第430話 お妃さまたちのお稽古2(後編)④

 そうして合宿の最終日。

 そこまで本当に色々とあった。

 だが、どうにか一人の脱落者もなく、合宿は無事に完遂されたと言えた。

 各々大きな成果も得た。

 従って、今夜は打ち上げだった。


「では皆さん」


 宿泊施設の大宴会場にて。

 今回の合宿の主催者である杠葉が、ポンと柏手を打った。


「ご苦労さま。強化合宿はこれにて終了よ」


 正妃も準妃も大きく緊張を解いた。

 ちなみに全員が浴衣姿だ。目の前には豪勢な会席料理が置かれている。

 杠葉が式神を使って作らせた労いの料理である。

 ただ和食だけではない。ローストチキンなどの洋食も用意されていた。


「では、今夜は何もかも忘れて楽しみましょう」


 杠葉が言う。

 そして全員が料理に手を付けていく。多少マナーは悪いかも知れないが、総勢十三名の美女と美少女たちが騒々しく食事を楽しむ。


「伍妃! それで結局誰が準妃の殊勲賞だ!」


 ローストチキンにかぶりつきながらホマレが問うと、


「う~ん、そうだねェ」


 芽衣が頬に指先を当てて小首を傾げた。


「今回の成長幅で考えると、葵ちゃんかなあ」


「え!? 私!?」


 葵が目を丸くする。

 隣に座る茜が「……む」と一瞬だけ口元をヘノ字に結んだ。


「なんで!? ホマレ頑張ったじゃん!」


 ホマレが文句を言うが、芽衣は両手をクロスさせて、


「だって、ホマレさんは、初日以外は得意分野だったでしょう? だからダメェ」


「それ酷くない!? 得意分野になったのはホマレのせいじゃないじゃん!」


 そう叫んで、ホマレは芽衣に跳びかかり押し倒した。


「こら! ウチのおっぱいを直に揉むな!」


「うるさい! おっぱいモンスターめ! せめて堪能させろ!」


 そんなやり取りをしている。

 一方で、


「えへへ。やっとだぁ。やっと真刃さんに会えるよォ。う~ん、どうしよっかなあ、どうするのがいいかなあ」


 エルナが食事を楽しみながら、顔をふにゃふにゃと崩していた。


「エルナ」


 エルナの右隣に座る刀歌が眉をひそめる。


「お前はずっとそんなことを言っているが、どんな秘策があるんだ?」


「えへへ。それは秘密ゥ」


 エルナが頬を両手で抑えてクネクネと体を揺らす。

 すると、エルナの左隣に座るかなたがコツンとジュースの入ったコップを置いて、


「……エルナさま。刀歌さん」


 どこか肚の座った眼差しで二人の方を見やる。


「この際ですから、お二人にははっきりと申し上げておきます。私たちの中で最も早く真刃さまに愛して頂くのは私です」


 一拍おいて、


「何故なら、私が一番年上だからです」


「「年功序列反対」」


 エルナと刀歌は声を揃えてそう返した。

 一方で、

 ――もきゅもきゅもきゅ。

 六炉は無言で食事をしていた。凄い勢いで料理を平らげている。

 どれほど食べても決して太らない。

 過剰なカロリーはすべて魂力に変換できる六炉の体質ゆえの大食いだった。

 それに対し、何故か燦が対抗意識を剥き出しにして食事に手を付けている。

 六炉にも負けない勢いだった。

 だが、明らかに体格に対し、許容の量を越えている。


「さ、燦ちゃん!」


 流石に月子がおろおろと声を掛ける。


「そんなにたくさん食べたらダメだよ! 体壊すよ!」


「同じだけ! 同じだけ、グプっ、同じだけ食べたら!」


 燦がギロリと六炉を見やる。

 その視線は六炉の豊かな双丘に釘付けだった。


「きっと、ああなる!」


「い、いや、それは無理だよォ、燦ちゃん……」


 月子が沈痛な表情でかぶりを振った。


「六炉さんは特別で……きっと燦ちゃんが同じだけ食べても、よくて身長が伸びるか、お腹がふっくらとするだけだよ……」


「ふぐッ!?」


 燦が愕然とした顔で呻いた。

 会場のどこも、そんな感じで騒がしい。

 まあ、桜華や杠葉などは静かに飲酒を楽しんでいたが。

 ただそんな大人組の一人。

 綾香が不意に変なことを言い出した。


「ねえ、芽衣ィ。カイニンヤクって、やっぱり、ヒック。あなたなのォ……?」


 実はあまり酒に強くなく、色っぽく酔い始めた頃合いだった。

 肌は火照り、浴衣も大きく開けさせている。かなり自制が緩んでいるようだ。

 一方、名前を呼ばれた芽衣は「へ?」と目を瞬かせて綾香の方を見やる。

 何となく全員の視線も綾香に集まった。


「カイニン……解任? 別にウチは近衛隊の隊長さんのままやけど?」


 眉をひそめて芽衣がそう言うと、綾香は「違うわよォ」とパタパタと手を振って、


「だってェ、ヒック。《雪幻花スノウ》や漆妃、零妃は主力メンバーなんでしょう? なら正妃ナンバーズの中でカイニンヤクは芽衣しかいないじゃないィ」


 しゃっくりを繰り返しながら、そう告げる。

 芽衣も他の妃たちもまだ言葉の意味を分かっていなかった。


「なに言うてるん? 綾香ちゃん?」


 芽衣が改めてそう尋ねると、


「けど、それは私も同じかぁ、悔しいけどォ、ヒック。今の私じゃあ、とても主力にはなれそうにないわあ」


 綾香は「ふう」と吐息を零した。


「だからあ、計画より早いけどォ、今回は私もいっそカイニンヤクになろうって……」


「ホントにさっきからなに言うてんの? 綾香ちゃん――」


「私、セックス嫌い」


 いきなり綾香はジト目でそんなことを言い出した。

 全員がギョッとして目を見張った。


「けど、今回は我慢するわぁ。《魂結びソウルスナッチ》が目的ならいつもすぐなんだけどォ一晩ぐらいは仕方がないかぁ。ヒック。だって一回や二回じゃあ着床するか分からないしィ。ヒック。私もカイニンしないといけないからあ――」


「――綾香ちゃんっ!?」


 思わず芽衣は立ち上がった。

 まだキョトンとする六炉を除く大人組――杠葉と桜華も軽く膝を立てる。


「カイニンって懐妊のこと!? 懐妊役!? 赤ちゃんを宿すってこと!?」


 芽衣がそこまではっきりと言って、六炉も年少組も意味を理解した。

 ――ボンっと。

 全員が顔を真っ赤にした。

 燦だけは懐妊の意味が分からなかったが、赤ちゃんという単語で理解する。

 一方、綾香は「だってえ」と手を振り、


「当然、考えることでしょうゥ? 今回、久遠が負ける・・・・・・可能性・・・がある・・・こともォ……」


 しゃっくりを繰り返しながら言う。


「だったら、次代の子を残すことも考えておかなきゃあ。ヒック。戦場に立つ前にそれをしておくのって自然なことでしょう?」


 その台詞に、全員が口をパクパクと動かした。

 が、そんな中ですぐに態度を変えたのは、杠葉、桜華、六炉、芽衣の四人だった。

 杠葉は指先を唇に添えて視線を落とし、桜華は顔を叛けて小刻みに震えていた。

 六炉は深く俯き、自分の腹部に両手を当てて沈黙している。

 芽衣は口元を両手で隠して「ウチが、シィくんの赤ちゃんを……」と呟いていた。

 仕草はそれぞれ違うが、酔いが一気に回ったように、全員、肌が赤らんでいる。


「ま、待って! それってホマレもOKだよね!」


 と、ホマレまで騒ぎ始めた時、


「――ま、待ちなさい!」


 声を上げたのはエルナだった。

 立ち上がって腕を横に振る。


「壱妃としてそんなの絶対に認めないわよ! それは私たちが同じ土俵に立つまで禁止だって言ってたはずよね!」


「そ、そうだ! ずるいぞ!」


 刀歌も立ち上がって叫んだ!


「これ以上の大人組の先行は認めないぞ!」


「……そうです。それは後継にも関わる問題です」


 と、座ったままだが、かなたも言う。

 ただその眼差しは刺し殺しそうな光を放っていたが。

 年少組の中でも年上の三人が反論する中、燦、茜、葵の三人は顔を真っ赤にしたまま何も言えない状態になっていた。


 しかし、たった一人だけ――。


「……感情の爆発。もっと我儘に……」


 月子だけは顔を上げた。

 目の前のジュースをゴクゴクと一気に呑み干して、


「わ、私も――っ」


 コツンとコップを置いて月子は叫ぶ!


「おじさまの赤ちゃんを産みますからっ! 今はまだ早いけど私も十六歳になったらおじさまにエッチなことを教えてもらいますからっ!」


「月子!?」「月子ちゃん!?」


 燦と杠葉がギョッとした声を上げた。

 エルナたちも月子を見やり、唖然としていたが、


「と、ともかくよ!」


 エルナが気を取り直して言う。


「少なくとも最年少の燦が十六歳になるまでは禁止よ! いいわね!」


 そう叫ぶが、


「なに言ってるのよォ」


 綾香が、コップに入った酒をちびちび呑みながら言う。


「今は非常時なのよォ。ヒック。久遠が死んだらどうするのよォ」


「負けた時のことを考えてるようじゃ勝てるものも勝てないわよ!」


 エルナはそう反論した。

 エルナを筆頭に、刀歌やかなた、年少組の面々はコクコクと同意するが、杠葉たち大人組の反応は違う。未だもじもじとした様子だった。


 エルナは「ぐぐぐ……」と呻いて、


「もうっ! だったらいいわ! 力尽くでも黙らせるから!」


 そこで右の拳を掲げて強く固める。


魂力オドなし! 術なし! 武器もなし! 女として拳だけで決着をつけましょう!」


 そう宣言するのであった。

 そうして――……。



       ◆



 夜遅く。

 広大な森の上空を真刃は一人飛んでいた。

 翼を広げて飛翔する刃の孔雀――刃鳥の背に立つ形だ。

 乗騎と言えば九龍なのだが、九龍はいまエルナを守るために傍にいない。

 代わりに刃鳥に乗って移動していた。


(やれやれ。結局は最終日。しかもこんな時間とはな)


 もう合宿は終わっている。

 時間帯からしてすでに就寝していてもおかしくない。

 明日、杠葉たちは帰宅する。別に出向かなくても明日の昼頃には顔を合わせるのだが、やはり一度ぐらいは様子を見ておきたかったのだ。


(杠葉も桜華もいささか厳しすぎるからな)


 この合宿期間。

 エルナたちはスマホも取り上げられ、修行に専念していたという。

 それだけでも現代に生きるエルナたちには相当キツイことだったろう。

 まだ起きているのなら会話ぐらいはしたいものだった。

 ややあって、宿泊施設の上空に到着する。

 すると、大きな部屋の一室から明かりが漏れていた。


「刃鳥よ」


『承知いたしましたわ』


 刃鳥に命じて、真刃はそこに降りていこうとする。

 ――が、その時だった。

 ……ボボボ。

 不意に真刃の前に八つの鬼火が現れた。

 五将を筆頭にした各妃の専属従霊たちである。


「お前たち? どうした?」


 真刃がそう問うと、


『……お待ちください。我が君よ』


 狼覇の鬼火が答える。


『いささか、妃の方々同士で意見の衝突がありまして。此度は、人数の差も、何より士気の高さの差もあり、エルナさまたちの勝利で決着はつきましたが……』


『ガウ。今宵ノヒメ、凄カッタ』


 九龍の鬼火が言う。


『マサカ勝ツトハ思ワナカッタ。意外ナ底力ダッタ』


『……確かに。ですが我が君』


 白冴の鬼火が続く。


『今宵は何卒なにも見なかったことに。あれはあまりにも壮絶で、その結果ははしたない・・・・・


『……あれはのう……』


 白狐の鬼火が嘆息した。


『流石に我が君にはとても見せられぬ姿じゃ。ポンコツ娘とて哀れじゃ』


『まあ、いずれにせよ』


 赤蛇の鬼火が結論を告げる。


『すまねえ。ご主人。お嬢たちの衝突はいつものことだが、今日は中々にえげつねェんだ。ここは見なかったことに。今日は来なかったことにしてくれ』


「…………」


 真刃は沈黙した。

 意味は全く分からなかったが、ともあれ。


「……エルナたちは仲が良いということでよいのだな」


 そう呟く真刃だった。


 仲良きことは美しきかな。

 こうして。

 妃たちの初めての合宿は幕を下ろしたのであった。



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