幕間一 刃の真意
第431話 刃の真意
その日。
やや太陽が沈み始めた時間帯。
蒼髪の青年――扇蒼火は古びた館の中を進んでいた。
同行者もいる。蒼火と同じ近衛隊の隊服を着た青年二人だ。
共に二十代半ば。一人はかなりの長身で、もう一人は筋肉質な青年たちだ。
その隊服が示す通り、近衛隊の隊員である。
長身の青年の名は島津。もう一人を高崎と言った。
蒼火も含めて三人は特務隊と呼ばれていた。
他にも特務隊のメンバーはいる。捜索候補の場所が多いため、彼らは三人と二人に別れてチームを組んでいた。
「しかし、マジであったんだな。
廃墟のように散乱した廊下を歩き、高崎が言う。
「てっきり都市伝説だと思ってたぜ」
「昭和の怪人。加賀見郷介か……」
と、島津も高崎の言葉に続く。
――加賀見郷介。
昭和初期に暗躍したという引導師である。
その名が本名なのかは分からないが、彼は呪物蒐集家として有名だった。
ここで言う呪物とは、いわくつきの霊具のことだ。
それを時には金銭で。時には力尽くで奪い、蒐集していたという話だ。
嘘か真か、その中には神威霊具まであったという。
そうして晩年に自分の死期を悟った彼は、山間深くに洋館を建てて、そこに蒐集した呪物をすべて隠したと噂されていた。
しかし、その洋館がどこにあるのか。
それを突き止めることが出来る者はこれまで誰もいなかった。
――そう。いなかったはずだった。
「ホマレちゃん、スゲエな」
高崎が言う。
「まさかここを見つけ出すとはな」
「まあ、それ以外はポンコツではあるがな」
島津が苦笑を浮かべて言う。
ホマレのポンコツぶりは近衛隊でも有名だった。
「けど、俺は好きだぜ。ああいう一点突破型のポンコツ娘。しかもめっさ可愛いし」
あごに手をやって高崎は笑う。
「甘やかしまくりてえ。ポンコツぶりに拍車がかかるぐれえに。もちろんベッドの上でも。準妃じゃなきゃ口説いてたかもな」
「好みで言うのなら、俺はやはり芽衣の姐さんがいいな」
島津が語る。
「
「むむ。貴様、さてはおっぱい星人か」
高崎がギロリと睨む。島津も眼光鋭く高崎を見やり、
「貴様こそチッパイ派か」
そんなことを言う。
二人は眼光をぶつけ合った。
その時。
「二人とも不敬だぞ」
今まで無言だった蒼火が口を開いた。
「準妃と正妃の違いがあっても、どちらとも
そう告げる。高崎と島津が肩を竦めた。
「ただの雑談だろ。固すぎんぞ。扇」
「そうだぞ。お前こそ誰が一番なんだ?」
島津がそう問うと、
「無論、奥方さまだ。あのお方こそ至高に決まっているだろう」
意外にも蒼火は即答した。
蒼火のいう奥方さまは漆妃・久遠桜華のことだ。
「そんな分かり切った話よりもだ。二人とも。いよいよ本丸のようだぞ」
続けて、蒼火はそう告げた。
高崎も島津も表情を変えた。
三人の足は止まる。そこは廊下の奥にある大きな扉の前だった。
「……ここは明らかに雰囲気が違うな」
双眸を鋭くして島津が呟く。
「コレクションルームってことか? だが、見た目通りじゃねえかも知んねえ。確か加賀見郷介は空間系
と、神妙な声で高崎も告げる。
稀代の空間系引導師。
それが加賀見郷介のもう一つの顔だった。
「ここから先は別空間という可能性もある。二人とも気を引き締めるぞ」
蒼火がそう告げたその時だった。
不意に扉に亀裂が奔ったのだ。
――いや、それは斬線とも呼ぶべき断裂だった。
蒼火が目を見張る中、斬線は幾つも奔り、瞬く間に扉を分解した。
そうして破壊された扉の奥から出てきたのは――。
「大漁大漁っ!」
上機嫌な様子の背の高い男だった。
島津が百八十越えなのだが、それよりもさらに長身だ。
年の頃は二十代前半のようだ。
髪は明るい緑色の長髪をなびかせるかのようにオールバックにしている青年だった。
左耳には十字架の装飾具。人相は陽気そうではあるが、はっきりとまでは分からない。丸いサングラスをかけているからだ。
衣服も奇妙だった。
光沢を持つライトグリーンの神父服とでも言えばいいのか。二の腕辺りが異様に膨らんでいるのも気になるが、よく見れば左腕は義手のようだ。細い銀色の鎖で形作られていた。
いずれにせよ、蒼火たちは大きく間合いを取った。
全員が身構える。
この秘匿された館に居て、この風貌。
そして先程の斬撃。
明らかに一般人ではあり得なかった。
「およ?」
そこで男はようやく蒼火たちの存在に気付いた。
「どちらさま? もしかしてトレジャーハンターかな?」
「何を言っている?」
蒼火は表情を険しくした。
「お前こそ何者だ? 何故ここにいる?」
「う~ん? オレさまかい?」
男は小首を傾げると、おもむろに宙空に生まれた虚空に手を入れた。
物質転移の術だ。そこから取り出したのは黒い水晶だった。
大きさ的には四十センチほどか。表面に文字が刻まれているのが分かる。
蒼火も、他の二人も顔色を変えた。
それは、彼らが捜していた物と完全に特徴が一致していた。
「オレさまはお使いかな。これを取りに来たんだよ」
男は言う。
蒼火は歯を軋ませた。
「貴様! それを返せ! それは我が
「……は?
男は再び小首を傾げた。
それから黒い水晶と蒼火たちを交互に見やり、
「おおっ! なるほど!」
得心したようで大きく頷いた。
「あんたら、
あごに手をやって、うんうんと頷く。
「
「……
島津が眉をひそめて反芻する。
が、すぐに島津も、高崎も、そして蒼火もハッとする。
「てめえ! まさか『久遠刃衛』の一派か!」
――久遠刃衛。
警戒すべき人物としてその情報は近衛隊にも共有されていた。
そして少なくとも久遠刃衛には四人の従者がいることも。
「いや、一派って」
すると、男は軽く肩を竦めて、
「オレさまたちは家族だよ。親父殿の息子で
そう言って、大仰に一礼して名乗る。
「久遠家三男。久遠
そしてニカっと笑った。
「気軽に破刃って呼んでくれよ」
「……親愛を見せるというのなら」
蒼火は手を男――破刃へと向けた。
「まずはそれを渡せ。話はそれからだ」
「ああ~、そりゃあ無理じゃんよ」
破刃は両腕で『×』を作った。
「これを持ち帰るのが親父殿の命令でさ。
「……そうか」
蒼火は開いた手を拳に変えた。
島津と高崎も同じく拳に力を込める。
「久遠刃衛の人物像は聞いている。そんな輩にそれを奪わせる訳にはいかない」
蒼火はそう告げた。
「ああ~、そっか」
破刃はぺチンと額を打った。
「親父殿は鬼畜で外道だかんな。気持ちは分かるじゃんよ。けどさ」
一拍おいて、破刃は告げる。
「
そうして。
わずか数分後。
蒼火たちは戦闘不能に陥っていた。
蒼火と高崎は床に倒れ、島津は壁に寄りかかって気絶している。
全員死んではいない。
だが、あまりにも一方的な結果だった。
仮にも三対一だったというのにだ。
(な、なんだ、こいつは……)
辛うじてまだ意識を繋いでいた蒼火が戦慄していた。
勝負にもならないこの圧倒的な力。
これではまるで――。
「オレさまも『
頭上から破刃の声が聞こえてくる。
「まあ、これはオレさまが預かっておくよ。そんでさ」
水晶の霊具を手に破刃は言う。
そして、
「いずれ挨拶に行くじゃんよ」
破刃は、ニカっと笑ってこう続けた。
「だから、真刃の
その伝言を耳に残して。
蒼火の意識は、闇の底へと沈んでいった。
「さてさて」
破刃は霊具をひょいひょいと手の上で遊びつつ、
「家族水入らず。今から会うのが楽しみじゃんよ。
陽気な笑みを見せて、破刃は立ち去っていくのであった。
その銘は『久遠
その真意は誰にも分からない。
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