の土砂を巻き上げた。


(これ以上の攻撃は、猿忌の装甲でも持たんな)


 猿忌の装甲もすでに傷だらけだ。

 猿忌は常時、装甲を修復させているが、損傷の数に追いつかない状況だった。


(長期戦は出来ん)


 真刃は考える。そして、


『猿忌よ』


 従霊の長に尋ねた。


『この周辺に、人の姿はあるか?』


 黒鉄の鎧――猿忌は、即座に答えた。


『一里 (およそ4キロメートル)四方には確認しておらぬ』


『……それは僥倖だな』


 真刃は、皮肉気に笑った。


『長期戦では敗北は必至だ。一気に決着をつけるぞ』


『――御意。しかし、主よ。どうするのだ?』


 猿忌がそう尋ねると、真刃は簡潔に策を伝えた。


『現状でこれ以外の手はない』


『……確かにな』


 猿忌が呟く。


『委細、承知した。我らも全力を尽くそう』


『ああ。では頼むぞ。お前たち・・


 真刃はそう告げて、



『――地より出ずる灼熱よ』



 厳かな声で、力を宿す言葉を紡ぎつつ、地面を片足で踏み抜いた。

 街道が割れ、瓦礫が噴き上がる。

 同時に真刃は大きく屈伸、天高く飛翔した。


「――ほう」


 餓者髑髏が、顔を上げて目を瞠る。

 赤い月を背に、真刃は背中から莫大な炎を噴きだした。

 足刀を前にして、地上へと加速する!



『其は、怒りなり。

 天の理に縛られし、人の子の怒りなり』



 流星のごとく飛翔しながら、真刃は言霊を紡ぐ。


面白いわんだふる!」


 餓者髑髏は瞳を輝かせながら、右腕を振るった。

 刃の鉄槌は空中でさらに増殖。

 まるで鋼の壁のようになって、真刃の蹴撃を阻むが、

 ――ガゴンッ!

 真刃の蹴りは、その壁を容易く貫いた!


「おお! 凄いなぐれいと!」


 餓者髑髏は目を見開く。

 真刃の勢いは止まらない。



『其は、悪鬼に非ず。

 其は、天魔に非ず。

 其は、人界の憤怒なり』



 真刃は詠唱を続ける。

 対し、餓者髑髏は、


「フハハハッ! ならばこれならどうかね!」


 そう叫んで、さらに刀身を増殖させる。

 今度は壁どころではない。立ちはだかる無数の刃。これはもはや砦だった。

 だが、それにも真刃は怯まない。



『刮目せよ。歓喜せよ。

 時は来たれり。

 今こそ、火と大地の王が、天上へと攻め入らん』



 詠唱を続けつつ、全身から炎をさらに噴き出して加速。刃の砦へと飛び込んだ。

 無数の刃が装甲を削る。それも厭わず刃を砕き続ける。

 そして――。


「……おお!」


 餓者髑髏は、思わず感嘆の声を上げた。

 炎を纏う蹴撃が、遂に刃の砦さえも撃ち抜いたのである。


素晴らしいえくせれんと! よもや、吾輩に両腕まで使わせようとは!」


 そう叫んで、餓者髑髏が左腕を振りかぶった。

 肉から幾つもの刀身が飛び出る。それは右腕同様に増殖。巨大な腕と化した。


「だが、ここまでだよ!」


 餓者髑髏は、ふふっと笑い、左腕で真刃を叩き落とそうとした、その時だった。



『――災いよ。在れ』



 真刃は、そう呟いた。

 そして、


「――――な」


 餓者髑髏は、初めて驚愕の表情を浮かべた。

 左腕で捕えようとした敵の姿が、いきなり消失したのである。

 これには流石に唖然とする。と、次の瞬間。

 ――ゴキンッッ!

 餓者髑髏の首が、大きく曲がった。


 全くあらぬ方向から。

 灼熱の蹴撃が、餓者髑髏の首を射抜いたのである。


 その衝撃は、凄まじい。

 直撃の瞬間には大気を弾き、旅館の屋根が打ち砕かれる。

 粉砕という規模ではない。巨大すぎる大太刀で両断したかのような破壊だ。

 餓者髑髏は、為す術なく大地に叩きつけられた。

 さらに真刃の蹴撃は街道を陥没させ、餓者髑髏を地中深くへと落とす。


 まさしく、星堕とし。

 さしもの怪物も、苦痛で表情を歪めた、その刹那。



『――《災禍崩天さいかほうてん》』



 ――世界は、紅蓮に包まれた。

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